EP.3【妬けた紅】
「24……25……26…………」
黄土色をした森。
木々をざわめかせながら吹き込む風は、果たして心地良いのだろうか。
キレイに並ぶ同じ顔。
それらに映る外界の景色は、果たして全員同じように見えているのだろうか。
否。
瞳に入った髪すらも、気付きやしない。
・
「49……50……51……52…………」
口元に手を添えながら、スクランブル交差点みたく入り雑じるガラクタを数える。
シングロイザー試作型と名付けたアイツらは全員同じ顔ぶれのようで、実は細部が異なる。
コイツらは所々配線や歯車が露出しているのだが、その位置はどれも違う。
それを目印に私は何号か記憶している為、個体数を調べる程度に整列は不要だ。
『ロヴェ、何をしているのですか?』
「ん?」
「あぁ、ングか」ナデナデ
『……///』
巨体を見上げる少女は、私の行動に疑問を抱いたようだ。
挨拶代わりに頭を撫でてやると嬉しそうにはにかみ、頬を赤くする。
愛らしい。
「今、コイツらを数えていた」
『……この方達を?』
「あぁ」
軽く指差す先は、規則的な動きで拭いたり運んだりと動く機械。
感情のない同じ顔が蠢く光景に、チラホラと散らばったままの燃えないゴミ。
第三者的視点から見ても、相当に気色悪いことだろう。
「コイツらに意思や感情といったものは無い、ただ私が出した命令をこなす人形」
「それ故に、外へ出たまま迷子になることもしょっちゅうだ」
『それで、数を数えていたのですか?』
「いや、それだけならどうでもいいんだが……」
「減る数がここ最近、急激に増えたことへ少々疑問を抱いている」
左手は毛並みの良い彼女に添えながら、右手を再び口元へ添える。
『確かワタシが目覚めた時は、約80体程いましたね』
「あぁ」ウナズキ
「今数えたところ、ここに居るのは50体程だった」
『この短期間で、30体も居なくなってしまったのですね……』ウムム
「……」
真似か無意識かは分からない。
だが私と同じポーズで悩む姿に、些細な疑問なんてどうでも良くなってしまう。
そんな君だから。
「まっ、どうでもいい事だったかな」
『?』
「あんなガラクタ、いくら減ろうが構わない」
そうだ。
私としたことが、とんだ無駄を過ごしたな。
「人の形を模した道具なんて、きっと居ない方が良い」
『……』
目の前を横切る試作型に足を引っ掻けると、見事無様に倒れ伏す。
過程なんて、必要ない。
起き上がる頭部を思い切り踏みつけると、弾ける金属音が血液の代わりに歯車を飛ばした。
疑似皮膚が、ゴニグリと気持ち悪い。
「………」
『ロヴェ』
「どうしたんだい、ング?」
『ロヴェは、この方達には非常に冷たいです』
『それは、何故なのですか?』
散らばる鉄臓器の一欠片。
しゃがみ手に取った少女は、歪み反射する自分を見つめている。
何かを見つめる君は、素敵だ。
「道具は人ではなく"物"だ、物権なんてものは存在しないだろ?」ナデナデ
『………』
「……もしかして、同情という観念に囚われているのかい?」
『んっ////』
覆い被さるような包容、甘い香りと果実を喰らう獣だ。
囁き声で落ちた金属片が、怨めしそうに惨めな光を反射する。
『いえ、そうではなく……///』
「言ってごらん、ング」
『それならワタシも、貴女の"物"ですか?///』
「………言った筈だよ」
「君はそこの奴とは違う」
『ぁ///』トスッ
反対側の耳へ指を入れた途端、私の胸を背もたれに転げ込む。
鼓膜を爪で擽る度、刻むように震える彼女がとても可愛いらしい。
「そんな声、物は出さないねぇ……」
『んっぁ……///』
「君も同じさ、私と同じ……"使う側"」フゥ
『使ッ…がわ///』
左の鼓膜をなぞる指。
吹きかける息で熱された右の鼓膜。
私の下腹部が、君に燻られて止まない。
「そうさ」
『気になってしまったのです……ワタシに良く似たこの方達が////』
ほんのりと熱くなりかけた瓶底が、薄青く冷める感覚がする。
またか。
まだ、言うのか。
『明確な違いは、一体どこなのか……を…//』
「………」
君は純粋で酷だ。
自らが求める疑問の答え、だらしなく雫を垂らす憂いた面。
逆撫でる触感、分かるかい。
「……………」スルッ
『んッ…///』
『…………ロヴェ?』
「じゃあさ」
前置きなく立ち上がる私を、後ろに倒れた君が見惚れている。
これは、ほんの好奇心。
「こう言うのは、どうかな?」ニヤ
『ッ!』
通りかかる少女の肩を抱き寄せると、嫌悪感を覚える冷たさ。
白藤がサテン素材を広げたように美しく、慌てて立ち上がった。
「この子は、君に似ているのだろう?」
『……それは』
ほんの好奇心。
「では、わざわざ君でなくとも良い訳だ」
ちょっとした、加虐心。
『……』
曇るマッドなマゼンタが、可愛くて可愛くて。
それ故に。
抜かったよ。
「だから、今日はこの子と寝___ッ」
『………』
瞬きは、たった一度だけ。
「___ッ!」
それでも私の隣には火花を飛ばす導線が、現にあるのだから恐ろしい。
左2m先に潰れ落ちた知能塊が、神の動揺だけを映し出す。
「……おっと」
『ロヴェ』
「……」
嫉妬で起爆した怒り。
そんな顔、出来たんだね。
流石に、初めてだった。
『ソイツらはやはり』
『ワタシには、似ていませんでした』
『不必要な"物"は、貴女の邪魔』
「……ング」
「………//」
震えた。
愛が、私だけに無理矢理突き刺る。
怒りと言い換えた保護欲が、止めどない快感を傷口に塗り込む。
念入りに。
妬け焼けたピーラーで肉削ぐ心地よさ。
『……』
「すまない、ング」
雑に棄てた起爆剤は、露出した金属と石床がぶつかり重音を奏でる。
「不燃物に妬く君が愛おしくて、つい湧いてしまったイタズラ心だったんだ」
『___ロヴェ//』
「でも、気付いてくれて嬉しいよ」ササヤキ
『はい//』
軽い口付けだけじゃあ、君の機嫌は直ることはない。
それなら今日は、彼女にエスコートしてもらおうか。
「さぁ、その怒り……もっと私へ牙を向けてくれるね?」
『もちろんです……ロヴェ///』
「そう言うことだ、そこのゴミは適当に捨てておけ」
サスペンスな光景を適当に指さして、キリキリと動く音に背を向けた。
彼女の華奢な腰に手を這わせると、私へ身を擦り寄せ応答する。
温かな人肌が、心を諭す。
『温かい』
「君の日照りには、敵わないけどね」
絡まる腕が狂熱だ、溶け爛れる程に。
『血液が沸騰して、熱そう……///』
「ククッ、あぁ」
心という不安定な存在に刻まれた、形も溝もない深い傷痕。
「私の血液が、その白い肌を赤黒く彩る様が楽しみだ」
『……うん////』
今度は、深く。
深く深く残る跡を、この"肌"に刻んで欲しい。
嗚呼どうか。
幸福の痛みを、与えてくれ。
『………さぁ///』
『ロヴェの血で、ワタシを火傷させて/////』
完