新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

カフェトレ♀【ウマ娘 ss 百合 閲覧注意?】

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ある夫婦のもとに産まれたソレは、3つの頭が接合していた。

 

 

名を、”シーストレンジ”という。

 

 

 

母親はその奇形バを見るや否や、ソレの安楽死を医者に要求。

 

 

ツラく短い人生よりも、生きていた証さえない方が幸せだと考えたのだ。

 

 

 

だが。

 

 

頭部3つの融合、尚且つ脳までが3つの入り雑じりであったこともあり。

 

 

両親には殺したと伝え、秘密裏に押収。

 

 

醜奇型被験物コード

【Strange-C-003】

 

 

より強い個体を産み出す礎として、ソレは大いに研究者を奮わせた。

 

 

 

その後。

 

 

研究成果の発表と共に、ソレが生きていた事へ母親は激怒。

 

 

しかし、擁護の声はなく。

 

 

本来ならゴミ同然の可燃物に、ウマ娘の可能性と未来を見出だした研究者へ称賛が響き。

 

 

逆に奇形と知った途端、娘を殺そうとした母親へ誹謗中傷を突き刺さした。

 

 

 

後日、夫婦は首を吊った状態で発見。

 

 

今回のような奇形バは

 

”シーストレンジ病”

 

命名され、彼女は後世まで語り継がれる功績となった。

 

 

 

現在“UC英日帝大博物館”にて、ホルマリン漬けとなった彼女が展示公開。

 

 

美しい奇形バを一目見ようと今尚、多くの人々が訪れている。

 

 

 

 

 

 

 

いつだって正義は、押し通した勝手の先だ。

 

 

 

 

 

 

「つまり、だ」

 

「君はウマ娘の母親からメス個体として形成されたにも関わらず、ウマ耳と尻尾を有することなく誕生した」

 

 

「しかし完全なヒトの女性ではなく、身体能力はウマ娘……いやそれ以上か?」

 

「”ヒトに似たウマ娘”ではなく、”ウマ娘に似たヒト”か、なるほど」

 

 

 

物置部屋へ戻るや否や、道中に聞いた軽い説明を多重復唱する科学バ。

 

 

数式のような専門用語のような、カタカナをぶつぶつと並べるピーやペー。

 

 

 

「少しは……落ち着いたらどうですか……?」

 

 

 

「これが落ち着いていられるかい、カフェ!?」

 

 

 

(……うるさい)

 

 

 

「確かに……確かにだ、ウマ娘の遺伝子を持つ人間は古くより存在すると聞く」

 

 

「けど事例はギンザメくんを除外してたったの2件のみ」

 

「オマケに、内1件は見世物小屋の偽装」

 

「残り1件も、近年ではでっち上げられた造話だと言われる始末さ」

 

 

 

ウマ娘が産むメスは本来、人間であることは絶対に有り得ない。

 

 

彼女が言うように噂程度は耳にすれど、あくまで都市伝説の域。

 

 

飲んでも翼が生えないように、単なる夢だと思っていたのに。

 

 

 

「まさか、本当に実在していたとはね」

 

 

 

コーヒー両手にソファへ腰掛ける芦毛が、現実さえも魅了する。

 

 

 

「クフッ、フフ……ハーッハハハ!」

 

 

「実に、実に実に素晴らしい!!」

 

 

 

世紀末を思わせる、覇王の如し高笑い。

 

 

広げた両腕、引き上がる口角はどれを取っても五月蝿い雑音。

 

 

 

「やはり私はヒトを見る目があるようだ、疑われた実在が杞憂であったこと」

 

「これは私が長年追い続けてきたウマ娘の神秘と、速さの先にあるものの解明へ大きな前進を促すだろう」

 

 

 

「その、改めて聞きますが……本当にトレーナーさんがウマ娘から……?」

 

 

 

「ああ、おk_母はウマ娘だ」

 

 

 

数十分前。

 

 

叩きつけられる圧倒的な走りを、誰より近く感じていた。

 

 

今更疑うことに、意味は皆無。

 

 

頭で理解して、心で戸惑う徒労。

 

 

 

「君の母親、是非名を聞きたい……!」

 

「あの走り、相当な名バから引き継がれたものだと見受けているのでね」

 

 

 

チェスを進めるような、漸次的聴取を望む私などお構い無しに。

 

 

空気としていた探求者が、みたび固形とでしゃばる。

 

 

 

「残念ながら、母の本名は知らない」

 

 

 

「知らない、とは?」

 

 

 

「意味はそのまま受け取って構わない、彼女は常に偽名で通していた」

 

 

 

「娘であるトレーナーさんにさえ……言わなかったのですか……?」

 

 

 

にわかに信じられないという半疑より、ありえないという懐疑。

 

 

 

「幾つもの名前、どれかが”本当”なのかもしれないが……」

 

「”娘だから”なんて、あの母親は考えてもいなかっただろうね」

 

 

 

露なき可能性を掻き分け、岩裏を覗いていたのだろう。

 

 

見つからないスカラベ、笑う鼻が諦念混じりに湯気を励ます。

 

 

 

「それと彼女は、競走バ じゃあない」

 

 

 

「!」

 

「なに……?」

 

 

 

見開いたかと思えば、次の一コマで寄せられる眉間。

 

 

ウマ耳含めたオーバー気味のリアクション。

 

 

ログを仰ぐような様も、たじろぐ脚色が至純である証明。

 

 

 

「つまり……その脚力は、トレーナーさん自ら……?」

 

 

 

“多宙抱合型史実”、通称 ウマソウル。

 

 

具体的な言及は無く、追求も非推奨的。

 

 

明解なのは、

別時空間と現時空間の揺らぎがシンクロして流れ込んだ ”思念” ということ。

 

ウマソウル自体に、ある程度は遺伝子情報が有されているということの2点。

 

 

両親の容姿以外、能力全般がウマソウル起因の存在も少なくない。

 

 

 

「……」

 

 

 

「別段……不思議ではないと、思いますよ……」

 

 

 

前述を踏まえれば、合致はいくはずだ。

 

 

 

「まあ………一先ずは、いいか」

 

 

「君の父親についても聞いておこう、スポーツ選手だったとか……ね?」

 

 

 

「少なくとも、そう言った類いの人間ではないと思われる」

 

 

「ソイツの人像までは、よく知らない」

 

 

 

怒り蓋がなぞられ、澄んだ低音。

 

 

まるで他人事と、彼女はコーヒーを飲む。

 

 

 

「はて……」

 

「父親とはあまり、仲が芳しくなかったようだね?」

 

 

 

「……タキオンさん」

 

 

 

「そう聞こえたから、言ったまでだよ」

 

 

 

ズバズバと地雷元へ踏み込まんとする駄学者、このウマ娘にはデリカシーがない。

 

 

 

「ククッ、そういうことじゃあない」

 

 

 

喉が鳴る、不正解のブザー音。

 

 

飲んだコーヒーは深呼吸、香ばしい余韻が読点の2小節。

 

 

 

「父たりえた存在は私が産まれる前から、もう既に居なかった」

 

 

 

「……」

 

 

 

「えっと……それは、どういう意味……なんですか……?」

 

 

 

変わる風向きに警戒しているのか、赤い濁りの言葉は止まる。

 

 

本来なら私が、こうするべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

「自殺だよ」

 

 

 

 

 

 

 

「「__ッ」」

 

 

 

痛いほどに瞳孔が絞まる。

 

 

苦しいほどに息が詰まる。

 

 

壊死するような場の凍り、戸惑う秒針はベロベロと融解。

 

 

ドミノ倒れな死の思考、彼女だけが悠々とカップを回す。

 

 

 

「……どうして、そんな………」

 

 

 

ようやく掠れ出た声、それもまた疑問で。

 

 

終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

「母はウマ娘でありながら、人間になることを夢見ていた」

 

 

 

皮が切られ、悲壮が芽吹く。

 

 

 

「幼少期から勝負事を避け、家では敗北の悔しさを克服する訓練をし、ヒトが通う普通の学校ばかりを選んでいたらしい」

 

 

 

「そこまでして何故、君の母親はヒトであろうとした?」

 

 

 

茶化しも振る舞いもない、静かな問い。

 

 

 

ウマ娘が例外なく持ち得る、”勝利への渇望”」

 

 

「多くは美と捉えるが……」

 

「”どこまでも続く欲”と”求めるが故の悲劇”を、母はウマ娘に課された”呪い”だと嫌っていた」

 

 

「無論、私も例外ではないけどね」

 

 

 

「………呪い、ね」

 

 

 

納得した俯きが、視線を脚へ落とす。

 

 

普段のマッドサイエンティストも、今はただの迷えるウマ娘

 

 

 

「彼女の容姿は頭一つ抜けていてね、大学ではモデルを並行していた」

 

「と言っても、モデルは楽な資金稼ぎ要因としか考えてなかったようだけどね」

 

 

 

(……す、凄い………)

 

 

 

「父との出会いは学園、突出して冴えない並以下の人間に一目惚れ」

 

 

「大学卒業後に結婚、それと同時にモデル稼業も引退した」

 

 

 

右目が、僅か揺らぐ。

 

 

左目はそのままに。

 

 

 

「災禍は、そこから……」

 

 

 

鉄が焼ける香り。

 

 

 

SNSを始め、途方もない誹謗中傷が父を襲うようになった」

 

 

 

「誹謗……中傷………?」

 

 

 

丸くした目と若干外れた声色、言葉の意味が分からない訳ではなく。

 

 

そう至る意図が、掴めなかった。

 

 

 

「君達は気付いていないかもしれないが……」

 

 

「人間から見て、ウマ娘の造形は比類無き可憐さと美の極高点」

 

「誰もが求め、挫折し、人間で妥協する」

 

 

 

手の掛かる子を話す合間、そんな冷笑一つ。

 

 

 

「世界を魅了するウマ娘が”人間と結ばれる”うえに、相手は”ただの一般人”」

 

 

「信仰者達が、黙っているはずもない」

 

 

「鳴り止まない電話、個人情報の特定、自宅押し掛け、信仰者と逆張者の殴り合い……」

 

 

「挙げ句メディアの良い餌に、どのチャンネルでも悪ノリ合戦さ」

 

 

 

倩と述べられる呆れた誣言。

 

 

浮かぶ場景、握る拳が痛く滲む。

 

 

 

「マスコミ共々の中傷批判は、やがて母にまで引火し始めた」

 

 

「誰かが鎮火させる、誰もがそう思っていた故に実現した”消えない業火”」

 

 

 

100人が100人を頼る矛盾暗愚。

 

 

本末の浅慮は、天道虫をプチリとにじり潰す大艶笑譚。

 

 

満場一致の滑稽さ、捩れたお腹の拍手喝采

 

 

 

「ある日、帰宅した彼女の眼前に」

 

 

「自らの腸で首を括ったソイツが、抉り出した両目を転がし宙ぶらん」

 

 

「ぐちゃぐちゃに剥ぎ倒した顔面で死に顔すら分からず、遺書も相談もなく」

 

 

「ただ突然、”死”だけがそこにあったそうだ」

 

 

 

「……ウッ」

 

 

 

気を緩めれば、胃物が這い登る鬼哭啾啾の血生臭さ。

 

 

淡々と紡がれる内輪悲劇。

 

 

追体験と言わんばかりの没入感が、私に酷光景を見せつける。

 

 

 

「結局、母は私を産んだ後」

 

 

「稼いだ金の殆どを消費して、自らの存在を歴史から消した」

 

「全ての媒体破棄には至ってないけどね」

 

 

 

句点代わりのコーヒー、一口。

 

 

 

 

 

 

 

「………嗚呼、その……なんと言うのかな」

 

 

「今回ばかりは、この好奇心を後悔しているよ………すまない」

 

 

 

一生に一度あるかないか、聞けるか聞けないかのレアシーン。

 

 

常軌を逸した打ち明けが、へたれた栗毛耳に感情を かさ増せる。

 

 

 

「…………ヒドい……」

 

 

 

かく言う私も無例外で。

 

 

あまりに身勝手なその他者達へ、今はただ、これが精一杯の語彙。

 

 

 

「トレーナーさんの御両親は……何も……悪い事、してない……なのに………ッ」

 

 

 

ウマ娘と人間が結ばれるなんて、非も業もない普遍事。

 

 

名バがトレーナーと結婚する、それすらも慣れたるベタ事。

 

 

それが自分達と”同じフィールドの人間”と分かった途端、悋気を燃やす。

 

 

 

嫉妬、妬み、嫉み、劣等感。

 

 

 

重さ5グラムの難色。

 

 

そんな稚拙ズバリの理不尽で、来るに難くない幸は呆気なく殺された。

 

 

誰とて責任を、取らないクセに。

 

 

 

 

 

 

 

「ククッ」

 

 

 

「「__?」」

 

 

 

「ヒドい?………何がだ?」

 

 

 

上げる面、鬱苦しく。

 

 

憫笑が、怒りを微少に振り撒くスパイシー。

 

 

 

「……えっと、ですから……貴女の父親を死に追いやった人達g___」

 

 

 

「アイツは、死んで当然の人間だ」

 

 

 

「__!」

 

 

 

アイツ、アイツら?、違う。

 

 

アイツ、対象は単数。

 

 

誰を?、そう父親。

 

 

向けていた感情は喪失ではなく、端的に殺意そのもの。

 

 

 

「まて、君は何を言っている?」

 

 

 

悵然とした暗雲へ俯く暇すら秒針。

 

 

引き留めるような困惑は物珍しく、傷心者へ恐怖を移す滅常軌。

 

 

 

「こんな悲劇は、あの人間に弁える身の程が為っていなかった故だ」

 

 

ウマ娘はヒトの上に立つ神秘、理を我が物さすれば罰が下るのは当たり前……」

 

 

 

張り詰めた弦が、なぞらえる指へ摩擦を奏でた低一興。

 

 

熱は発火に満たない 00℃。

 

 

 

「去んぬる時より明確、ウマ娘と人間は共存すべきじゃあなかった」

 

 

「この世界で異種族間交配は御法度」

 

「ではなぜ、ヒトでないはずのウマ娘だと罰せられない?」

 

 

「ヒトはヒト、ウマはウマ、本来それぞれの種族間で実れば良かったんだ……」

 

 

「どちらか一方のみ存在していれば、母さんが己を殺すことも、私が産まれることもなかった」

 

 

 

タラレバ。

 

 

まるでらしくない声色は、よもや独り言に等しく暗澹。

 

 

悲嘆や痛噴なんて置き去りで、どこか理不尽にも思える八つ当たり。

 

 

 

「偶像は届かないから夢を知る、触れないから美しさを保つ」

 

 

「偶像に恋をするなんて、愚かしい……」

 

 

 

(……!)

 

 

 

刹那。

 

 

文末へ紡ぐ貴女の深緑が、滲ませた薄い黄色。

 

 

理解を求め縋る眼差しは、知りたる恐怖を指差す幼子。

 

 

加虐心すら そそられる。

 

 

 

「……トレーナーさんはもしかして、恐れて……いるんですか………?」

 

 

 

理解と優越が同じ釜の中。

 

 

“もしかして”なんて確定を求めた白々しさも、貴女を知れた喜びから。

 

 

 

「恐れ、とは?」

 

 

 

「自身も……同じ末路を、辿ることになってしまうのではないか……と」

 

 

 

「………」

 

 

 

数千枚の1コマ、やや見開いた喫驚。

 

 

 

「父親のように……父親のような、悲しい終劇……」

 

「それが、トレーナーさんの……恐怖」

 

 

 

数分前の塗炭が、滲みた骨身に心地よい冷静さをもたらす。

 

 

 

「ククッ、なるほど」

 

 

「ああそうだ、私はきっと……いや」

 

「確実に、酷く憂虞している」

 

 

 

見えない者を、皆 怖がる。

 

 

けどそれより蒼白すべきは、存在していたのに知り得ない者。

 

 

神のような妄像とは異なる、記憶と肉体を蝕むアニサキス

 

 

藁に突き刺した五寸釘とは違う、体内を循環する遺伝子の呪い。

 

 

 

「ギンザメくん、君は………」

 

 

ウマ娘とヒト、どちらを憎んでいる?」

 

「それとも、両方かい?」

 

 

 

突如として口を解した深海泡。

 

 

円柱擬きのウマ耳、示した興味へ眼が伸びるマイマイ似。

 

 

 

「答えるなら後者だが、前述は反対かな」

 

 

「どちらも恨んではいない」

 

 

 

飲み干した底、白い明がりに沈む黒い二日月を、貴女は見つめる。

 

 

 

「私にとっては、ヒトもウマ娘も母を苦しめる存在……」

 

 

「だがウマ娘を恨めば、母も恨むことになる」

 

 

「人間を恨もうにも、そうなった要因はアイツの自業自得」

 

 

 

コツリ。

 

 

黒い偽革が、ソーサに重ねた白陶器。

 

 

深く腰掛け向けた美顔、伏せた右目も遅ればせて前を向く。

 

 

 

「私と同じ、どちらとも成りきれない」

 

 

「中途半端や二律背反と表せば聞こえは良いが、選択と苦渋あればこそ」

 

 

 

矛盾だとか後悔だとか。

 

 

そんな大義ですら、二者択一を与えられたという幸福のうえ。

 

 

 

「事は済んだ祭り」

 

 

「私には無責任で選んだ片側と、残る側の不幸を味わうことすら叶わない」

 

 

 

本当の不幸は、”選ぶ” 動詞がない生涯。

 

 

 

「私個人としては、両者共に恨んでいるような言動に聞こえるが……」

 

 

 

「ククッ」

 

「気遣いと判断するよ、タキオン君」

 

 

 

ギザ歯の白月、冷笑が喉で鳴く。

 

 

まがうは日照りに置かれた水、温く安心を覚える空気感。

 

 

 

「……」

 

 

 

「トレーナーさん……どちらへ………?」

 

 

 

「話し過ぎた、次期に夕も沈む」

 

「すまないが、トレーニングはまた別の機会としよう」

 

 

 

腰を上げ、久しく聳えた銀字塔。

 

 

中越しの返答は、帰宅の遠回し。

 

 

 

「一応言っておくが」

 

「昔話を真摯に受けたとして、下手な気遣いや同情は不要だ」

 

 

「そういった類いの悪意は、嫌いでね」

 

 

 

過去を明かした後の、定型文。

 

 

見聞き飽きた文章に、右顔だけを向けて あざけた揶揄。

 

 

どうして皆、向けてもいない同情を拒んでしまうのだろう。

 

 

 

「あの……!」

 

 

 

「……」

 

 

 

「最後に一つだけ……明確な答えを、教えてください……」

 

 

 

開しかけた扉が止まる。

 

 

 

「……どうして、自身の事を……話したんですか?」

 

 

 

私は、尚も三流で。

 

 

けれど、誰よりも貴女を見ている。

 

 

 

「それは私が、ギンザメくんに質問したからじゃないのかい?」

 

 

 

「……トレーナーさんは、他者へ必要以上の情報は提示しない………」

 

 

「貴女が……その場流れで語ってしまうようなポカをするとは、思えません……」

 

 

 

掛けた手が落ち、こちらへ向いた右半身。

 

 

表情無く むっつりと見下ろす、彼女なりの優しい静聴。

 

 

 

「………敢えて、語るに怪のない流れを……作ったんですよね?」

 

 

 

瞬間、科学者が喫驚と私を見た。

 

 

 

「私が油断で、負けること……蹄鉄の跡にタキオンさんが、疑ること……」

 

「……両親に関する、質問」

 

 

「模擬レースに立候補した際……咄嗟に今回の筋書を発意……」

 

 

「私を承諾したのは、そのため……ですよね?」

 

 

 

彼女への洞見は、父親の死を是認非難し始めた時。

 

 

悲しさから心が消え、棘の混じった語り口。

 

 

披瀝というより、愚痴や怨言の一方的濁流と捉えた方が自然だった。

 

 

 

「教えて……ください」

 

「何故そうまでして、白明を企てたのかを……」

 

 

「しかも……」

 

「私だけではなく、タキオンさんにまで教えた……その訳を………」

 

 

 

「サラッとヒドいね、カフェ~」

 

 

 

物語と私の目端に置かれた科学者は、恐らくヘノヘノと困り顔。

 

 

 

「成る程……」

 

「ククッ、答え易い疑問で良かったよ」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

杞憂に緩む口角。

 

 

役目到来とはしゃぐ扉、再び見せる背。

 

 

 

 

 

 

 

「私という存在を、君達に話してみたくなった」

 

 

「ただ、それだけのことだよ」

 

 

 

「__!」

 

 

 

それじゃあ、と。

 

 

声を出す暇は有るはずもなく、遠ざかる彼女と金属音。

 

 

幾ばくかの刻時音、心臓に始まる指先までの淡い こそばゆさ。

 

 

 

「ほうほう、これは驚いた……」

 

 

「どうやら私達も、だいぶ彼女の信頼を得てきたようだね」

 

 

 

「………」

 

 

 

「カフェ?」

 

 

 

(信頼……トレーナーさんが、私のことを……?)

 

 

 

信頼。

 

 

絶対韜晦主義者である彼女が自ら、他者に醜談を晒した。

 

 

あまつさえ、そこに目論みはなく。

 

 

ただ ただ、無防備な気紛れが起こした数千字。

 

 

 

「おーい、カフェ~?」

 

 

 

「トレーナーさんは………」

 

 

 

「?」

 

 

 

圧倒的、多幸感。

 

 

 

「トレーナーさんは……私を信頼しているからこそ、話してくれた……」

 

 

 

助骨という弦を、一本一本 指で弾くように。

 

 

重く震えた、法悦のアーティキュレーション

 

 

 

タキオンさん……!」

 

 

 

「えッ、あぁ、何だいカフェ?」

 

 

 

うわ空から突然舞い戻り、名前を呼ばれた赤目が引き気味に驚く。

 

 

 

「トレーナーさんの……去り際に言ったあの台詞……つまり」

 

 

「……遠回しな、プロポーズ……ということですよね」

 

 

 

 

 

 

 

「飛躍、し過ぎじゃないかい?」

 

「いや、どだい早計 も 大概だと言えるが……」

 

 

 

油断大敵。

 

 

小一時間前に身を持った学習、砂粒程にもカイバから抜け爛れ。

 

 

愛は盲目。

 

 

1対2で聞いていたことも頭に無く、良都合な結果を先走る。

 

 

 

「それと一つ、忠告しておくよ」

 

 

「カフェ、君とギンザメくんは あくまで距離を縮めた訳ではなく」

 

「それを実行する道幅を、広げたに過ぎない」

 

 

 

「……」

 

 

 

あまりに真っ当な打ち水で、思わず冷静さを取り戻す。

 

 

ティーカップ片手に窓から外界を眺める際、時折魅せるあの表情。

 

 

諦観した栗毛をそよがせる様は、アグネスタキオンという美を、いつも痛感させる。

 

 

 

「貴女に言われずとも、分かってますよ……そのくらい………」

 

 

 

後半は しりすぼむ。

 

 

 

「ふぅん……」

 

「まあ、他者の現抜かしに説教するほど、私も暇ではないのでね」

 

 

 

翻し、迎えるイスはギシリと優越。

 

 

ブルーライトを閃つかせ、目線を求めるCore2Duoのパソコン。

 

 

 

「表面上は茶化すだろうが、内心は細やかなエールを送っておくよ」

 

 

 

研狂バ が、横目に ほくそ笑む。

 

 

 

(逆の方が、マシです……)

 

 

 

これ以上の会話は億劫だと、タメ息は心の中で。

 

 

陽が地平線に惹かれている。

 

 

珈琲を入れるため、私も自らの陣地へ足を向けた。

 

 

 

(……トレーナーさんのことを、どれだけ知れたのかな……)

 

 

 

不安が、尚も過る胡乱感。

 

 

 

(色々分かった………けど……)

 

 

 

過去、悲壮、恐怖。

 

 

ヒトの大部分を象る、三要素。

 

 

殺すも生かすも自由に出来る、社会において絶対的値兆金。

 

 

それを手に入れた筈が、どうしてか釈然としていない。

 

 

 

(依然……トレーナーさんが私に、触れず触れられずを貫く理由は曖昧……)

 

 

(底無しの崇拝心、悲劇への反骨心……)

 

 

 

或いは、他に?

 

 

 

「………トレーナー……さん」

 

 

 

ポツリ呼ぶ声も、カラスが拐う。

 

 

黒い水面は微かに揺れるだけ、動くマウスも止まらず。

 

 

 

(貴女に触れる日は、いつに……なるのでしょうか………)

 

 

 

揺らめく蜃気楼、ぼんやり浮かぶボヤキ。

 

 

彼女を重ねて、一口飲む。

 

 

 

 

 

 

 

(少し、苦い)

 

 

 

 

 

 

 

月はまだ、暗い芳ばしさの遥か底。

 

 

満たされたる残滓を願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

また、一口。

 

 

/冬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……ふふっ♪」

 

「これはまた、派手にやっちゃったね」

 

 

 

解剖台は、いつも通りの生臭さ。

 

 

股関節から踝まで綺麗な直線をかっ開き、垣間見えた骨に彼女が綻ぶ。

 

 

 

「聞いたよ、カフェさん達に 自分の事を話したって」

 

 

 

「……ハンマーか」

 

 

 

「正解♪」

 

 

「模擬レースの動画も送られてきたけど、やっぱり凄いね♪」

 

 

 

汚手での操作も何のそのと、光粒子ホログラムが該当映像を映す。

 

 

本人の撮影ではなく、録画データを自身の機器にリアルタイムコピーさせたものだ。

 

 

 

「久しぶりに走るの、楽しかった?」

 

 

 

「………ああ」

 

 

「反吐が出る程に、清々しかったよ……」

 

 

 

「それは良かったね♪」

 

 

 

怒り混じりな回答に、愛らしい面から純度100の誹謗相槌。

 

 

不思議と、怒も冷める。

 

 

 

「で、どのくらい掛かりそうだ?」

 

 

 

「……2時間、ってところかな」

 

 

 

華奢な指を骨に沿わせ、少女は告げた。

 

 

 

「長いな、お前にしては」

 

 

 

「もう、これでも早いほうなんだよ?」

 

 

「後一歩踏み込んでたら骨粉になるレベルで、両脚全域ヒビだらけ」

 

「それに神経も、また解れちゃってる」

 

 

 

終盤の踏み込み時、不自然に沈んだ距腿関節。

 

 

脚圧に楔状骨と立方骨が四方にズレ、頚骨がそこへ抉り落ちた際に発生する感覚。

 

 

後は中足骨、脚部全体に亀裂が引火。

 

 

ゴール直前に僅かな自我を取り戻せたのは、称賛に値する。

 

 

 

「解れを治せるのなら、痛覚もどうにか出来ないのか?」

 

 

 

「ちょっと、難しいかな♪」

 

「腐敗を新鮮な状態に戻すのは、奇跡とか努力じゃどうにもならないから……」

 

 

 

飛び出た神経を綱曳く様は、幼い娘へ大人が抱く被庇護心。

 

 

回帰欲と救世心、矛盾の汚色。

 

 

 

「それにね」

 

「ギンザメのソレは、”進化”なんじゃないかな♪」

 

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

 

UMA因子のせいで怪我や重病を負いがちだけど、ウマ娘の耐久性は比類がない」

 

「骨の数と組まれ方が人と大きく異なるから、1tにも及ぶ瞬発力を物ともしないの♪」

 

 

 

最高時速 60km強。

 

 

金属塊がようやく出せる数値を、肉とカルシウムだけでは模倣不可だ。

 

 

エナメル質が骨の外殻に形成、細かなパーツはテコの原理を誘発。

 

 

人型での加速力と超速度は、上記によって成り立つ。

 

 

 

「だけどギンザメは99%一致する人間構造で、ウマ娘と同じ身体能力を持っている」

 

 

 

“GRAHAM” と呼ばれる彼女達の構造は、正にヒトが求めるヒトの理想。

 

 

 

「だから当然、速力を上げると大爆発」

 

「ドカーン♪」

 

 

 

「ククッ」

 

「ショック死を避ける為、自主的に痛覚を遮断したとでも?」

 

 

 

両手を花開かせたニパり顔はエフェクトもなく、地下アイドルの石膏笑。

 

 

100均 陳列のプラゴミだが、担当探究バの卒倒が目に浮かぶ。

 

 

 

「そ♪、だから」

 

「ギンザメは脳及び他の臓器達へ、ちゃーんと感謝しないと、ね♪」

 

 

 

「フッ、そんなことだろうと思ったよ」

 

 

 

「えへへ♪」

 

 

 

重要性なんて一つと無い会話。

 

 

彼女なりの優渥善意と思ってしまえば、論理狂毒者のスポンジ脳。

 

 

私の辟易を意味もなく見出だしたいが為、意味もなく羅列させた文字群。

 

 

 

「悪くない論点ズラしだったが、政治妥当女と健全者の言争でも参考にしたのか?」

 

 

 

彼女の場合、この即興与太話が。

 

 

狂いない加療”を”片手間に、仕立てているのだから恐ろしい。

 

 

 

トレセン学園には色々な娘がいるから、自然と参考になるのかも♪」

 

 

 

「ハハ、言えてるな」

 

 

 

長内転筋 辺りも釣られ笑い、グチュグチョと。

 

 

敬意だとかで手袋を装着しない裸手、指で摘まむ故に席のないピンセット。

 

 

 

「……」

 

 

 

薄紅色の柔手は染み付いて、どれだけ洗おうとほんのり赤いまま。

 

 

 

「……」

 

「それじゃあ、終わったら起こしてくr」

 

 

 

「ダ、メ♪」

 

 

 

「………」

 

 

 

血のハネた小顔。

 

 

唇へと滴る鉄液を舐めとる様は、妖艶雅趣。

 

 

 

「例にもれず、言わせてもらう」

 

 

「どうして私は、施術中の執刀医と世間話をしなければならないんだ?」

 

 

 

「だって、一人は寂しいんだもん」

 

 

 

困り眉に膨れ面。

 

 

互恵のない身勝手なアンサーは、不粋幼稚。

 

 

 

「普段かっ捌いてる時は、肉に喋りかけてニコニコしてるだろ」

 

 

「独言は否定しない、寝ている私へ適当に駄弁っておけ」

 

 

 

「え~……」

 

 

 

どこにでもある不服顔が、抗議を一字とチルダで表す。

 

 

 

「大体お前は口を開くと、タキオン君か臓器の話だけじゃあないか」

 

 

 

「どっちも同意義♪」

 

 

 

「……」

 

「そうまで会話したい訳はなんだ?」

 

 

 

「麻酔無しで解剖中に会話出来るの、ギンザメくらいだから♪」

 

 

 

右側に立っているせいでハッキリと、視界へ映る無邪気な解剖厨。

 

 

こちらへ顔を向けている最中も、手元では淡々と治療が進む。

 

 

 

「声は出すけど金切る悲鳴ばっかり、酷い時だと声も上げないんだ……」

 

 

 

「普通は、そっちの反応が正しいんだよ」

 

 

 

「ふふっ、”誰の普通”なのソレ?♪」

 

 

 

「言っておくが両腕以外、まだ完全無痛じゃあない」

 

「少なからず、痛さはある」

 

 

 

抉り出した際も、痛かった。

 

 

いや違うな。

 

 

感情的なものだった、だろうか。

 

 

 

「でも既に、会話を広げてくれてる♪」

 

 

 

「ククッ、テンプレは貼り付けるだけで済むからな」

 

 

 

楚々たる少女は、シンプル明白。

 

 

意志疎通、相互理解、情報交換。

 

 

意のある談と悲しさの穴埋めは、元より単語として存在せず。

 

 

“会話”という”動作”をしたいだけ。

 

 

ウマ娘や半端な私よりずっと、人間らしさを欠如した純度100%人間。

 

 

 

「そうだ」

 

「今度はカフェさんの お話、聞きたいな♪」

 

 

 

だから、相も変わらず。

 

 

 

「……今度の勝負服についてだが__。」

 

 

 

 

 

 

 

気が楽だ。