「_______ッ!」
突然何かに引っ張られたかのように、私は体を起こす。
「…」
息が荒い。
全身は、汗で濡れている。
「…ぁ」
駄目だ。
まだ喋ることが出来ない。
しかし案ずることはない、時期に治る。
「…ぁ…あ」
覚醒したばかりの体を慣らそうと頑張ってはみるが、直ぐに止めた。
今はやらなくていい。
問題はそこじゃないはずだ。
(ここは、どこでしょうか…)
問いは、私の現在地。
初めて見る景色、知らない場所。
(!)
(いや、違う…違います!)
見覚えがあるなんてものじゃない。
ここは、私の部屋だ。
しかし、確証はない。
視界がハッキリしていない。
(…!)
ふいに今いる場所より下を見ると、地面が真っ白だった。
いつからだろう、私の部屋が畳でなくなったのは。
それはまるで、病室の床だ。
(…いえ、これは……紙?)
よくよく見れば、白く染まった床には何処か違和感を覚える。
模様、これは字。
何十、何百という枚数の紙が部屋の床を覆っていたのだ。
(…)
私は、紙を踏まないようベッドから足を降ろす。
そして、少しずつ戻る意識の中考えた。
(…また……駄目だった………)
思い出してきた、こうなった場合の思考パターンは確かこう。
つまり、今回も何かに失敗した?
(また、幸せに…なれなかった………)
顔を覆うこの動作。
『悲しい』だ。
(これで何回目でしょうか…)
44?54?
もう、覚えていない。
途中から数えることを放棄した末路。
(…どうして、あぁなってしまうのでしょう……)
今まで観た結末が、頭の中にノイズ混じりで映されている。
そのどれもが、幸せな結末。
悲惨な結末。で終わっていた。
(私はどうして、彼女の事を……)
(…どうして……)
支配、殺傷、独占。
(私は、もっと普通に…彼女と接したいのに……)
迎える終わりはいつも黒く、歪んでいる。
そんなはずじゃなかったのに。
そんな筈ではなかった。
ただ、幸せを描きたかった。
だが、悲しいかな。
空気はいつでも、変わらず重く濁っていて、異常な空色。
(もっと、普通……普通です………)
(…)
(…?)
そこで、ふと問いが過る。
自問自答が始まる合図だ。
普通とは、何なのでしょう?
(…)
(い、いえいえ…分かっていますとも……)
大丈夫だ、知っている。
簡単な事だろう。
普通。
(普通とは、主に大多数の人間にとって当たり前であること…あるいは、受け入れられるもの)
(はは、こんな問い造作もありません!)
いや違う。
そうじゃない。
(では、何?)
普通は、最も単純で。
最も理解できない、問題。
(…普通とは、何なのですか………)
今まで見てきた結末は、幸せだったはずだ。
少なくとも、普通であった…。
(違います!!)
頭で叫ぶ言葉が現実でも出かけるが、それはただの下手な呼吸だ。
(あれは、私の…大衆が考える普通じゃない…)
(あんな歪んだ物が、普通であって良い筈がない…)
私は、髪をボサボサと荒らす。
今のが、自分にとって最大の答えであるならば。
何故、私達はあの終わりを辿ったのだ。
(…)
私…達?
(…私達……とは………)
そうだ。
私が望むもの。
私達二人の幸せだ。
(……彼女…)
意識が少しずつ戻る感覚はあるはずなのに。
依然、彼女の顔はぼやけたままだ。
「…ぁ…ぅあ」
名前。
ぼやける霧に呼び掛けるように、私は口から吐息をもらす。
…。
(…彼女の……名前…………)
彼女の名前を呼ぼうとするが、まだ駄目なのか。
思い出さなければならない文字列に、ノイズが走りだし。
私達を阻んでいる。
(!)
そう時経たずして、私はハッとした。
(……紙…)
一面に広がる紙を見回す。
そうだ。
この紙の内容を、私は嫌でも知っている。
紙には記されていた。
彼女の、名前と顔が。
(…あった)
(……………)
ゆっくりと拾い上げ、目視するも。
それは、即刻無駄であることを告げられる。
『kッ※%&#?』
紙に描かれた霧。
(…)
音すらたたずに落ちる紙は、再び床の白色に役割を移す。
そしてそれと同時。
覚醒しだした私の体全体が、ノイズに覆われる。
『※%&#?』
天井を眺める私に聞こえる微かな雑音。
愛していたはずだ。
(…また……行かなくては、ですね)
もう間もなく、意識が途切れる。
正直もう二度と、戻りたくはない。
(…それでも、知りたい……)
今度こそは大丈夫だと、捨てない希望は荒々しく破られるのが運命だ。
だが、今止めれば。
私の存在意義の否定。
(今度は、きっと………幸せに……………)
途切れる意識の中、眼球内に投影される彼女に手を伸ばす。
触れるのは部屋に漂う埃が関の山だと言うのに。
…。
一体…誰なのだろう。
『?#※%?&%※』
君は。
誰?
──────────────────────
「_______ッ!」
私は、遠くへ飛んでいた意識がふいに戻る感覚に体をビクリと動かす。
どうやら、ボーッとしていたようだ。
「いけないいけない、早く準備しなきゃ!」
最低限の荷物を鞄に詰める。
携帯、財布、メモ帳、ペン…。
いつの間にか入っていた飴玉も、同行してくれるらしい。
「よし、忘れ物はないよね」
立ち上がり、思い出す。
一番忘れてはいけない。
「…これも、だよね………」
いや、正確には本来必要ない物で。
だから、きっと。
忘れそうになったのだ。
「…………ッ」
私が手に取ったのは、一枚の写真。
これを撮ったのは、彼女がまだ元気だった頃。
これからの思い出の為、そう思って、撮ったはずだったのだ。
そうあって…欲しかったのに。
「今は」
これが、彼女を救う手掛かりの。
一つに過ぎないなんて。
・
『ねぇ、※%&#?ちゃん』
『&%#※?ちゃんは今、何かハマってることとかはあるのかな?』
…。
『……今は、友達を創ることが好き』
『友達を、作ること?』
『そう』
『へぇ、そっかー!』
『友達、沢山出来た?』
『ううん、一人だけ…』
『でも、それでいいの』
『?』
『その子はね、私にとってとても大切な存在になったの』
『だから、私はその子がいるだけで、充分しあわせなの!』
『…』
『ふふっ、そっか』
…。
『それを聞いて、先生凄く安心したよ』
『あんしん?』
『うん、&?※#%ちゃんいつも一人だから』
『ちょっとだけ、先生心配になっちゃったの』
『…そう』
『でも、大切なお友達が居たんだね』
『良かった…』
『うん』
『それで、その子はなんて言うお名前なの?』
『なまえはね…』
kッ&?%#h※#っていうの。
・
「…」
あの時の事は、今でも覚えている。
彼女とまともに会話した、最後の日だった。
「…友達………」
彼女の、無邪気で明るかった笑顔。
笑顔の裏は、必ず透き通っているものだと、思っていた。
それは私の未熟さを示すのに、十二分な言葉だ。
「…私が、助けなきゃ………」
『ねぇ先生、なんであの子のことそんなに気になるの?』
「__!」
頭に走る記憶のノイズ。
『先生、あの子のことは気にしないで下さいね』
『いつも…あんな感じで………』
『先生、またあの子のこと考えてたでしょー』
『あのさ、あの子…そんなに困ってるの?』
『先生…』
『本当に、あの子を救う価値はあるの?』
「やめて…!」
力任せに叩いた壁は、頑丈で、手が痛い。
溢れるノイズは、私の行いをずっと否定し続けてきた。
…痛い。
「そんなの、私も…知りたいよ………」
今やろうとしている事に、何の意味がある。
救ってどうする。
そもそも、救えるのか。
…守る価値など………あるのか?…………。
「…」
違う。
「違う!」
私は立ち上がり、踵を返す。
「それでも、私はあの子を救いたい」
仮に、彼女が助けを求めていたとして。
私には、手を差し伸べる義務がある。
彼女を救える、力がある。
乱れぬ自信は、自惚れか?
否。
私が、彼女を一番知っているからだ。
「…急がないと…………」
開く玄関のドアは、いつもより軽い。
迷いなんてない。
「待っててね」
救いたい、なんて建前なのかもしれない。
本当は、ただの好奇心を満たす為の人助け。
知りたい、は人間を突き動かす理由の最たる部分だと知っている。
ねぇ、&#?%※ちゃん………。
貴女は、誰なの?
…To Be Continued.