EP.9【世界アイドル】
「ひゃうッ////」
『……!///』パァ
シミの付いた熱気の籠る小部屋。
いつもの如く、ドロドロに溶け合う愛撫に。
今日も、君の下品な絶頂顔を拝む筈だった。
「……ング?///」
『ロヴェ、何ですか今の声』ニヤ
『顔も、とっても可愛い♪』
「……ッ///」
最初に出た提案、それは彼女が上に乗るというもの。
背伸びしている君も愛らしいかと、了承した事が今を招く。
『えいっ』
「あッ…んっ////」
『……///』ゾクゾク
細くか弱い手は、ほんの少しつついただけだ。
私の、脇腹を。
『ロヴェは、本当に脇腹が弱いのですね//』
「……何故、君がこれを知っているんだい?///」
『ヌゥン様に教えてもらいました』ニコリ
そろそろと指でなぞられ、ピクピクと筋肉が歓喜を上げる。
必死に思い出し、行き着いたのはつい先日。
(……あの時か)
帰り際、少女に微周波で耳打ちする神。
対したことではないと、聞こうとしなかった自分を後悔する。
『ロヴェ、気持ちいいですか?』
『顔、トロけてますよ?//』
「んっ……おっ///」
「ング…………」
自身の半分程の背丈、攻略方を知った彼女は。
いつもは想像出来ない程に、意地悪で。
見下されて。
「あぁ、良いよ……ング///」
「もっとだ////」
味わったことがない、快感だ。
『ふふっ、はい……ロヴェ♪』
『本日はワタシが、沢山可愛いがってあげま
すね///』ホホエミ
逆転した立場。
内臓を引きずり出すように熱い腹部は、第2の神へ手の平を返す。
たまには、悪くない。
「……つまんない」
様子を観ていた不思議な少女はモニターを消し、何処かへ消えた。
・
「君、ずっと付けているねソレ」
『へ?』
『ああ……はい♪』
掃除をしている少女の頬、正方形型の絆創膏を指差して聞くと。
彼女は憂いた瞳で、嬉しそうに頬を擦る。
「傷ならいくらでも、付けてあげるのに」ニタ
『それは、嬉しいのですが……////』
『やはり、少しでも貴女への愛を残しておきたいのです』
「……」
実に健気で、体が疼く。
実に愛らしい。
「ククッ、そうか」
「ただ、あまり長くしていると肌がふやけてしまうから気を付けるんだよ」ナデナデ
『ん///』
『承知しております、ロヴェ///』
白藤の長髪が、喜んでいる。
はにかむご尊顔、加虐心を煽るには十二分過ぎる加熱材。
「ング……」スッ
『ぁッ///』
『……しますか?///』
折角だから昨日の仕返しと。
「ああ、行こうかンッ__」
「!」
私で全身を焼け焦がしてあげようと、立ち上がろうとした時。
それは、威圧感。
『どうされました、ロヴェ?』
「ング、離れろ!!」
『ッ!?』
来る。
「よーーーっ!!」
『?!』
「………」
石城が微かに震え、天井から近付く気配にタメ息が先攻する。
これから起こる展開に。
「っと!!!!」
『__ッ』
石が瞬き一つで崩れ落ち、飛来した何かの衝撃波で金属手足が舞う。
「あいたた、擦り傷出来ちゃったかも」
空気が撫でられる。
砂ぼこりの中蠢くシルエット、まさに人間のそれに相違なし。
『何者ですか……!』
「?」
人物が振り返った先には、自身の首元にあてがわれた鈍色の刃。
驚く素振りも見せず、マゼンタを何かが嘲笑う。
「ング、大丈夫だ」
『えっ?』
「ソイツは」
砂ぼこりが捌け、ライブのように焦らす登場。
星その物を魅了し、世界の偶像として大地に降り立つは。
"神"と呼ぶに相応しい。
「私達と同じ存在だ、名は"Dr.イザナギ"」
『イザ……ナギ…………?』
「へいハロー!!」
『!』ビクッ
掲げた両手、美麗な轟音に白衣が靡き。
即席のスポットライトが彼女を照らし、天パ気味のミディアムヘアが煌めく。
「世界は私の小鳥ちゃん!」
「全ての命を魅了して、全ての命を抱き締め
る!」
赤ベースに青い毛先のグラデーション。
類を見ない髪色の既視感。
まるで、激熱の炎だ。
「世界アイドル、イザナギ!」
「今日も皆を、受け止めちゃうよ♪」キラリ
『……す、凄いです』ホワァ
(………)
それらしいキメ台詞に、うざったい程オーバーな身振り手振り。
銀色の水晶がウィンクして、星が飛ぶ。
「やっほ、デウス♪」ニパリ
「調子はどうかなー??」
「そうだな、天井に穴が開いていなければ、今頃絶好調だっただろうな」
いつの間にか握られていたマイクをコチラに向ける彼女の手を、露骨な厭顔で払う。
ハウリング音が石壁に反響し、音叉のように長く金切り鳴いた。
「あらら、それは残念♪」
『……』
「おっ、君がングちゃんだね」
『ッ!』
白銀の捉えた少女が、驚きに目を見開き慄く。
しかしそれも、至極当然だ。
「相変わらず、お前はあらゆる物事を知っている」ククッ
「どういうこと?」
彼女の名は、私が付けた愛称。
つまるところ。
「それは、お前に教えていない筈だが?」ニタ
「アッハハ、そうだっけ?」
聞いていれば、声一つ一つに魂が宿っているような美声。
いや、もはや声と呼ぶにも烏滸がましい。
わざとらしい笑い声にも関わらず、何処か心に染み込んでいく。
『……あ、あの』
「どうした、ング?」
華奢な白手が、小さく挙手する。
夢だけはデカい平社員みたく、律儀な君がとても愛おしい。
『その……』
『先程イザナギ様が仰っていた、世界アイドルとは、いったい……』
「読んで字のごとく、だよ」
「こいつのファンは億の人間はおろか、一個の地球そのものだ」
それは、誇張でもなんでもない。
彼女に魅了されるのは何も人に止まらず、ロボや他生物と。
存在する"万物"は、彼女の虜だ。
『地球そのもの……ッ』
言葉の重みを理解して、少女は固唾を飲む。
私達の間に立つ偶像は、それをただ黙って聞いている。
『で、ですが』
『同じ存在ということは、イザナギ様もルートの一人なのですよね?』
「そうだよ~♪」
『では、イザナギ様も科学者なのですか?』
シンプルな意図の質問。
ルートとは世界の根本たる三神の総称であり、全員が卓越した存在だ。
「もっちろん♪!」ビシッ
「イザナギちゃんは世界アイドルでありながら、超俊豪な科学者でもあるのだー!」
(………)
『で、ですが…………』
しかし疑問が浮かぶ。
確かに彼女も、他二人と同じような神と呼ばれるに値する威圧感を持つ。
だが科学者とアイドルでは、あまりに関連性を感じない。
だからこそ、疑ってしまうのだ。
「ククッ、そう……そこなのさ」ニヤ
『?』
「こいつは自分を科学者と名乗っているが」
「研究内容について、その一切が不明だ」
『ッ!』
眉を潜め、チラリ眼球が覗く先のシルバーが笑っている。
『そ、それはロヴェやヌゥン様も含めて……という意味ですか?』
「ああそうさ、住みかさえ知らない」
少女は信じられない、というような驚愕を浮かべた。
相変わらず、それを見て彼女はニヤニヤと笑う。
「……それで、今日は何の用だ」
「用事~?」
私の問いに頭一つ程低い神が、アイドルみたく腑抜けた仕草で聞き返す。
私の愛人より高い背丈は、第三的視点だと綺麗な階段状に見えるだろう。
「ヌゥンも会ったんだから、私だってデウスに会いに来て良いでしょ?」ニコ
「……」
魅惑の笑みだろうか。
愛しき君に比べたら、雑草と変わらないが。
「用がないなら……」
「ほら、これ」スッ
『!』
分かりやすく呆れ、この邪魔者を早急に帰そうとしたちょうどピタリ。
彼女が被せるように何かを取り出した。
陽が当たり、コールタールに光る。
『これは、ピリオド……!』
「そ♪」
「これ、デウスのでしょ?」
パスされた歯車は、どこか弾力を帯びていて、とても軽い。
「……いつもながら、お前のトリックは見破れないな」ニヤリ
それの正体は、私がよく知っている。
だが、着眼するべきはそこではない。
今しがた彼女は、開いた握り拳からこの歯車を差し出した。
開くワンフレーム前まで、手の内に無かったにも関わらず。
「聞いたよ、この子達が騒ぎを起こしてる
って♪」
広げた手が、歩き、時に転がっているガラクタを指す。
「……まるで"他者から聞いた"ような言い方だな」ニタ
『おっと』ストッ
項を描いたドーナツ金属が、白い器にふわりと落ちる。
悪戯っぽく歯を見せる琥珀に、彼女がムッとして答えた。
「もう、もしかして疑ってる?」プンスコ
「ククッ、いや全く」
「お前がするはずない事くらい、私に分からないと思うのか?」
「ッ!//」
程よく世間に馴染む肌色に、ほんの少し紅葉を感じとれた。
理由は分からない。
「ま、まぁ……それなら良いけど」フイッ
「それより、この部屋モニターないの~?」
誤魔化すように踵を向けた白衣が、辺りを見渡す。
『そう言えば、ロヴェはモニターを持っていませ
んね』
「必要がないからね」
両指でフニフニと歯車を弄る少女に、愛らしさから頭を撫でる。
確かに、私の石城内にモニターはない。
だが、仮に毎日同じ顔が画面に写っているとして。
それを嬉々として観ているなら、既に脳が焼かれて灰となっている。
「えー、なんでー?」
「どのチャンネルを付けても、君のことしか話題にしていないからだ」カロ
取り出したキャンディを、指の代わりに指摘させる。
「数ヶ月前、至大な金属城が無人の大陸に突如現れたらしいが」
「それが話題として取り上げられたのは、たった2日だけだった」
ネタがない世の中、半ばマッチポンプとも取れる報道達。
ようやく興味をそそられる事象が起きたと思えば、世間にとってはどうでも良かったらしい。
3日目からは何事も無かったように、歌とダンスと歓声が流れていた。
『世界アイドル……凄いです』
「ふっふーん、まぁそれだけ私に皆メロメロってことだね♪!」ドヤッ
「その通りだ、だからモニターはいらない」
腰に手を当て、仰け反るしたり顔に鋭い言葉を投げる。
「酷いなぁ、ホント ツレない神様」
指で言霊を止めると、機嫌が悪そうな態度でまた膨れる。
本当に、わざとらしい。
「あれ、まだこんなの飾ってるんだ」コンコン
「おい、それに触るな」ガシッ
『……』
「えー、なんでー?」
コイツが人に向ける喜怒哀楽等ない。
元の機嫌に戻すと、一つのショーケースに駆け出しガラスを鳴らす。
世界を魅了した容姿が映る更に奥、人間の骨格が飾られている。
可憐で、美しい。
「まだこんな悪趣味を保管してるの?」ニヤニヤ
「少しばかり、科学者らしくしたいだけだ」
反射的に掴んだ手を離し、適当に答える。
『あまり見かけない、小さめの骸骨ですね』ホォ
「ククッ」スッ
『ッ//』
骨格にハマり、白玉肌が白骨を見詰める姿は酷く様になり。
頬に添えた小麦色も、硝子は映す。
「君によく似た、可愛らしい骨だろう?」
「私のお気に入りさ」ササヤキ
『んっ///』
『はい、とても美しい骨です//』ニコリ
勿論、貴女には敵いませんが。
そう付け加えた君の微笑を、黒い虚空が見ている気がした。
気がした。
「……つまんない」
きっとそうだ。
銀の視線が、そう思えただけだ。
「ねぇ、ングちゃん♪」
「なんだ、まだ居たのか」
三人の甘い空間に、活発が割って入る。
簡単に追い払えないことは承知の上で、早く失せろと暗に突っ放す。
「まだ来て30分も経ってないよ☆」キラ
「……」
『あの、それで……どうされました?』
「ああうん、ングちゃんはさ……」
馴れ馴れしく私の愛人を呼ぶ声に、少しのイラつきを感じたも刹那。
次に出た言葉に、狼狽した。
「"歌"が上手いんだよね♪?」
「ッ!?」
「おい、ちょっと待て!」バッ
「あわっ、何?」
情けないな。
こんなことで、平常心を失うなんて。
「なんで、何故それをお前が知っている?」
「えー、さっきは驚かなかった癖に、なんで今のはそんなに動揺するのー?」ニヤニヤ
逃げないよう両肩を掴み、揺さぶるが。
切羽つまるような様子に、彼女は思惑通りと口角を上げるだけ。
「お前は、一体いつからまでの私を知っている?」
「ある程度ならお前の先読みもトリックも流せる、だがそれを知っているのはどう考えてもありえない……!」
私とこの偶像モドキが出会ったのは、数年前。
だが、今コイツから出た発言は、数十年前に居なければ知りえない事柄。
もし仮に、あの頃から私達を観ていたとして。
その時の私達に何故、興味を持っていた?
「…………何故だ」
『あ、あの!』
「んー?」
普段ほとんど見せない愛人の酷い周章ぶりに、心配と驚きで動けなくなっていた少女。
やっとのことで声を出し、私達の興味を一手に受ける。
ただならぬ空気感への、仲裁だ。
「すまないね、ング」
『あ、い…いえ』
ありがとう、冷静になれたよ。
「それで、なーに?」
『あっえっと、上手い………かどうかは分かりませんが』
『歌を奏でることは、好きです』ニコリ
白衣の身だしなみを適当に整えながら、少女の言葉を聞く。
保育士みたく聞く彼女に、まごまごと答える君が本当に愛らしい。
「なるほどねー……じゃあさ!」
『!』
「……」
なんとなく、想像出来てしまう。
「ここは一つ、聴かせてくれないかな?☆」
『へ?』キョトン
目を丸く少女は、提案にストンと声が出る。
悪い予感は、的中したと言うわけだ。
「ングの歌は、私のものだぞ」
『///』
「えー、ズルいよー!」
「……だいたい、なんで聴きたい?」
言うと、待ってましたと理由を述べる。
「世界には、色々な声と旋律があるの」
「私はその様々なメロディを聴き、より自分の歌を成長させたいのだ♪」
句点の代わりに、彼女はウィンクした。
それ以上どこに成長する枠があるのかと思ったが、理由としては納得してしまう。
それは私だけでなく、彼女も同じらしい。
『わ、分かりました……』
「アッハ、ありがとう!」ニパリ
ただの偏見かもしれないが。
明らかに、結果を知っている。
いやもしくは、どう動き発言すれば相手は自身の思う通りに動くのかを。
熟知しているのか。
「……」
今のは、どう見ても
"元からやる予定だった笑顔"。
『そ、それでは……歌います!』
「イェーイ♪」パチパチ
舞台上に立つ、本番開始の新人アイドル。
たった二人を相手にするにも全力で、眼差しの真面目さに魅力が溢れている。
一方の提案者は無駄にクオリティの高い拍手で応援を、しているつもりだろう。
『すぅ………』
空気も止まる静けさ。
『♪~』
「…ッ」
「……」フッ
始まる。
即興で紡がれる空気の揺らぎ。
『♪~♪~……』
摩擦係数は0。
石壁が跳ね返す零コンマ一秒前のソプラノが、バックコーラスとして交わる。
「………」ウトウト
絵の具を付けた筆で描くのではなく。
砂漠に落ちた一滴の水。
染み込んで、消える。
そんな儚さに連なる美しさ。
触れる事が決して出来ない、もどかしさ。
『~~♪』
古典に記された、船人を惑わすマーメイド。
もし仮に存在したのなら。
それは、間違いなく君だ。
『___ふぅ』
フワフワと夢心地。
薄れ行くメロディ反響の中、安堵の息一つ。
「嗚呼、いつ聞いても美しいねぇ……」パチパチ
『え、えへへ////』
満更でもない、髪を弄くる姿が本当に無垢なる子供のそれで。
嗚呼、可愛いよ。
「ふぅーん」
『ど、どうでしたか……イザナギ様?』
「…………ねぇ、デウス」
軽い労いもなく、踵を返し私を呼ぶ。
「私の方が、ずっと上手いよね?」
『……』
言葉の意味を考えるまでもなく直球で。
少女は数回瞳を泳がせた後、そっと俯いた。
「私の方がずっとずっと、デウスを満足させる歌を奏でられるよ!」
「………」
「……………ハァ」
不思議と怒りは湧かない。
愛人を見下された事よりも、目前の訴えが下らな過ぎてタメ息が出る。
ひょんな所で、コイツは馬鹿だ。
「無理だな」
「な、なんで……?」
呆れ顔を、シルバーに向ける。
ようやく見せた、たじろぐ姿。
「確かに、歌唱力に関してはお前の方が圧倒的に上だろうな」
しかし。
何兆という万物を、たった一人で魅了する世界アイドルと。
たった一人に奏で送る、石城の少女。
前者に肯定の挙手が集まるのは、どう考えても単純明快だろう。
「お前の声や歌詞は、何故か生物全ての心情に深く語りかける」
「母なる大地に包まれるような、命という存在の帰る場所」
故に、誰もが崇める。
神に等しく、いやそれよりも。
「じゃ、じゃあなんで……?」
「簡単だ」スッ
『ロヴェ?』
未だに地面のガラクタを映す瞳。
落ち込んでしまった彼女に歩み寄り、私はそっと肩に手を回す。
「私は、ングを愛している」ダキッ
『ッ?!////』
「……」
優しく抱き寄せ、言葉を聞いた君が急激に熱くなる。
突然発火の赤面が、酷く憂いて高揚する。
可愛いよ。
「そしてングは、私を愛している」
『__///』コクコク
「それ、関係ある?」
腹部に微か、君の唸る鼓動が伝わる。
落ち込んでいた理由だとか、状況だとか、そんなものに回す頭はなく。
少女は兎に角、私の問い掛けに素早く頷いた。
「……愛する人間の霊妙は、どんなに緻密な旋律より心に響く」ニタ
『ロヴェ……///』
「……………」
小さく唇が震えた"ありがとう"の言葉に、私は微笑み返す。
「……ふぅん、そっかー♪」
短い沈黙の間、どんな考えに至ったかは分からない彼女が顔を上げた。
見せた表情は不気味なくらい明るく、底抜けの笑顔。
うざったいオーバーリアクションで、ようやく称えた少女の旋律。
「ま、今回はングちゃんの大勝利だね☆」
『えっ、あ………はい』
『その、ありがとうございます』ペコリ
「いつから勝負ごとになっていたんだ……?」
「まぁまぁ、細かい事は気にしな~い♪」
両手をヒラヒラさせ、小さな疑問は捨ててしまえと促す偶像。
私の見間違いだろうが。
横を向くほんの、僅か一瞬だけ。
その神から、笑顔が消えていた。
・
『あの、イザナギ様』
「ん~?」
『最後に一つ、質問を宜しいでしょうか?』
いつの間にか開始されていた歌唱勝負。
そこからも、彼女は私の研究物やら展示物を興味津々に見てまわり。
今しがた、ようやく帰ると言い出した。
「どしたの、ングちゃん??」ニコニコ
『えっと、はい……その』
帰宅間際、隣に立つ少女が疑問をあげる。
『イザナギ様は、どうしてアイドルになろうと思ったのですか?』
「……あぁ~、そんなことか♪」ニヤ
合金で創られた分厚い扉に向けられた白衣が、少女の言葉にほくそ笑む。
恐らくだが、今日の数時間で初めて。
彼女と思考が一致する。
「理由は簡単」
「"世界の統制"だよ☆」キラリ
『…………世界の……と、統制?』
「……ククッ」
予想通りだ。
『えっとそれは、つまりどういった……』
「言葉の通りだよ?」
新たな真実。
自らが計り知れない事柄を提示された時、人間の千差万別な表情は面白い。
私の愛人が見せる、見開いた丸い瞳の愛らしさには敵わないが。
「生物が争う理由の一つに、"好きの違い"が上げられる」
「つまり、一つでも"全生物共通の好き"があれ
ば……」
『争いを、減ら……せる?』
「ご名答♪」ビシッ
やる気のない指腹が、少女を褒める。
ついでというには過小過ぎる評価だが、私も頭を撫でてやった。
「特に人間は、同じ目線に居る辛酸よりも」
「決して手の届かない光に、お熱しちゃう性質があるの♪」
「……」
空に向けられた人差し指、まるで生物図鑑のように説明を進める彼女。
付け加えるとするならば。
「もっと言うと人間は、強者に膝間付いている時に遥かな安堵を感じる生き物だ」
人は自身よりも下、弱者を相手にしている際大きな幸福を得る。
だが同時に、心の奥底はいつかの下剋上へ不安を募らせる。
だが自身よりも上、強者の奴隷でいる場合。
これ以上下がる事のない自らの価値、ただ命令通り動くだけの単純さに。
深く深く、永い安心感を人は覚える。
心の安堵はつまり、幸福だ。
「支配されている喜びなら、反旗を示す奴もそう居ないだろう」ニタ
「う~ん、120点の解答だね☆」
「……そりゃどうも」
星飛ぶウィンクと指差しに、あえて嫌そうに雑返事をした。
『決して手の届かない光と、強者による支配の永久清福………』ウムム
『ッ!』
「ふっふーん、気付いちゃったね~♪」
いつもの仕草。
柔い魅惑の唇に当てられた指が、繋がる辻褄に離される。
「そ♪」
「要するにそれらの条件を満たせるのが、アイドルだったって訳さ♪」ニコ
『……』ホェ
皆の笑顔の為だとか、歌を奏でる事が好きだからとか。
そんなありきたりなテンプレを破壊する、予想だにしなかった規模の返答。
隣で言葉を失った愛人に、私の口角が跳ねる。
「ククッ、ちなみにだが」
「コイツはデビューしてから、約三日で世界アイドルになっている」ニヤ
『__えッ!?』
天パと癖毛を素早く、マゼンタが一瞥。
二人の顔から真実である事を悟るが、それでも半信半疑で開いた口を閉ざせない。
「もぅ~、そんな褒めないでよデウス~♪」
「……」
「ちょ、黙らないでよ?!」
難儀だ。
褒めていないと言えば嘘になるが、それを口にはしたくない。
結果、答えは沈黙。
『し、しかし……本当に世界の統制など出来るのでしょうか?』
「なんで、そう思ったのかな?♪」
『どれだけ生物を魅了しても、小さな悪はしつこく消えません……』
神に対する冒涜だと理解していながら、彼女は言葉を綴った。
しかしそれは、至極全うな反論。
どれだけ潰しても、何処かで産み落とされた卵はやがて、新たな害虫となる。
『故に先日も、ワタシとロヴェで悪を……』
『……悪を…………』
小さな芽は肉眼で探し摘むのが一番、高効率と言えるだろう。
『__ッ』
『悪を、排除している……?』
「流石、私のングだ」ニヤリ
良く気づいたと、撫でる優秀な愛人に汗が伝っている。
「……」ニコニコ
『し、しかしロヴェの目的は……!』
「無論、目的に偽りはないさ」
汚い大人への復讐と、ついで程度の戦利品配布。
私が考え行き着いた行動、知る者はこの世に君以外存在しない。
経験、そこから生まれる思考、結果導いた行動。
「だがそれらも全て、コイツにとって計算の範囲に収まっている」
「知らず知らずの内、私達はコイツが目指す統制の手伝いをしていた訳だ」
『……す、凄過ぎます』
驚きをもはや通り越し、感心に駆られた彼女が視線を向けると。
悪戯的に、シルバーが腕を組む。
「ふっふん、小さな悪者掃除は君達に任せた
よん♪」
別れの駄目押しウィンクに、また星が飛ぶ。
早く帰れと、私はタメ息混じりに。
藤色靡く少女と、見送った。
・
「全く……」
「相変わらず冷たいなぁ、ロヴェは」
石城の上。
小部屋に向かって行く二人を見ながら、私は言葉をポツリもらす。
「おや……」
遠く、砂嵐が遊ぶ中。
ほんのり青く、人影一つ。
「ああ~……」ニヤリ
「アレが例の機械人形ちゃんか~♪」
「でも~、ゴメンね」
激しくたなびくいぶし銀の長髪へ、見えてもいないのに謝罪を述べる。
「残念だけど、君は救えないな~☆」ニコリ
道具は、道具らしくいれば良かったのに。
下手に求めるから、自分を殺す。
「っと、いけない いけない!」
「次のライブに行かなきゃね♪」
立ち上がり、私は荒野に降りた。
ぐっと伸びをして、深呼吸。
さぁ行こう、偶像を求める万物達へ。
「さぁて、世界アイドル イザナギ!」
ふと視線をずらした時。
先程まで居た、渇求の少女は。
「今日も世界を包んじゃおっかな☆!」
荒れる砂ぼこりと共に、消えていた。
完