新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【小説】Love Lost #9

f:id:Sinzaki-Maskof:20230914103613j:image

 

 

EP.9【世界アイドル】

 


「ひゃうッ////」

 


『……!///』パァ

 


シミの付いた熱気の籠る小部屋。

 

いつもの如く、ドロドロに溶け合う愛撫に。

 

今日も、君の下品な絶頂顔を拝む筈だった。

 


「……ング?///」

 


『ロヴェ、何ですか今の声』ニヤ


『顔も、とっても可愛い♪』

 


「……ッ///」

 


最初に出た提案、それは彼女が上に乗るというもの。

 

背伸びしている君も愛らしいかと、了承した事が今を招く。

 


『えいっ』

 


「あッ…んっ////」

 


『……///』ゾクゾク

 


細くか弱い手は、ほんの少しつついただけだ。

 

私の、脇腹を。

 


『ロヴェは、本当に脇腹が弱いのですね//』

 


「……何故、君がこれを知っているんだい?///」

 


『ヌゥン様に教えてもらいました』ニコリ

 


そろそろと指でなぞられ、ピクピクと筋肉が歓喜を上げる。

 

必死に思い出し、行き着いたのはつい先日。

 


(……あの時か)

 


帰り際、少女に微周波で耳打ちする神。

 

対したことではないと、聞こうとしなかった自分を後悔する。

 


『ロヴェ、気持ちいいですか?』


『顔、トロけてますよ?//』

 


「んっ……おっ///」


「ング…………」

 


自身の半分程の背丈、攻略方を知った彼女は。

 

いつもは想像出来ない程に、意地悪で。

 

見下されて。

 


「あぁ、良いよ……ング///」


「もっとだ////」

 


味わったことがない、快感だ。

 


『ふふっ、はい……ロヴェ♪』

 

『本日はワタシが、沢山可愛いがってあげま

すね///』ホホエミ

 


逆転した立場。

 

内臓を引きずり出すように熱い腹部は、第2の神へ手の平を返す。

 


たまには、悪くない。

 

 

 


「……つまんない」

 

様子を観ていた不思議な少女はモニターを消し、何処かへ消えた。

 

 

 


「君、ずっと付けているねソレ」

 


『へ?』


『ああ……はい♪』

 


掃除をしている少女の頬、正方形型の絆創膏を指差して聞くと。

 

彼女は憂いた瞳で、嬉しそうに頬を擦る。

 


「傷ならいくらでも、付けてあげるのに」ニタ

 


『それは、嬉しいのですが……////』

 

『やはり、少しでも貴女への愛を残しておきたいのです』

 


「……」

 


実に健気で、体が疼く。

 

実に愛らしい。

 


「ククッ、そうか」

 

「ただ、あまり長くしていると肌がふやけてしまうから気を付けるんだよ」ナデナデ

 


『ん///』

 

『承知しております、ロヴェ///』

 


白藤の長髪が、喜んでいる。

 

はにかむご尊顔、加虐心を煽るには十二分過ぎる加熱材。

 


「ング……」スッ

 


『ぁッ///』


『……しますか?///』

 


折角だから昨日の仕返しと。

 


「ああ、行こうかンッ__」


「!」

 


私で全身を焼け焦がしてあげようと、立ち上がろうとした時。

 

それは、威圧感。

 


『どうされました、ロヴェ?』

 


「ング、離れろ!!」

 


『ッ!?』

 


来る。

 


「よーーーっ!!」

 


『?!』

 


「………」

 


石城が微かに震え、天井から近付く気配にタメ息が先攻する。

 

これから起こる展開に。

 


「っと!!!!」

 


『__ッ』

 


石が瞬き一つで崩れ落ち、飛来した何かの衝撃波で金属手足が舞う。

 


「あいたた、擦り傷出来ちゃったかも」

 


空気が撫でられる。

 

砂ぼこりの中蠢くシルエット、まさに人間のそれに相違なし。

 


『何者ですか……!』

 


「?」

 


人物が振り返った先には、自身の首元にあてがわれた鈍色の刃。

 

驚く素振りも見せず、マゼンタを何かが嘲笑う。

 


「ング、大丈夫だ」

 


『えっ?』

 


「ソイツは」

 


砂ぼこりが捌け、ライブのように焦らす登場。

 

星その物を魅了し、世界の偶像として大地に降り立つは。

 

"神"と呼ぶに相応しい。

 


「私達と同じ存在だ、名は"Dr.イザナギ"」

 


『イザ……ナギ…………?』

 


「へいハロー!!」

 


『!』ビクッ

 


掲げた両手、美麗な轟音に白衣が靡き。

 

即席のスポットライトが彼女を照らし、天パ気味のミディアムヘアが煌めく。

 


「世界は私の小鳥ちゃん!」

 

「全ての命を魅了して、全ての命を抱き締め

る!」

 


赤ベースに青い毛先のグラデーション。

 

類を見ない髪色の既視感。

 

まるで、激熱の炎だ。

 


「世界アイドル、イザナギ!」


「今日も皆を、受け止めちゃうよ♪」キラリ

 


『……す、凄いです』ホワァ

 


(………)

 


それらしいキメ台詞に、うざったい程オーバーな身振り手振り。

 

銀色の水晶がウィンクして、星が飛ぶ。

 


「やっほ、デウス♪」ニパリ


「調子はどうかなー??」

 


「そうだな、天井に穴が開いていなければ、今頃絶好調だっただろうな」

 


いつの間にか握られていたマイクをコチラに向ける彼女の手を、露骨な厭顔で払う。

 

ハウリング音が石壁に反響し、音叉のように長く金切り鳴いた。

 


「あらら、それは残念♪」

 


『……』

 


「おっ、君がングちゃんだね」

 


『ッ!』

 


白銀の捉えた少女が、驚きに目を見開き慄く。

 

しかしそれも、至極当然だ。

 


「相変わらず、お前はあらゆる物事を知っている」ククッ

 


「どういうこと?」

 


彼女の名は、私が付けた愛称。

 

つまるところ。

 


「それは、お前に教えていない筈だが?」ニタ

 


「アッハハ、そうだっけ?」

 


聞いていれば、声一つ一つに魂が宿っているような美声。

 

いや、もはや声と呼ぶにも烏滸がましい。

 

わざとらしい笑い声にも関わらず、何処か心に染み込んでいく。

 


『……あ、あの』

 


「どうした、ング?」

 


華奢な白手が、小さく挙手する。

 

夢だけはデカい平社員みたく、律儀な君がとても愛おしい。

 


『その……』


『先程イザナギ様が仰っていた、世界アイドルとは、いったい……』

 


「読んで字のごとく、だよ」

 

「こいつのファンは億の人間はおろか、一個の地球そのものだ」

 


それは、誇張でもなんでもない。

 

彼女に魅了されるのは何も人に止まらず、ロボや他生物と。

 

存在する"万物"は、彼女の虜だ。

 


『地球そのもの……ッ』

 


言葉の重みを理解して、少女は固唾を飲む。

 

私達の間に立つ偶像は、それをただ黙って聞いている。

 


『で、ですが』


『同じ存在ということは、イザナギ様もルートの一人なのですよね?』

 


「そうだよ~♪」

 


『では、イザナギ様も科学者なのですか?』

 


シンプルな意図の質問。

 

ルートとは世界の根本たる三神の総称であり、全員が卓越した存在だ。

 


「もっちろん♪!」ビシッ

 

イザナギちゃんは世界アイドルでありながら、超俊豪な科学者でもあるのだー!」

 


(………)

 


『で、ですが…………』

 


しかし疑問が浮かぶ。

 

確かに彼女も、他二人と同じような神と呼ばれるに値する威圧感を持つ。

 

だが科学者とアイドルでは、あまりに関連性を感じない。

 

だからこそ、疑ってしまうのだ。

 


「ククッ、そう……そこなのさ」ニヤ

 


『?』

 


「こいつは自分を科学者と名乗っているが」


「研究内容について、その一切が不明だ」

 


『ッ!』

 


眉を潜め、チラリ眼球が覗く先のシルバーが笑っている。

 


『そ、それはロヴェやヌゥン様も含めて……という意味ですか?』

 


「ああそうさ、住みかさえ知らない」

 


少女は信じられない、というような驚愕を浮かべた。

 

相変わらず、それを見て彼女はニヤニヤと笑う。

 

 

 


「……それで、今日は何の用だ」

 


「用事~?」

 


私の問いに頭一つ程低い神が、アイドルみたく腑抜けた仕草で聞き返す。

 

私の愛人より高い背丈は、第三的視点だと綺麗な階段状に見えるだろう。

 


「ヌゥンも会ったんだから、私だってデウスに会いに来て良いでしょ?」ニコ

 


「……」

 


魅惑の笑みだろうか。

 

愛しき君に比べたら、雑草と変わらないが。

 


「用がないなら……」

 


「ほら、これ」スッ

 


『!』

 


分かりやすく呆れ、この邪魔者を早急に帰そうとしたちょうどピタリ。

 

彼女が被せるように何かを取り出した。

 

陽が当たり、コールタールに光る。

 


『これは、ピリオド……!』

 


「そ♪」


「これ、デウスのでしょ?」

 


パスされた歯車は、どこか弾力を帯びていて、とても軽い。

 


「……いつもながら、お前のトリックは見破れないな」ニヤリ

 


それの正体は、私がよく知っている。

 

だが、着眼するべきはそこではない。

 

今しがた彼女は、開いた握り拳からこの歯車を差し出した。

 

開くワンフレーム前まで、手の内に無かったにも関わらず。

 


「聞いたよ、この子達が騒ぎを起こしてる

って♪」

 


広げた手が、歩き、時に転がっているガラクタを指す。

 


「……まるで"他者から聞いた"ような言い方だな」ニタ

 


『おっと』ストッ

 


項を描いたドーナツ金属が、白い器にふわりと落ちる。

 

悪戯っぽく歯を見せる琥珀に、彼女がムッとして答えた。

 


「もう、もしかして疑ってる?」プンスコ

 


「ククッ、いや全く」

 

「お前がするはずない事くらい、私に分からないと思うのか?」

 


「ッ!//」

 


程よく世間に馴染む肌色に、ほんの少し紅葉を感じとれた。

 

理由は分からない。

 


「ま、まぁ……それなら良いけど」フイッ


「それより、この部屋モニターないの~?」

 


誤魔化すように踵を向けた白衣が、辺りを見渡す。

 


『そう言えば、ロヴェはモニターを持っていませ

んね』

 


「必要がないからね」

 


両指でフニフニと歯車を弄る少女に、愛らしさから頭を撫でる。

 

確かに、私の石城内にモニターはない。

 

だが、仮に毎日同じ顔が画面に写っているとして。

 

それを嬉々として観ているなら、既に脳が焼かれて灰となっている。

 


「えー、なんでー?」

 


「どのチャンネルを付けても、君のことしか話題にしていないからだ」カロ

 


取り出したキャンディを、指の代わりに指摘させる。

 


「数ヶ月前、至大な金属城が無人の大陸に突如現れたらしいが」

 

「それが話題として取り上げられたのは、たった2日だけだった」

 


ネタがない世の中、半ばマッチポンプとも取れる報道達。

 

ようやく興味をそそられる事象が起きたと思えば、世間にとってはどうでも良かったらしい。

 

3日目からは何事も無かったように、歌とダンスと歓声が流れていた。

 


『世界アイドル……凄いです』

 


「ふっふーん、まぁそれだけ私に皆メロメロってことだね♪!」ドヤッ

 


「その通りだ、だからモニターはいらない」

 


腰に手を当て、仰け反るしたり顔に鋭い言葉を投げる。

 


「酷いなぁ、ホント ツレない神様」

 


指で言霊を止めると、機嫌が悪そうな態度でまた膨れる。

 

本当に、わざとらしい。

 


「あれ、まだこんなの飾ってるんだ」コンコン

 


「おい、それに触るな」ガシッ

 


『……』

 


「えー、なんでー?」

 


コイツが人に向ける喜怒哀楽等ない。

 

元の機嫌に戻すと、一つのショーケースに駆け出しガラスを鳴らす。

 

世界を魅了した容姿が映る更に奥、人間の骨格が飾られている。

 

可憐で、美しい。

 


「まだこんな悪趣味を保管してるの?」ニヤニヤ

 


「少しばかり、科学者らしくしたいだけだ」

 


反射的に掴んだ手を離し、適当に答える。

 


『あまり見かけない、小さめの骸骨ですね』ホォ

 


「ククッ」スッ

 


『ッ//』

 


骨格にハマり、白玉肌が白骨を見詰める姿は酷く様になり。

 

頬に添えた小麦色も、硝子は映す。

 


「君によく似た、可愛らしい骨だろう?」

 

「私のお気に入りさ」ササヤキ

 


『んっ///』


『はい、とても美しい骨です//』ニコリ

 


勿論、貴女には敵いませんが。

 

そう付け加えた君の微笑を、黒い虚空が見ている気がした。

 

気がした。

 


「……つまんない」

 


きっとそうだ。

 

銀の視線が、そう思えただけだ。

 

 

 


「ねぇ、ングちゃん♪」

 


「なんだ、まだ居たのか」

 


三人の甘い空間に、活発が割って入る。

 

簡単に追い払えないことは承知の上で、早く失せろと暗に突っ放す。

 


「まだ来て30分も経ってないよ☆」キラ

 


「……」

 


『あの、それで……どうされました?』

 


「ああうん、ングちゃんはさ……」

 


馴れ馴れしく私の愛人を呼ぶ声に、少しのイラつきを感じたも刹那。

 

次に出た言葉に、狼狽した。

 


「"歌"が上手いんだよね♪?」

 


「ッ!?」


「おい、ちょっと待て!」バッ

 


「あわっ、何?」

 


情けないな。

 

こんなことで、平常心を失うなんて。

 


「なんで、何故それをお前が知っている?」

 


「えー、さっきは驚かなかった癖に、なんで今のはそんなに動揺するのー?」ニヤニヤ

 


逃げないよう両肩を掴み、揺さぶるが。

 

切羽つまるような様子に、彼女は思惑通りと口角を上げるだけ。

 


「お前は、一体いつからまでの私を知っている?」


「ある程度ならお前の先読みもトリックも流せる、だがそれを知っているのはどう考えてもありえない……!」

 


私とこの偶像モドキが出会ったのは、数年前。

 

だが、今コイツから出た発言は、数十年前に居なければ知りえない事柄。

 

もし仮に、あの頃から私達を観ていたとして。

 

その時の私達に何故、興味を持っていた?

 


「…………何故だ」

 


『あ、あの!』

 


「んー?」

 


普段ほとんど見せない愛人の酷い周章ぶりに、心配と驚きで動けなくなっていた少女。

 

やっとのことで声を出し、私達の興味を一手に受ける。

 

ただならぬ空気感への、仲裁だ。

 


「すまないね、ング」

 


『あ、い…いえ』

 


ありがとう、冷静になれたよ。

 


「それで、なーに?」

 


『あっえっと、上手い………かどうかは分かりませんが』


『歌を奏でることは、好きです』ニコリ

 


白衣の身だしなみを適当に整えながら、少女の言葉を聞く。

 

保育士みたく聞く彼女に、まごまごと答える君が本当に愛らしい。

 


「なるほどねー……じゃあさ!」

 


『!』

 


「……」

 


なんとなく、想像出来てしまう。

 


「ここは一つ、聴かせてくれないかな?☆」

 


『へ?』キョトン

 


目を丸く少女は、提案にストンと声が出る。

 

悪い予感は、的中したと言うわけだ。

 


「ングの歌は、私のものだぞ」

 


『///』

 


「えー、ズルいよー!」

 


「……だいたい、なんで聴きたい?」

 


言うと、待ってましたと理由を述べる。

 


「世界には、色々な声と旋律があるの」

 

「私はその様々なメロディを聴き、より自分の歌を成長させたいのだ♪」

 


句点の代わりに、彼女はウィンクした。

 

それ以上どこに成長する枠があるのかと思ったが、理由としては納得してしまう。

 

それは私だけでなく、彼女も同じらしい。

 


『わ、分かりました……』

 


「アッハ、ありがとう!」ニパリ

 


ただの偏見かもしれないが。

 

明らかに、結果を知っている。

 

いやもしくは、どう動き発言すれば相手は自身の思う通りに動くのかを。

 

熟知しているのか。

 


「……」

 


今のは、どう見ても

"元からやる予定だった笑顔"。

 


『そ、それでは……歌います!』

 


「イェーイ♪」パチパチ

 


舞台上に立つ、本番開始の新人アイドル。

 

たった二人を相手にするにも全力で、眼差しの真面目さに魅力が溢れている。

 

一方の提案者は無駄にクオリティの高い拍手で応援を、しているつもりだろう。

 


『すぅ………』

 


空気も止まる静けさ。

 


『♪~』

 


「…ッ」

 


「……」フッ

 


始まる。

 

即興で紡がれる空気の揺らぎ。

 


『♪~♪~……』

 


摩擦係数は0。

 

石壁が跳ね返す零コンマ一秒前のソプラノが、バックコーラスとして交わる。

 


「………」ウトウト

 


絵の具を付けた筆で描くのではなく。

 

砂漠に落ちた一滴の水。

 

染み込んで、消える。

 

そんな儚さに連なる美しさ。

 

触れる事が決して出来ない、もどかしさ。

 


『~~♪』

 


古典に記された、船人を惑わすマーメイド。

 

もし仮に存在したのなら。

 

それは、間違いなく君だ。

 

 

 


『___ふぅ』

 


フワフワと夢心地。

 

薄れ行くメロディ反響の中、安堵の息一つ。

 


「嗚呼、いつ聞いても美しいねぇ……」パチパチ

 


『え、えへへ////』

 


満更でもない、髪を弄くる姿が本当に無垢なる子供のそれで。

 

嗚呼、可愛いよ。

 


「ふぅーん」

 


『ど、どうでしたか……イザナギ様?』

 


「…………ねぇ、デウス

 


軽い労いもなく、踵を返し私を呼ぶ。

 


「私の方が、ずっと上手いよね?」

 


『……』

 


言葉の意味を考えるまでもなく直球で。

 

少女は数回瞳を泳がせた後、そっと俯いた。

 


「私の方がずっとずっと、デウスを満足させる歌を奏でられるよ!」

 


「………」


「……………ハァ」

 


不思議と怒りは湧かない。

 

愛人を見下された事よりも、目前の訴えが下らな過ぎてタメ息が出る。

 

ひょんな所で、コイツは馬鹿だ。

 


「無理だな」

 


「な、なんで……?」

 


呆れ顔を、シルバーに向ける。

 

ようやく見せた、たじろぐ姿。

 


「確かに、歌唱力に関してはお前の方が圧倒的に上だろうな」

 


しかし。

 

何兆という万物を、たった一人で魅了する世界アイドルと。

 

たった一人に奏で送る、石城の少女。

 

前者に肯定の挙手が集まるのは、どう考えても単純明快だろう。

 


「お前の声や歌詞は、何故か生物全ての心情に深く語りかける」

 

「母なる大地に包まれるような、命という存在の帰る場所」

 


故に、誰もが崇める。

 

神に等しく、いやそれよりも。

 


「じゃ、じゃあなんで……?」

 


「簡単だ」スッ

 


『ロヴェ?』

 


未だに地面のガラクタを映す瞳。

 

落ち込んでしまった彼女に歩み寄り、私はそっと肩に手を回す。

 


「私は、ングを愛している」ダキッ

 


『ッ?!////』

 


「……」

 


 優しく抱き寄せ、言葉を聞いた君が急激に熱くなる。

 

突然発火の赤面が、酷く憂いて高揚する。

 

可愛いよ。

 


「そしてングは、私を愛している」

 


『__///』コクコク

 


「それ、関係ある?」

 


腹部に微か、君の唸る鼓動が伝わる。

 

落ち込んでいた理由だとか、状況だとか、そんなものに回す頭はなく。

 

少女は兎に角、私の問い掛けに素早く頷いた。

 


「……愛する人間の霊妙は、どんなに緻密な旋律より心に響く」ニタ

 


『ロヴェ……///』

 


「……………」

 


小さく唇が震えた"ありがとう"の言葉に、私は微笑み返す。

 


「……ふぅん、そっかー♪」

 


短い沈黙の間、どんな考えに至ったかは分からない彼女が顔を上げた。

 

見せた表情は不気味なくらい明るく、底抜けの笑顔。

 

うざったいオーバーリアクションで、ようやく称えた少女の旋律。

 


「ま、今回はングちゃんの大勝利だね☆」

 


『えっ、あ………はい』


『その、ありがとうございます』ペコリ

 


「いつから勝負ごとになっていたんだ……?」

 


「まぁまぁ、細かい事は気にしな~い♪」

 


両手をヒラヒラさせ、小さな疑問は捨ててしまえと促す偶像。

 

私の見間違いだろうが。

 

横を向くほんの、僅か一瞬だけ。

 


その神から、笑顔が消えていた。

 


 


『あの、イザナギ様』

 


「ん~?」

 


『最後に一つ、質問を宜しいでしょうか?』

 


いつの間にか開始されていた歌唱勝負。

 

そこからも、彼女は私の研究物やら展示物を興味津々に見てまわり。

 

今しがた、ようやく帰ると言い出した。

 


「どしたの、ングちゃん??」ニコニコ

 


『えっと、はい……その』

 


帰宅間際、隣に立つ少女が疑問をあげる。

 


イザナギ様は、どうしてアイドルになろうと思ったのですか?』

 


「……あぁ~、そんなことか♪」ニヤ

 


合金で創られた分厚い扉に向けられた白衣が、少女の言葉にほくそ笑む。

 

恐らくだが、今日の数時間で初めて。

 

彼女と思考が一致する。

 


「理由は簡単」


「"世界の統制"だよ☆」キラリ

 


『…………世界の……と、統制?』

 


「……ククッ」

 


予想通りだ。

 


『えっとそれは、つまりどういった……』

 


「言葉の通りだよ?」

 


新たな真実。

 

自らが計り知れない事柄を提示された時、人間の千差万別な表情は面白い。

 

私の愛人が見せる、見開いた丸い瞳の愛らしさには敵わないが。

 


「生物が争う理由の一つに、"好きの違い"が上げられる」

 

「つまり、一つでも"全生物共通の好き"があれ

ば……」

 


『争いを、減ら……せる?』

 


「ご名答♪」ビシッ

 


やる気のない指腹が、少女を褒める。

 

ついでというには過小過ぎる評価だが、私も頭を撫でてやった。

 


「特に人間は、同じ目線に居る辛酸よりも」


「決して手の届かない光に、お熱しちゃう性質があるの♪」

 


「……」

 


空に向けられた人差し指、まるで生物図鑑のように説明を進める彼女。

 

付け加えるとするならば。

 


「もっと言うと人間は、強者に膝間付いている時に遥かな安堵を感じる生き物だ」

 


人は自身よりも下、弱者を相手にしている際大きな幸福を得る。

 

だが同時に、心の奥底はいつかの下剋上へ不安を募らせる。

 


だが自身よりも上、強者の奴隷でいる場合。

 

これ以上下がる事のない自らの価値、ただ命令通り動くだけの単純さに。

 

深く深く、永い安心感を人は覚える。

 

心の安堵はつまり、幸福だ。

 


「支配されている喜びなら、反旗を示す奴もそう居ないだろう」ニタ

 


「う~ん、120点の解答だね☆」

 


「……そりゃどうも」

 


星飛ぶウィンクと指差しに、あえて嫌そうに雑返事をした。

 


『決して手の届かない光と、強者による支配の永久清福………』ウムム


『ッ!』

 


「ふっふーん、気付いちゃったね~♪」

 


いつもの仕草。

 

柔い魅惑の唇に当てられた指が、繋がる辻褄に離される。

 


「そ♪」


「要するにそれらの条件を満たせるのが、アイドルだったって訳さ♪」ニコ

 


『……』ホェ

 


皆の笑顔の為だとか、歌を奏でる事が好きだからとか。

 

そんなありきたりなテンプレを破壊する、予想だにしなかった規模の返答。

 

隣で言葉を失った愛人に、私の口角が跳ねる。

 


「ククッ、ちなみにだが」

 

「コイツはデビューしてから、約三日で世界アイドルになっている」ニヤ

 


『__えッ!?』

 


天パと癖毛を素早く、マゼンタが一瞥。

 

二人の顔から真実である事を悟るが、それでも半信半疑で開いた口を閉ざせない。

 


「もぅ~、そんな褒めないでよデウス~♪」

 


「……」

 


「ちょ、黙らないでよ?!」

 


難儀だ。

 

褒めていないと言えば嘘になるが、それを口にはしたくない。

 

結果、答えは沈黙。

 


『し、しかし……本当に世界の統制など出来るのでしょうか?』

 


「なんで、そう思ったのかな?♪」

 


『どれだけ生物を魅了しても、小さな悪はしつこく消えません……』

 


神に対する冒涜だと理解していながら、彼女は言葉を綴った。

 

しかしそれは、至極全うな反論。

 

どれだけ潰しても、何処かで産み落とされた卵はやがて、新たな害虫となる。

 


『故に先日も、ワタシとロヴェで悪を……』


『……悪を…………』

 


小さな芽は肉眼で探し摘むのが一番、高効率と言えるだろう。

 


『__ッ』


『悪を、排除している……?』

 


「流石、私のングだ」ニヤリ

 


良く気づいたと、撫でる優秀な愛人に汗が伝っている。

 


「……」ニコニコ

 


『し、しかしロヴェの目的は……!』

 


「無論、目的に偽りはないさ」

 


汚い大人への復讐と、ついで程度の戦利品配布。

 

私が考え行き着いた行動、知る者はこの世に君以外存在しない。

 

経験、そこから生まれる思考、結果導いた行動。

 


「だがそれらも全て、コイツにとって計算の範囲に収まっている」

 

「知らず知らずの内、私達はコイツが目指す統制の手伝いをしていた訳だ」

 


『……す、凄過ぎます』

 


驚きをもはや通り越し、感心に駆られた彼女が視線を向けると。

 

悪戯的に、シルバーが腕を組む。

 


「ふっふん、小さな悪者掃除は君達に任せた

よん♪」

 


別れの駄目押しウィンクに、また星が飛ぶ。

 

早く帰れと、私はタメ息混じりに。

 

藤色靡く少女と、見送った。

 

 

 


 


「全く……」


「相変わらず冷たいなぁ、ロヴェは」

 


石城の上。

 

小部屋に向かって行く二人を見ながら、私は言葉をポツリもらす。

 


「おや……」

 


遠く、砂嵐が遊ぶ中。

 

ほんのり青く、人影一つ。

 


「ああ~……」ニヤリ


「アレが例の機械人形ちゃんか~♪」

 


「でも~、ゴメンね」

 


激しくたなびくいぶし銀の長髪へ、見えてもいないのに謝罪を述べる。

 


「残念だけど、君は救えないな~☆」ニコリ

 


道具は、道具らしくいれば良かったのに。

 

下手に求めるから、自分を殺す。

 

 

 


「っと、いけない いけない!」

 

「次のライブに行かなきゃね♪」

 


立ち上がり、私は荒野に降りた。

 

ぐっと伸びをして、深呼吸。

 

さぁ行こう、偶像を求める万物達へ。

 

 

 


「さぁて、世界アイドル イザナギ!」

 


ふと視線をずらした時。

 

先程まで居た、渇求の少女は。

 

 

 


「今日も世界を包んじゃおっかな☆!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


荒れる砂ぼこりと共に、消えていた。