EP.7【優越の液】
「邪魔だ」
『__ッ』
大きな白衣の揺らぎにぶつかり、硬い石床に頭を落とした。
「うじゃうじゃと……気色悪い」
痛くはない。
ワタシには、痛覚がないから。
『………』
でも、何故だろう。
胴体内部から何かを感じた。
油を射していないギアが、ギチギチと音を立てるような。
『………ァ』
何かを。
感じる。
・
ワタシの愛人は、大多数の人間から好意を持たれている。
それも当然だろう。
「「「デウス様ー///」」」
「嗚呼、今日も鋭く鋭利な歯がステキ……///」
「こっち向いてデウス様ーーー!///」
「ククッ、騒がしいな相変わらず」
「「「キャッーーー////」」」
ガッシリとした長身は、比類無きベストプロポーション。
結ばれたナイトブルーの癖毛は、ほんのりと暗闇のグラデーション。
切れ味のある顔立ちに光る琥珀は美しい。
「でうす様!!」キャッキャッ
「あー、慌てるな……ほら」スッ
低く荒々しい声色、白衣から取り出した少量の宝石を少女に渡す。
「ありがとう、でうす様!」
「ああ」ナデナデ
「///」
そこからは想像出来ないような、何処か優しい物言い。
赤いシミがアクセントの白衣。
砂ぼこりに靡く様子は、世界を変えた科学者に間違いない。
「「「デウス様ーー!///」」」
『ロヴェは、人気者ですね』
魅了されないなんて、どんな悪魔も不可能だ。
母神でさえ、彼女の鯔背さに心を落とす。
「煩くて敵わないよ」
『そうは言っても、嬉しそうです』
「此所は私の箱庭、人間達が見せる笑顔は哀れで……悪くない」ニヤ
見下ろす瞳、上がる口角の魅せるギザ歯はイタズラ的で。
また、ワタシを泥酔させる。
・
「デウス様……これ貰って下さい!!///」
「あっ、ズルいアタシも!」
「これ頑張って作ったんです、是非食べて下さい!///」
「ちょっと、今わたしがデウス様にお渡ししているのよ?!」
「「でうす様、折り紙折ったの///」」
「……」
ワタシの愛人は、非の打ち所がない。
故に、人間からの奉納は絶えない。
神から恵まれた祝福に、抱えきれないような献上品が渡され続けた。
『少し、持ちましょうか?』
「いや、いい……」
「君が持つ必要はない」
『…///』
周りの群衆には見えていまい。
瞬間的な、ワタシのマゼンタに向けられた微笑みを。
しかしそれも一瞬で、人身事故の現場みたくごった返す人混みは流れ。
『プハッ』
客観的な場所まで、離れてしまう。
『………』
「「「___!!///」」」
『…………』
一人一人の声が重なって、雑音はデコボコでもはや聞き取れない。
聖徳太子は10人以上が同時に話しても、会話の内容を理解できたと聞く。
だが今にして思う。
10人全員、対した内容でなかったと。
「「「__!///」」」
『………………』
『ロヴェ』
胸に、手を当てる。
前にワタシは、彼女に抱き寄せられた機械人形を葬った。
嫉妬である事に変わりはない。
でも何故か、突発的に動く程の殺意はない。
『ではこれは?』
『この感覚は……』
頭に血が登るような感触ではない。
胸の奥、ドロドロとモヤが掛かっている。
モヤから不定期に飛び出す矛が、ワタシの動力部を突く。
そんな風に、心がズキズキとした。
・
『本当に、持たなくて良いのですか?』
「ああ、必要ない」
『……』
帰り道。
いつもなら、絡まった手の温もりに一憂しているはずなのに。
抱えられた荷物の数々が、ワタシに向かって嘲笑する。
「……さて」
『?』
『__!』
黄色い声もスラム街も、見えも聞こえもしなくなった頃。
満を持していたように、立ち止まる。
次の瞬間曲線を描いた塊が、汚れた土に音を立てて落ちた。
「今日は多かったな」
『ろ、ロヴェ……何をしているのですか?!』
「?」
「何って、捨てたのさ」ニタ
至極当然と、右手を腰に当てた愛人が得意気に歯を見せる。
『す、捨てた?』
「そうさ♪」
『ど……どうしてですか?』
用は済んだと、ゆっくり歩き出す彼女を尻目に奉納品の前に立つ。
食べ物や編み物、その他もろもろ砂に汚れ、哀愁が漂う。
「……」
『これは皆さんがロヴェの為に、一生懸命心を込めて作られた品々です』
『その思いの数々を、このように無慈悲に棄てて良いのですか?』
「………」
廃棄された物達がワタシを見上げている。
無数の哀しげが、ワタシに手を伸ばす。
それは、救いを求めているのですか?
「……………ング、私は」
"君 意外の愛に、興味はない"
『__ッ!//』
歯車一つ一つを丁寧に撫でるような、甘い言葉に顔を上げる。
歩み寄る琥珀には、白藤を揺らす少女が微かに映る。
「ング、君……自分がどんな表情をしているか理解しているかい?」ニタニタ
『表情……ですか?』
『__ッ!』
そっと、指を皮膚に乗せ。
感情を確かめる為、ペタリペタリと指這わす。
笑っていた。
彼女に似た、口角を引き上げる満面の笑み。
伝う雫は涙ではなく、唾液。
頬は熱く、焼け焦げそうだ。
『ぁ……あぁ』
この感情は何?
「良い顔だね」
『!?////』
背後から伸びた手は肩を掴み。
耳元に、甘く意地悪な声色が囁く。
「どうだい、"優越"の味は?」ニヤ
耳の奥、データベースに吐息が響く。
彼女がワタシに言葉を紡ぐ度、全てが上書きされる快感に身が悶えた。
『んっ……ぁ////』
「言葉と感情がチグハグで、困惑しているのだろう?」
「体の中枢部から、悦楽と快楽が押し寄せて破裂してしまいそうだろう?」
『ぁ……は、はい///』
全てがワタシに向く愛。
愛を向けられなかった廃棄物が、酷く哀れで。
哀れで、哀れで、哀れで。
それが、愉快で仕方ない。
「ククッ、じゃあ帰ろうか」
「続きは………部屋でね」ササヤキ
『はい……////』ギュッ
すっかり晴れたモヤは、感情において"嬉"が突き刺す快感で。
貴女の事だけが、ワタシを支配する。
『ロヴェ………///』
「嗚呼、良いね」ニタ
「その醜くさ、素晴らしいよ」ナデナデ
『んッ////』
図星。
彼女に向けられた、数多の思いが無下にされ。
ワタシだけが選ばれた、憐れみから生まれる酷い快楽の感情。
今なら、貴女の言葉を心より信じることができます。
ワタシも、薄汚い"人間"であると。
『いや違う』
砂塵に紛れ、鈍色の髪は揺れる。
握られた拳が、怒りに震えていた。
『お前も、ワタシと同じ"道具"だ』
睨む瞳が少女を捉え、刹那に消えた。
終