新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【(ウマ娘)オグタマss】「破滅馬優艶」

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「タマ、大丈夫か?」

 

「…」キョトン

 

綺麗な銀髪を靡かせる小さなウマ娘は、私の言葉に面を喰らったように目を丸くする。


花瓶に入れられた竜胆が、白い空間で青紫に怪しく目立っていた。

 

「どうした、タマ?」

 

「いや、アンタ…ウチのことタマって……」

 

「駄目…だったかな?」

 

「へっ?!」

「い、いやそんな訳じゃあらへんけど…//」

 

「そうか」

「なら、良かった」

 

「…//」

 

私は、彼女が居るベッド近くの丸イスに腰を降ろす。


病院で見舞いに来た生物の9割が座らされるこの背もたれのない椅子が、私は少々苦手だ。

 

「アンタ、ウチのお見舞いに来てくれたんか?」

 

「それ以外に理由があるのか?」

 

「…そ、そうやな」

 

彼女が浮かべる困惑顔は、初めて出会ったあの時と似ていた。


私が手を差しのべた際の君がした顔を、私は忘れはしないだろう。

 

「まぁ、なんや…おおきに//」

 

彼女は頬をポリポリと、恥ずかしそうにお礼を述べた。

 

「かまわない」

「それより、差し入れを持って来たのだが」スッ

 

「全部食いもんみたいやな、それ」

 

先程コンビニで買ってきた好きなお菓子やら林檎等を詰め込んだ不透明な袋は、あっけなくその正体を暴かれる。

 

「ああ、そうだ」

「林檎、食べるか?」

 

「そうやな、そいじゃ一つ貰うわ」

 

「はい、タマ」

 

「…」

 

華奢な指は、赤い果実の台座によく似合う。


見つめる君も、それを移す艶やかな赤色も、絵になるな。

 

「剥いてはくれんのか?」

 

「…?」

「林檎は噛る物ではないのか」

 

「病室にいる人間に丸々渡すやつがあるかいな…全く」

 

林檎は丸噛りが基本だと思っていたが、どうやら違ったらしい。


このままでは食べられないと刃物を要求する君に、私は愛用ナイフを手渡した。


禁断と歌われた果実の皮が削がれ、あれよあれよと丸裸にされていく。

 

「~♪」ムキムキ

 

「…」ホゥ

 

その姿を見ていると、何故か同じ学園の生徒であるスーパークリークという一人のウマ娘が思い浮かんだ。

 

「…」

 

削いだ皮は、食べても良いのだろうか。

 

「ふふっ、兎さんにしたるからな♪」

 

淡々と解体して形を形成する姿が、風とともに私を刺激する。

 

(タマ、君はやはり…)

 

愛おしい。

 

「オグリ?」

 

「なんだ」

 

「ほれ、アンタも食べ」ヒョイ

 

「あ、ありがとう」

 

何の面白味もないただの林檎が、刃物だけで兎さんに変身していた。

 

「ハムっ」カジリ

 

頭に当たる部分を一噛りすると、可愛い兎さんの頭部が歯形模様になる。


私を喜ばそうと少ないながら時間をかけて創られた兎さんが、一瞬で再びただの林檎に変わった。

 

「…」

「美味しいな、これ」

 

どうしても重なる君に、微笑み混じりで残りを噛み砕く。


果汁が、甘く記憶を呼び出した。

 

─────────────

 

タマモクロスは、あの日走る事を失った。

 

不慮の事故だった。

 

直ぐに救急搬送され検査を受けた所、歩く事はままならず、走る事は二度と出来ないだろうと医師に告げられていた。

 

私にとってあの出来事は、運命の出会いを果たした記念日だ。

 

「い゛っ…あぁ…」

 

晴れが一変曇り空。

 

走れなくなる程の怪我、君は足を押さえて声にならない悲痛を訴えていたのを今でも覚えている。

 

「ぁ゛…あぁ゛」

 

雲の唸り声と悶えるダミ声が、私の脳に響いてはクラシックのように心地良かった。

 

「…//」

 

 

私はあの時、彼女に恋をした。

 

 

同室者でありライバルであるタマモクロスというウマ娘を、私は心底嫌いだった。


芦毛の怪物と恐れられた私にいつも楯突く白きイナズマが耳をつんざく。

 

『もっと鍛練して、いつかアンタを追い越してみせるからな!』

 

努力をミルフィーユするお前の瞳が、メラメラと業火を放つお前の瞳が。


嫌悪感を覚えさせた。

 

 

「ぃ…ぃだ゛……」

 

倒れこんだその姿に、私の体が潤いを行き渡らせる。

 

なんて。

 

(……)

 

なんて、美しいのだろう。

 

彼女は、ひたすらに努力を積み上げてきた。

 

だが、その積み上げた努力の数々が。

 

私に届こうと段を成した努力が、たったほんの一瞬の出来事により。

 

崩れさった。

 

残ったのは辺り一面にバラバラと散らばった努力と、地面に這いつくばる一人のウマ娘

 

 

破滅。

 

 

消火困難だと思われた業火の瞳があっけなく鎮火し、暗く洪水に見舞われている。

 

 

そんな様子が本当に、酷く美しかった。

 

 

(あぁ、タマ…///)


(…とても綺麗だ……)

 

まさか君に、そんな素質があったなんて。

 

まさか君が、そんな宝石を隠しもっていたなんて。

 

 

「大丈夫か…タマ…」スッ

 

「…オグ…リ……?」

 

気付けば私は手を差し伸べ、愛しい君の名前を呼んでいた。

 

─────────

 

「…」

 

「……リ…」

 

「…オグリ……?」

 

「!」

「どうした、タマ」

 

「それはこっちの台詞や…」


「林檎嫌いやったん?」

 

「いや、大好きだ」

 

林檎も、君も。

 

「タマの剥いてくれた林檎は格別に美味しかったぞ」

 

「ははっ、何言うてんねん」


「誰が剥いたってそない変わらんやろ」

 

いや、きっと違う。


君の表情、手付き、音程の外れた適当な鼻歌。


私の目に焼かれる光景が、味を引き立てる発端になったのだ。

 

気力ある他の生物では、こうはいかない。

 

(…)

 

そう言いたかったが、寸でで言葉を酸素と一緒に動脈を巡回させた。

 

「………」

 

「タマ?」

 

擬音すらないタメ息が、そよ風に混ざる。

 

「ごめんな、オグリ…」

 

「?」

 

うつ向いた君に映る物は、二羽の兎さん。


髪が目元を隠し、パラオのような瞳を隠してしまう。

 

「何故、謝るんだ?」

 

「ウチは…いつかアンタを追い越してみせるって、そう誓ったはずやのに……」


芦毛の怪物たるアンタを追い掛け轟く白いイナズマとして…」


「アンタと互角にやり合えるんは、ウチだけやったんに………」

 

兎が濡れている。

 

だんだんと力を失くす声が小刻みに震えて、壊れかけのラジカセみたいだ。

 

「ウチはもう、走る事はおろか、歩く事さえままならんくなってもうた……」

 

「せやから」

 

「!」

 

こちらに向く君を合図に、窓を入り口とする風が髪を靡かせる。


パラオから零れた海水が、私の顔を歪に映していた。

 

「ごめんな……オグリ………」


「アンタの隣に居てやれんくて……」

 

「タマ…」

 

白い食器に出来た新しい海は、タマのように綺麗な青色はしていない。


声色は怒りと悲しさをブレンドしたように、複雑で難解だ。

 

(タマ…)

 

君は。

 

勘違いをしている。

 

私が、孤高の狼に思えたか?

 

私が、強さに無聊を謳歌しているように思えたか?

 

 

君と出会ったのはつい最近だ。

 

 

私の忌避したタマモクロスというウマ娘は、いつも背中で光を発していた。

 

私が走る理由は簡単だ。


私が強さの頂点に立つ事は必然だ。


私が見たいのは、前の景色じゃない。

 

1位となり、直後振り向いた時に見える光景。

 

それまで積み上げてきた努力が全て崩れ去り、苦難の表情を浮かべる少女達の顔。

 

挫折し、やがて破滅する。

 

無が負として渦巻く風景が、どうしようもなく私の体に至福を潤して止まない。

 

塩辛い汗が、味付けされたステーキの如く舌に美味をもたらす。

 

「…」

 

しかし口に入った砂は不愉快だ。


ジャリジャリと口内の旨味を持ち去っていく盗人だ。

 

「やっぱ…アンタ速いな」ゼェゼェ

 

「でも、覚えとき!」

 

「ウチはもっと努力して、いつかアンタを追い抜いたるからな!」ニカッ

 

「………」

 

何度やっても同じこと。

 

永遠に2番に囚われたウマ娘

 

何故、諦めない?

 

 

勝者の絶景を邪魔するタマモクロスという少女が。

 


嫌いだ。

 

 

「…!//」

 

「タマ」

 

抱きしめた。

 

悲しさと困惑に陥った君の体温が並みよりも暖かくて、心地良い。

 

「大丈夫だ、タマ」

 

「…オグリ?」

 

耳元で言葉を発する私は、君専用の携帯だ。

 

直接侵入を許された香りが血液と共に全身を駆け巡り、二酸化炭素と一緒に吐きだされる。


私を生かす酸素が、今は君で成り立っている事実。


君を慰める事さえ、忘れてしまいそうだ。

 

「確かに、タマはもう走れない…」

 

それは望んでいなかった幸福。

 

「……」

 

「だが」

 

「?」

 

「それなら私が…」

「タマの分も走ろう…!」

 

「!」

 

追い出した口の砂は、足元の土と混ざって二度と見つける事は出来ない。

 

もう、私の食事を邪魔する者はいない。

 

「タマが走れない分、私が走って走って走って…!」

 

隣を走り抜ける度、競走者達は悔しさを噛み殺すような表情を浮かべた。


これだからわざとスタートを遅らせるのは止められない。

 

「タマの分まで、私が勝って勝って勝ちぬけると此処に誓おう!」

 

あの景色を拝む為の勝利。


何度でも、見届けてあげよう。


挫折と破滅を。

 

君は、そんな私の活躍を観ていてくれ。

 

そして再び感じて欲しいんだ。

 

己がどれだけ無力かを。

 

滑らかな生地をした布団に描いた塩水の宝石を、私に見せてくれ。

 

「オグリ…//」

 

「タマ…」

 

か弱い君を、心から。

 

「愛してる」

 

「?!///」

 

今私の視界には写ってはいないが、君がその林檎のように頬を染めていることを知っている。


心臓に顔を寄せずとも、太鼓のような鼓動が私の耳と体に聞こえる。


それはまるで揺り籠のように、眠りへのメトロノームを刻む。

 

「あ、アンタ今…ウチのこと……//」


「………」


「…」フフッ

 

(!)

 

弱々しい両手が背中を優しく包みこんできた。


それ故に抱擁する手が私を離さんと、衣服を強く握る。


まるで肩甲骨からふわりと翼が生えたみたいに。

 

「ウチもアンタのこと…」

 

「愛してるで…///」

 

「…」

 

メトロノームの遊錘が下がっていくのを感じる。


私の遊錘はそのままに。

 

「ありがとう…タマ……」ギュッ

 

すっぽりと収まる君に感謝を示すよう、より強く抱き締める。

 

君もそれに答えるよう、握る手を強めてくれた。

 

直ぐにでも折れてしまいそうな小枝同然の腕が一生懸命に私を包もうとする様が、とても愛おしく感じる。

 

 

だが、何故だろうな。

 

(…)

 

その刹那一瞬、腕さえも使い物にならないよう施してやりたいと思ってしまったのは…。

 

 

君を、より深く愛したいからか?

 


「ところでタマ…」

 

「なんや、オグリ?」

 

片腕をゆっくりと白い皿へ移す。

 

「この削いだ皮は食べても良いのか?」ビローン

 

ずっと気になっていたんだ、この林檎の皮は食べても良いのか否かを。

 

「………」


「アンタってやつは………」タメイキ

 

まるで雰囲気を台無しにされたと言わんばかりに、私はタマに冷たい眼差しをくらった。

 

「???」

 

 

──────────────────────

 

 

「どうだ、タマ?」

 

「おぉ、えぇ景色やなぁ」

 

2つの車輪が転がると、ハンドルを握る私に小石の感覚が伝わってきた。


車椅子に乗車する介護ウマは、開けた景色に遠くを見渡す動きをする。

 

「そうだな、タマ」

 

「んん~…空気も美味いなぁ」

 

「食べられるのか?!」バッ

 

試しに深呼吸を一つ。

 

「…」

「味、しないぞ」

 

微かな草木の香り以外、味なんて微塵も感じることはなかった。

 

「当たり前やろ」

 

「だが、今美味いと…」

 

「物の例えや、オグリ」

 

「なるほど」

 

やはり、空気は食べられるものではないのか。


残念だ。

 

「今日は良い天気だが、少々日差しが強いかもな」


「タマ、今度はあの木の下まで行ってみよう」

 

「んじゃ、頼むわ」

 

(…)

 

病院の敷地内に設けられた公園を進む。


小鳥が囀ずりをあげると、患者衣を着た少女の耳が音の方へ振り向く。


そよ風が吹く度に、君の匂いがふわりと舞う。

 

(…なるほど)

 

先程タマが言った「美味しい」の意味が、少しだけ分かった気がした。

 

「到着だ」

 

「涼しいなぁ」

 

「あぁ、とても快適だ」

 

木漏れ日が小さなスポットライトとして私達を歓迎している。


木々のざわめきが、ゆっくり休んで行けと言っていた。

 

「おっ、こんな所に花が咲いとんで」

 

「本当だ、これはなんという花だろう?」

 

「さぁな、ウチは花屋ちゃうからなぁ」


「でも、綺麗やなぁ」

 

太陽の光を浴びて、一輪の花が揺れている。


私は君と揺れる花を、視界にフレームインさせた。

 

私を足とする彼女と、よく似ていた。

 

美しく、だが非常に脆く壊れやすい。


もし誰かが一度でも踏んでしまえば、二度と再生する事はないだろう。


残るのは根元から折れた茎と四散した花びらという、なんとも惨い有り様のみ。

 

彼女も一緒だ。

 

仮にこれから、車椅子ごとそこにある坂から落としてしまえば一瞬だ。


打ち所悪く頭から落ちた落雷が最後に見せる姿はとても直視出来る物ではないだろう。


壊れやすく、美しい。

 

「?!//」

「な、なんやオグリ?//」

 

「…」ギュッ

 

君はどうして平然としていられる?

 

私が今君に危害を加えても、抵抗なんて出来ずにされるがままになるというのに。

 

そんな事を思考したりはしないのか?

 

何故、突然自身に好意を向けてきた相手を信用する事が出来るのか。

 

(嗚呼…)

 

君が愛おしくてたまらない。

 

(私が、君を守ろう)

 

生物とは、強き者を好む傾向にある。


誰かに支配されている方が、心に快適さを産む事が出来るからだ。

 

故に弱き者を嫌う。


早くして走れなくなった周辺の人間程度まで落ちたウマ娘など、なんの意味がある?


ただの手間のかかる少女が好かれる理由なんてない。

 

(だが、私は違う)

 

だから、好きなんだ。


か弱く無能で未来のない、破滅で地面に叩きつけられたセミのような君を。

 

心から愛することが、出来るんだ。

 

「ははーん」ニヤ

 

「?」

 

「オグリぃ、アンタ今いやらしい事考えてるんやろ~?」ニタニタ

 

後方に向いてきた顔が、イタズラに笑っている。

 

…いやらしい?

 

坂から君を突き落とすのも。


両腕さえも奪いたいと思うのも。


あの時聴いたクラシックをもう一度聞きたいと考えるのも。

 

これは、いやらしい事…なのだろうか。

 

「よく分かったな、タマ」ズイッ

 

「ひょえ、ちょオグリ?///」

 

「い、今のは冗談で言ってみただけで…そのやな…///」

 

「…」ジッ

 

「…///」

 

手遊びをしてまごついた君がとてもじれったい。


しかし、ようやく何かを決心したのか赤くしながらモゴモゴと口を動かす。


ただでさえ小さい君が。より小じんまりとして見えた。

 

「…ちょっとだけやからな……//」

 

「分かってる」

 

 

「…んっ//」

 

「…」

 

緑に囲まれながら、私達は静かに唇を重ねる。


互いに肉の感触を確かめるように、じっくりと、混ざり合うように深く。

 

「ごめん、タマ」

 

「?」

「…?!!///」

 

私達から淫猥な水音が鳴る。

 

絡み合う肉と零れる潤滑油のような唾液が、行為を引き延ばす。

 

助けを求めるように私の手を握るタマの表情が扇情的で、全身を燻らせた。

 

(美味しい…)

 

どんな肉よりも艶やかで。

 

どんな肉よりも甘美だ。

 

貪欲に貪っても、尚足りない。

 


あぁ。

 


文字通り、君を骨の髄までしゃぶりたい…。

 


「ぷはっ//」

「ゲホッ、ケホッ//」

 

「大丈夫か、タマ?」

 

久方ぶりと言わんばかりに君は唾液まみれの口で酸素を取り込む。

 

「誰が…舌入れてえぇちゅうたねん……」

 

「すまん」

 

袖で乱暴に口周りを拭き取り、乱れた髪を手櫛で直す。


乱れた理由は私が余った手で弄り倒したからだ。

 

「タマが可愛いくて、ついな」

 

「あ、あほ!//」

「そないなこと言っとけばウチが許すとでも思うとるんやろ!!///」

 

「まぁ、実際そうやけど…」ボソッ

 

ピクリ、耳が微かな空気の震えを感じる。


君のメトロノームが脈を刻む音が、ここからでも良く分かった。

 

相変わらず、私の遊錘は動きを見せない。

 

「…」ジッ

 

「~ッ///」

 

「ふ、ふん!」プイッ

 

車体ごとそっぽを向かれてしまった。

 

心配なんてない。

 

少しばかり顔を覗かせる尻尾が手招きしている仕草は、いつもの合図だ。

 

「何ボーッとしてんねん…」

「ほらっ、サッサと行くで…//」

 

「…」

「分かったよ、タマ」

 

クスリと笑った後、再びハンドルを握って病院へと車輪を回す。

 

「………」

 

その道中、走る人々を横目に俯く君を見て。

 

メトロノームが少しだけ、早く揺れた。

 

 

─────────────────────────────

 

在りし日の出会いから、私にとって君を見下ろす日々は至高だった。

 

外界へ赴くようになって、景色をなぞる都度。


ひたむきに走り続けるウマ娘達を見かける都度。

 

私がレースで功績を上げる都度。

 

君は、決まって悲しげな表情を浮かべていた。

 

眺めたって、脚は動かないことなんて分かりきっている筈なのに。

 

月日経とうと諦めなきれないしつこい執念は、イタズラに自分を傷つけるだけだと何故分からない?

 

やめてくれ。

 

そんな顔をするのは、やめてくれ。

 

(…)


(…///)

 


私の衣服がまた、涎だらけになってしまうじゃないか。

 

 

『オグリッ…///』

 

『壊して、もっと激しくして…///』

 

『ウチを壊して///』

 

ほぼ毎日のように貪り食らう怪物に、君は執拗に求めてきた。


君から差し出された好意を、私の行為で力任せに無下にする事が。


最高の快楽だったよ。

 

 

「オグリ…なぁ………」

 

「…」

 

楽しい日々はあっという間だ。

 

奇跡的絶望は突然だ。

 

「な、なぁ…」

 

「…」

 

年単位で流れた時が起こした行動は、明らかな私への反逆。

 

知らなかった。

 

君が密かに努力をしていることを。

 

 

『…オグリ』

 

普段から何も考えず歩く私に、小走り気味に近寄る影一つ。


疑問は声が答えてくれた。


毎日、数年、聞いた音。

 

『タ………mッ……………』

 

振り向いた私にニカリと笑ったウマ娘は、タマモクロスだった。

 

その顔を止めろ。

 

醜い笑顔が、私に絶望的事実を次々と体に突き刺してくる。

 

止めろ。

 

『…』

 

『ウチ、ずっと努力してん』

『アンタに内緒でな』


『どうや、驚いたか?』ニヤニヤ


『正直、まだ走れるほどではないんやけどな…』


『でもな、お医者さん曰くこのままリハビリ続ければ走れるようになるのも夢やないって言ってくれたんや!!』

 

『………』

 

ノイズだらけの声が耳を剥ぐように痛い。

 

話なんて断片すら聞こえてはいない。

 

だが。

 

ただ一つ分かる事があるのなら。

 

『………』

 

鼓動が嫌な音を立てている。

 

いっそ潰したい。

 

君を消した原因は。私なんだ。

 

目の前で騒音を出すウマ娘から発せられる言葉を単語単位で聞いて理解した。

 

私が君に捧げた愛が。

 

君を救済してしまったことを。

 

(……………………)

 

失意が背中をヒタヒタと這い上がって来る。

 

渦巻く感情は、悔恨。

 

(私の…せいか?………)

 

私のせいで、彼女をこんなにも醜い姿へ変えてしまったのか。

 

違う。

 

違うんだ、タマ。

 

私は、君を愛していたんだ。

 

無力でか細く光のない、君のことを。

 

(ごめん…タマ)

 

過ぎた時は、後悔する生物を嘲笑う。

 

愛が誰かを救うなんてごく当たり前のように思えて、とても不可解な現象。

 

愛は全てを救えない。

 

自然界において織り成される弱肉強食という現象は、絡みのない線。

 

シンプルであり、神聖。

 

例え弱肉が強食に狩られようとしていても、人間等が救うことは絶対にあってはならない。

 

摂理を乱す事は禁止事項だ。

 

私とタマは弱肉強食という関係に、隙間なくピタリと当てはまっていた。

 

筈だ。

 

…違ったのか?

 

私は下手に救済の手を差し伸べる、第三者的生物だったのか?

 

私が…摂理を乱した。

 

『………………』

 

伝う汗が、とにかく不安だけを沸き立たせる。

 

『オグリ』

 

『…また、一緒に走ろな!』ニカッ

 

『…!』

 

リボルバーに詰められた火薬弾1発が、空振って、空振って。


やがて指を緩めたのに。

 

その一言で、最後の引き金が引かれた。

 

『…』

 

『オグリ?』

 

『黙れ』

 

『?!』

 

決して潤わない乾いた音が、響く。

 

『気安く私をオグリと呼ぶな…』

タマモクロス

 

『…』

 

 

『…へっ………?』

 

 

落ちる汗一滴が、静寂を示していた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ…オグリ……」

 

黒塗りに目だけをくっきりと光らせる私に、タマモクロスが表情を引き吊らせる。

 

混乱。

 

脳は言葉の意味を理解した上で、言葉の真意を見抜けない。

 

「今のは、どういう…」

 

「そのままの意味だ、タマモクロス

 

氷に塩を振りかけると、氷はより冷たくなる。

 

今お前が目元に浮かべる塩水は、私をより氷点下へと誘うだけだ。

 

「ほ、ホンマにどないしたんやオグリ?」


「なんかウチ、アンタを怒らせるような事したんか?」

 

私は怒っていない。


私は自分に怒っている。

 

「いつも通りだろ、タマモクロス

 

そう、これはいつも通りだ。

 

数年前までは。

 

「な、なんでや!」

「ウチらこないだまであんな仲良かったやん…」

 

よろよろと、私と距離を詰めて来る。


先程の一言を始めとし、段々と意味を理解しつつあるようだ。

 

「なぁ…お願いや……」

「怒ってるんなら謝るから……」

 

しかし、残念な事に理解すればする程動揺は酷くなる。


挙げ句、私にすがり付く始末。

 

「答えてくれ、何が不満なんや…?」

「アンタの為なら、ウチはなんでも出来る…」

「だから……!」

 

正直、今すぐにでも脚を奪いたかった。

 

だが、それじゃあダメなんだ。

 

努力していたにも関わらず自らの運命によって行き着く破滅こそ、美しい物。

 

自分の手で相手を破滅させても、満足のいく作品にはならないだろう。

 

「オグリ、なぁオグリ…!」

 

「…」

 

「ひゃっ……」

 

ナイフを握る力を緩め、眼前のウマ娘を強引に剥がす。


よろめきはしたものの、やはりウマ娘


尻もちまではつかない。

 

「オグリ…?」

 

「…」クルッ

 

「あ…」

 

踵を返し、私は歩きだす。

 

力のない引き留めが風のざわめきで消えている事を、本人は知るまい。

 

「ウチは!!」

 

「…」

 

背中で轟く稲光が、私の耳をつんざいた。


雨も、降っている。

 

「アンタがどんだけウチを嫌いになっても!」


「どんだけぞんざいに扱っても!」

 

「ウチは、アンタを愛してる!!」

 

「……」

 

鼓膜を殴るような声量は、数秒の間銅鑼のように脳内で響いた。

 

タマモクロス

 

「…!」

 

木から羽ばたく鳥達。

 

稲妻の声に、最後。

 

私も答えることにした。

 

「君は今、私を愛しているといったな?」

 

「…オグリ……?」

 

「私はな」

 

顔のみを、後ろへ振り向ける。

 

 


「君が大嫌いだ」

 

 


吹き矢の如く放たれる直線のトーンがタマモクロスを貫く。

 

「ぁ…あ……」

 

その場に力無くへたりこむ彼女は、もうまともに喋ることは出来ないだろう。

 

世話しなく生産される涙と嗚咽が、言葉から意味を失わせる。

 

「…」

 

「ぅ゛…ぁ……」

 

程よい塩の味付けは大好きだが、これは少々塩分過多だ。

 

擬音が聞こえる大粒の涙が、アスファルトをそこだけ濡らしている。

 

「…!」

 

(………タマ…)

 

無力となった自身を、いつでも一番側で支えてくれた愛を向けるウマ娘に突然見放され。

 

自身がもっとも大切とした存在を失った彼女は。

 

苦痛と破滅に、嘆き奏でるダミ声を上げた君の表情によく似ていて。

 


「……………」

「……………………////」

 

 

酷く美しかった。

 

                                             完