“救世主”と呼ばれる人間の特徴。
膝をついた他者へ、手を差し伸べる事。
危機を省みず、善意だけで動く事。
飢餓に苦しむ人々へ、無償の食事を提供する事。
呆れた。
全ては”自分達”にとって、都合の良い存在を唆しているだけ。
それじゃあ。
血濡れた人間やウマを、群衆はどう呼ぶのかな?
・
そこ行けば、賑わい見せる大広間。
固い物が小突き合う音、微かな金属を加え。
聞こえる故は、もぬけ殻。
こんな音、嫌いであるはずなのに。
どうしてこんなにも、心が踊る?
「ここだよ、ギンザメ♪」
「待たせたか?」
「ううん、私も今来たばかりだよ♪」
遠くより聞こえる掛け声。
パカラパカラと、煩わしく心地よく。
「フッ……常識人の定型文だな」
自販機が談笑する側、迷い子モドキの向かいに腰を下ろす。
無機質なプラゴミチェアも至福に浸る、楚々たる少女。
「それで、用件は?」
「はい、これ」
「……」
3✕2の白長方形。
組織名と受取人は小さく記載、占めたるは六つ並ぶ 0 ファミリー。
「カノジョさん、売れたよ」
2,000,000円。
「おい待て、お前……彼女が功績を上げてから売りに出したろ?」
「え、えへへ……」
「ソックリさんってだけで、何処まで価値が上がるのか気になっちゃって♪」
頬を掻くダイコンに、反省の淀みは無い。
「あんなB級品、7~8万もすれば十分だ」
「でも、少し嬉しいんじゃない?」
「……前にも言ったが、肉塊に興味は無い」
ニコニコと、さながら遊園地来迎の幼子。
誰もが路頭を脱す天使の甘声、吐き捨てた言葉も響かない。
「死人に口無し?♪」
「気に入らない言葉だな」
「会話も脈動もない肉を、まるで生物のように扱っている」
「死者だとか、死人だとか……過度な擬人法は悪い癖だ」
死んだ人間は仏様?
では、馬は?
死馬とは呼ばず、肉と呼ぶ。
しかしウマならば、死人と呼ばれた鳥滸の沙汰。
「で、用が済んだなら行くぞ」
「ぁ……えっとね、今日呼んだ理由は他にもあるの」
「?」
擦り音の反響。
席立つ私へ、彼女がまごまごと引き止めた。
「たまにはね、世間話でもしたいなって♪」
「ほう……ククッ」
「アナタのような存在が、世間話を?」
猿芝居には猿芝居。
「おかしいな、天気予報で明日は晴れと言っていたが……当てが外れたか?」
わざとらしく、疑問符を浮かべてみる。
「もうっ、怒るよ!」
「アハハ、すまんすまん」
膨らませた頬の猿返しに。
思わず笑ってしまう中、みたび下ろす腰を軋んで笑う席。
ポチョと、騎士がタメ息一つ。
「それで……何を話そうか?」
「うーん……あっ」
「それじゃあまずは、じゃーん♪」
提示されたのは、L判サイズの写真。
「……ハンマーか」
「うん」
「最近タキオンさんね、ギンザメに対してアクティブみたい」
白ボケたそれは私、クッキリと写るアグネスタキオンは会話をしていて気付かない。
「盗撮用ペルシルか」
などと、一見は思わせる堂々さ。
指と指の間に挟む黒棒、カメラ内蔵型のペン。
「あとは……♪」
「……」
「ククッ、驚いたな……いつ撮っていたんだ?」
ダイワスカーレットとの談笑。
何気ない廊下歩行。
食堂で飲む砂糖山の紅茶。
なんとない日常を利用して、監視を行う探求者が何枚と。
「私を写してはくれないから、姿は見たことないんだよね」
「タキオンさんにまで追われるなんて……ちょっと妬けちゃうな」
「フンッ、半数以上がお前を見るタキオン君の写真ばかりで、何を言う」
「えへへ……照れるよ」
皮肉には、皮肉で返す。
この可憐さが嘘でないのだから、恐ろしい。
「見て見て、このタキオンさんスッゴく格好いいと思わない?♪」
「あとあと、これとかは白衣の萌え袖に忍ばせて私を撮ってるの!」
「ありきたりだけど、タキオンさんらしくて私は好きなんだ♪」
「………」
「ギンザメ?」
構築された担当バのデッキを、嬉々として語る人間少女。
全てを語り終える頃、一体いくつもの月が消えて行くのだろう。
「やっぱり、信じがたいんだよ」
「?」
「クリオネ、お前にいったい何があった?」
「何って……」
あざとらしく押し当てた指先。
フニリ唇を、妖艶に軽潰す。
「生物に対して一切の歯牙を掛けなかったアナタが……」
「彼女の”心”どころか、”身”まで好いている」
机に肘を付き、乗り出す身は ほんの定石。
「彼女の何処が、お前をそうさせた?」
「お前は、あの鳥籠へ何を想う?」
圧のある問いかけに、小首を傾げる深海天使には水圧よりも生ぬるい。
「わかんない かな♪」
「………」
「小鳥を閉じ込める檻、羽ばたく姿を見る為に手放してた」
「小鳥があまりにも愛おしくて、羽ばたく姿さえ檻と共に眺めていたい」
凛として、一定線。
真っ直ぐ見つめる瞳、煮詰めた遺体を彷彿とさせる薄紅。
生きているのに、汚れてる。
「タキオンさん への私は、きっと後者」
「タキオンさんはね、嘆いていないの……」
「他小鳥は、出して出してと……いつも私の助けを待っている」
「タキオンさんの鳥籠は小腸と大腸が編まれて出来ててね!、血管は遊具、膵臓はくるんと巻いてフカフカのベット……!」
「金属じゃなくてね、有機物なの」
「燃えるんだよ!♪」
「つまr__」
「要するに、”一目惚れ”ってことだろ?」
「うん、そうなの♪」
アグネスタキオンについて何行も語る際、いつもより饒舌にベラベラベラ。
飽きてくるので、即刻中断。
「だからね、さっきギンザメが言ったことは間違い」
「私はタキオンさんの”中身”以外、一度たりと愛したことはないよ♪」
艶めく栗毛、ミディアムがピリオドのように揺れ譲った。
「ククッ、ああそうかい……」
「別に、他者の 意バ心猿 へ苦言を提すつもりはないが」
「ただ、気になってね……それだけだ」
身を引いて、背もたれに預ける。
「お前の真意は理解した、が」
組んだ手は、安堵か嘲りか。
興なんて初めから無い、所詮は会話のダシだと思考も無し。
「アグネスタキオンから、薬品技術を盗用する件はどうなった?」
「本来の目的は、そっちだろ」
「目的なんて、希望とか未来と同じ……未知数どころか瓦石同然だよ♪」
突かれた図星、彼女は劇団的に目を泳がせる。
右人差し指を立て語る姿は、さながら税金乞食の修道僧。
後講釈という定番展開。
「私が課したのは”質問”だ、”安売りしてる聖書の格言”じゃあないぞ?」
ニタリ、陳腐な小芝居へ つれづれと。
「あはは、知ってるよ」
「ただ正直、タキオンさんが作る薬品はどれも現実的で……」
「疲れを消す薬はハーブティー、体力増強薬はプロテイン配合の豆乳、爆発はたまたま酸化性塩類と強酸を混ぜただけ」
「確かに調合は独自のものだけど、市販で買える物しか使っていない」
頬杖を付き、眺める外。
横目気味は、伝える結果の期待外れを暗示しているのだろう。
「他者を発光させた薬は?」
「あー、あれはね~……」
「ちょっと見ててね♪」
(注射器?)
取り出された、掌サイズのスライド式缶ケース。
見せつけるように封解くと、中から酷くアンティークなシリンジ一筒。
「クロム銅製なんざ初めて見たぞ、何世紀のやつだそれ?」
「これ?」
「19世紀後半の、中世式をイメージして特注したんだ♪」
黄土色に汚し塗装は、ヴィンテージを漂わせるデザイン性。
一転して。
液体を透かすガラスパーツの利便性、無頓着さが実に彼女らしい。
「……ほら」
「光ったな」
細く白々とした腕へ刺し、ゆっくりと液体が押入れられると。
1秒もなく、蛍光色に発光。
「それで、次にコレ」
別の缶ケースから、似たようなソレがもう一筒。
「……ね♪」
「解毒薬、か」
同じ場所に打つと、発光がダイヤル式に鎮まっていく。
「これはね、GFP……緑色蛍光タンパク質の原理を応用した物」
「通常はイクオリンがカルシウムイオンに反応して、発光エネルギーをGFPに伝達することで緑色蛍光するんだけど……」
「コレはカルシウムイオンじゃなくて、赤血球に反応を示すようになってるの!」
「ご名答♪」
「ちなみに解除薬は、完成形から逆算しただけ」
学園内では時たま問題となっていた、発光現象。
彼女をマッドサイエンティストたらしめる一番の要因だが、なんてことはなく。
医療目的に幅広く使用されている、普遍的な迷惑行為だった。
「狂気の科学者……なんて言われてたから、ワクワクしてたんだけどね」
しんみりと、残念そうに。
「この点に関してタキオンさんは、期待外れだったかも♪」
ケロっと、どうでも良さそうに。
「ククッ」
「表舞台を歩く存在と救世主様じゃあ、技術も倫理も ひとしおってことかな」
「もう、ギンザメ……」
「私は”救世主”じゃなくて、”救世”そのものって何度も言ってるでしょ?」
「どっちも同じだろ」
「救世主はただの模倣善」
「私の善は、歴史にない……死や生のような、概念なの!」
「ハハ、はいはい」
プクリ怒りを表現した表情に、理解しつつも倣うように言葉を引き出す。
彼女を見ていると喜怒哀楽が惨めに思える、テンプレ。
「ねえ、ギンザメ……」
「私からも一つ、質問していい?」
「聞こうか」
「ウララちゃんが大きなレースに出てたの、テレビで見たよ」
「……」
見据え出た名前に、思わず目が反れる。
ファントムアイ、見つめ合う。
「ギンザメだよね?、ウララちゃんを出場させた後ろ盾」
「さあ、何のことだか」
はぐらかす私にクスりとクリオネが笑い、言葉は続く。
「貴女が、彼女へ固執する理由はなに?」
聞いちゃいない。
話は進み、応答は必須事項と成り得た。
儚きシルエットと慈母声、不相応なこの重圧は極まりない不可解。
抉られた肉々が、今にプコプコと蠢きそうだ。
「………」
「ウマ娘が絶対的に縛られる、勝利への渇望」
友達で、ライバル。
心身を寄せることが出来るからこそ、勝敗は断固と譲らない。
「美しさと取る者もいる……が」
「私にとって”ソレ”は、醜い呪いとしか思えないんだ」
勝敗を揶揄するつもりは毛頭なく。
ただ、永久に刻まれ続ける、勝利を追いかける本能は別だ。
こんなものが、無ければ。
「ウマ娘さん達は、皆して度を越した負けず嫌いだもんね♪」
「ああ」
「だが、時としてソレを振り払える奴がいる」
「それが、ウララちゃん?」
「……彼女は競争で、一度たりと勝利を掴んだ試しがない」
薄桜の敗者。
「故に、白星が影りついた末」
「彼女は無意識下で、勝利への渇望を抑制する術を身につけた」
「術?」
「”謳歌心”だ」
勝てない。
勝てない、言い訳をするのは簡単だ。
努力が足りないから、才能がないから。
だがそんな穢言は、白旗を躊躇いなく振るように滑稽かつ屈辱的だ。
勝利への渇望、間違いなく這い上がってしまう。
「”勝つため”に走る、ではなく」
「”楽しいから”走る」
なら、根底を変えれば良い。
「勝利への執念を、あくまでレースを”楽しむ”ことで押し殺す」
他者とは目的が違うのだと、笑ってしまえば良いんだ。
楽観と幸福感で、悔しさも欲望も覆い隠して。
二度と目に付かぬよう、笑顔を乗っけて戸棚の奥底へ仕舞えばいい。
「本来ウマ娘が持つ本能を、走る楽しさで塗り潰したのさ」
「あー、確かに……」
「ウララちゃんって、走ってる時すごく楽しそうだよね♪」
いつも笑っている桜がハラハラと。
思い出して はにかむ クリオネも、彼女によく似ていた。
「……私は、そんな姿に感銘を感じずにはいられなかった」
「……」
「長い時を経て、ようやく薄められる忌まわしい渇望を」
「ウララ君は若くして、”かき消す”という荒業を成し遂げている」
気付けば、右手は駒を触ぐっていた。
親指と人差し指で擦るように、粗削りな凹凸を咀嚼する安堵。
「でもさ、尚更ウララちゃんをレースに出した理由はなに?」
「お前が喜ぶ言い方をしてやろう」
「……所謂、実験というやつだよ」
「圧倒的な敗北で純心を意地悪する実験なんて、良くないな~♪」
「ククッ、当たらずとも遠からず」
少女は答えを知っている、質問を投げかけた時からずっと。
「友達どうしの練習や模擬レースじゃあ、渇望が薄れるのも容易だ」
「本性と本能は、実戦でしか垣間見えないもの」
「だから、正式なレースに出させることで、その”術”が本物か確めたんだね」
「フッ、ご名答」
あしらうように指すと、苦労の正解へ彼女が白々しいブイサイン。
「それで結果は、どうだった?♪」
「悔恨してはいたが、享楽と気概は依然として保たれていた」
「まあ、及第点といったところかな」
「お互い、まずまず の成果だね」
喉奥で笑い、微少に頷く。
長針が頭を垂らす頃、ガラスの くぐもり から聞こえる肺呼吸。
「それにしても……」
「担当がいるのに他の娘へ現を抜かすなんて、カフェさんが嫉妬しちゃうよ?♪」
眼前の奇岩を傾く夕が、彫りを深く確かな 悪魔へ変えていく。
「私と彼女の関係は、月と人間」
「触れも出来なければ、しようとも思わない……気が触れれば殺される」
月面着陸は、ロマンのある暇潰しだった。
裏も城も巨人も、平凡がもたらした面白可笑しいエンターテイメント。
現実にしようとする者は、皆が殺した。
面白くない故に。
「またそんなこと言って……カフェさんが可哀想だよ」
「いたいけなシンデレラを可愛がるのは、天使の所業とは思えないな」
「えへへ♪」
充分な談話なんて、1割以下の本音。
9割の虚偽と嘲弄は、気楽だ。
「あ、もうこんな時間」
「行こうか」
「君の姫君が、ひどく焦がれているだろうからね」
「うん♪」
腐敗臓器との駄弁も、悪くない。
・
「ところで クリオネ」
「?」
「わざわざ彼女達を二人にしたとて、共有出来る情報はたかが知れてるぞ?」
ニタリと笑ってみせる。
「さあ、何のことかな♪」
意味や布石も無く。
「ククッ」
どれも。
気ままな救世の行くままに。
終