新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【小説】Love Lost #10


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EP.10【共生共死】

 


『#"~』

 


人目も付かぬ、森とは言い難い枯れ木の奥底で。

 

耳をつんざくようなノイズが走る。

 


『……♪"~#"~』

 


エンジンの掛からない電動ノコギリみたく、ゴロゴロと。

 

爪で奏でる黒板の悲鳴みたく、キーキーと。

 

暗闇の中で無音に響く長針のように、カタカタと。

 


『#~"………』

 


4000Hzにまで及ぶ、不快音の真骨頂。

 


『………』

 

『歌、どうやって……奏でればいい?』

 


より一層生気を失くした木々達が、風に揺れてブーイングをワタシに飛ばす。

 

一方、20体程の同じ顔ぶれは耳も目も塞がず。

 

薄汚く靡いたイブシ銀を綺麗に並べ、ただ黙って見ていた。

 


『……もし、ワタシが歌を奏でられたら』

 

『貴女は、誉めてくれるのか?』

 


理由なんて、どれも浅い。

 

暇潰しで人を殺すように、ただその手で触れて欲しいだけ。

 

それだけの事に、いくつも時間を無駄にする。

 


『…………いや、もう止めよう』

 


貴女に??して欲しいなんて。

 

そんなの、ただ虚しい。

 

 

 


『……下らない』

 

絵空事

 


 


『ロヴェ、これは一体何ですか?』ピラッ

 


「ほう、随分と懐かしいね……」

 


背中から耳を撫でる霊妙に誘われて、振り返った瞳に長方形が映り込む。

 

推測するに黒ずみや黄ばみは、床に転がるガラクタからのおこぼれだろう。

 

何十枚かがホチキスで乱雑に止められたソレは、表紙に何の彩りもなく。

 

擦れた黒字で、

【Project:VANILLA】と書かれていた。

 


『プロジェクト……バニラ』

 


「……中、見てごらん」ニヤ

 


『えっ、良いのですか?』

 


あえて皮切りの質問には答えず、彼女自身に答えを読ませる事にした。

 


「ああ、君になら隠す必要もない」ニコ

 


『……//』


『で、では失礼して……』ペラッ

 


私から目を反らし、染まる頬が手持ちの資料で隠される。

 

いつも見せているというのに、人間の本能が醜態を晒さんと隠すのだろうか。

 


『Nano Aid……PLANT……』ペラッ

 


所々虫食いのあるボロ冊子を、優しく次のページへ運ぶ。

 

そよ風が、めくるように。

 


『ッ!』


『不老……不死…………これは』

 


「ククッ」

 


英語を羅列する彼女の手が止まり、ある単語に指をなぞる。

 


「そう」


「それは私とゾウリで企画した、"不老不死"の

研究資料さ」ニタ

 

 

 


―この世界には、ボク達が永久に必要だ―

 


出会って間もない頃、砂塵の癖毛が提示してきた言葉。

 

二神によりようやく安定したとは言え、この地上はあまりに弱い。

 

人々の知識も、我々からすれば赤子同然。

 


「私達を越える者は未来永劫現れない、なら私達がずっと生き続ければ良い」

 

「そうして、この研究が始まった」

 


だれもが神を、永遠のものだと語った。

 

イエス・キリストはその昔、影武者を使って甦りを演出したと言う。

 

人間の勝手な思い込みを利用して。

 


『………あの』

 


「どうしたのかな、ング?」

 


資料を閉じ、計画名を見つめていた瞳だったが。

 

やがてゆっくりと、口が開かれる。

 


『このプロジェクトは、今も健在なのでしょうか?』

 


「………」

 

「いや、凍結しているよ」

 


『…………』

 


結局、研究が行われたのはたった数ヶ月のみ。

 

ふと我に返り、私は研究から手を引く事に。

 

ゾウリは少しだけタメ息混じりだったが、意外にもすんなりと了承した。

 


『……して』

 


「?」

 


永久不滅の研究そのものが永久凍結になってしまうとは、なんたる皮肉だろうか。

 


『どう……して………ですか?』

 


「ング?……」

 


『何故、凍結させてしまったのですか……?』

 


紙束を握る手が、微かに震えている。

 

何処か戸惑っているような、喪失感に駆られているような。

 


「完全な物程醜いものはない、私も人間が辿る死という美に……触れてみたいのさ」ニヤリ

 


『…………』

 


「……それに」

 


そんな憂懼を抱えた表情の意は、次の瞬間呆気なく判明する。

 


『ではいつか、ワタシは独りぼっちになってしまうのですか……?』グスッ

 


「…ッ」

 


顔を上げ、水面に映り込んだ私が、ゆらゆらと波打つ。

 

シーツの上以外で魅せた、彼女の潤んだ瞳。

 

それを見てようやく、今までの気掛かりな感覚に終止符を打った。

 


「ふぅん、なるほどね……」ニタ

 

「ング、おいで」

 


『?』


『は、はい……』

 


我ながら朴念仁だと思いつつ、暗雲立ち込める彼女の名を呼ぶ。

 

拭うことも忘れ、随分と新しいシミを作った冊子を握ったままの少女を。

 


「ククッ」スッ

 


『ッ//?』

 


近付く首に手を回し近付け、マゼンタ海より零れた聖水をそっと掬う。

 

拭った原液は、ほんのり甘い。

 


「んっ」パッ

 


『……?』

 


「……その身体、今は私に委ねろ」

 


両手を広げた長さは、身長とほぼ同じらしい。

 

2m弱に及ぶ城門を開き、君を待つ。

 


『ッ///』


『……ではその、失礼………します///』ストン

 


「……」ナデ

 


『………////』

 


向かい合うように膝に座った彼女を確認し、しっかりと扉を閉めた。

 

胸に埋もれた白藤の髪を、優しく撫でる。

 

すぐ真下にある頭部へ鼻を付けると、その香りに心和む。

 


「さしずめ君は、私と死別する点を恐れているのだろう?」ナデナデ

 


『……………はい』ギュッ

 


この宇宙に存在する、死という唯一絶対なる美。

 

産まれる場所、家庭環境、貧民か大富豪、顔と容姿、性別、声。

 

神が適当にダイスを振って定めた、実に理不尽で不平等なステータス。

 

だが、死だけは特別。

 

"死"のみ、万物に誤りなく平等だ。

 

死は生よりも喜ばしい事象だと、何故皆わからないのだろうか。

 


「……ング」

 

「君の心臓は、どんな音をしている?」

 


『そうですね……』スッ

 


目を閉じ、聞く。

 


『ドキ……ドキ………………カチッ』

 


「なるほど」ニヤ

 


少女の脈動に紛れ、点灯音が一定間隔に暗光を繰り返している。

 

第二の鼓動として。

 


「では、私のは……どうかな?」

 


『えっと…………』

 


片耳を、彼女は胸に埋めた。

 


『…………粘液性を感じるドクドクとした鼓動の合間に、人工的な音が聞こえます』

 

『ドク……ドク………………カチッ』

 


体全体に感じる少女の温もりと感触。

 

互いの脈動と熱で隙間なく密着した私達が、ゆっくり溶けだし混ざり合いそうになる。

 


「これはね、仕掛けの音だよ」

 


『仕掛け、ですか?』

 


「そう」

 


見上げる彼女の胸にそっと手を当て、少しだけ指を這わす。

 


「私と君に埋め込まれたこの装置は、互いの死を感知する」

 

「もし仮に私が死んだ場合、君の装置が作動し君を殺す……」トントン

 


胸骨を鳴らすように人差し指で突つく。

 

肉の内に組まれた骨が、指腹に触覚として伝わる。

 


『ワタシを、殺す……』

 


「無論、逆も然り」


「君が死ねば、私も装置が作動し共に死ぬ」

 


『……ッ』

 


「なぁ、ング」

 


『ロヴェ……ッ?///』

 


彼女の頬を両手で包み、落としだした視線を無理矢理引き上げた。

 

じんわり熱が伝わる赤面は、突発的な出来事に目を丸くする。

 


「分かるかい?」ニタ


「私達に、どちらかは無いのさ」

 


額を接着し、ぶつかる魅惑的なマゼンタと琥珀

 

マゼンタの奥に琥珀が宿り、琥珀の奥にマゼンタが宿って混ざり合う。 

 


「共に生き、共に死ぬ」

 

「何処に居ようと足掻こうと、私達は永久に離れることは出来ない」ニヤ

 


『…………』

 

 


絶対に。

 

 


『うっ……ぁ………あ"ぅ』グスッ

 


「おっと……」

 


一連の会話を聞いた途端、岩が退かされたように流れ始めた濁流。

 

不安で塞き止められていた分、その安堵は止まらない。

 


『……よかぁ"……良かった…………///』

 


「……」ナデナデ

 


いつから抱えていたのか。

 

私が知らぬずっと前から、その不安は彼女に根付いていたのだろう。

 


『ロヴェも、ワタシも……ずっとずっと一緒に居られるのですね……////』

 


「ああ……」ギュッ

 


半ば嗚咽混じりで嬉し泣く少女を抱き締めながら、そんな事を考える。

 


「……」

 


『ロヴェ……///』ギュッ

 


抱き締め返す少女は、私より遥かに小さいのに。

 

私より遥かに力強く、絶対に離れない。

 

 

 


「大丈夫だよ」

 


二人を別つ運命は、もう終わった。

 

傍観者気取りの偽善神が居ない今、全てを定めるのは私自身。

 


「もう、二度と……」

 


ガラスに反射する琥珀と目線が合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「君を、一人にはさせない………」

 


奥に灯る白い幻影に、誓いを告げる。

 


気付けば温かく濡れていた胸元の白藤を、私はそっと撫でた。

 


 


『この数ヶ月、ずっと探し続けたが……』

 


遠く、ふんぞり返った石城をルビーが映す。

 


『結局、愛について完全な理解は出来なかっ

たな……』

 

『………!』

 


石城に背を向けた前方。

 

反物質によるポッドや流れるエネルギーの飾る、異質な国。

 


『フェスティバル……』

 


上空に現れた巨大な粒子モニター、民のみならず流れ者にもよく見える。

 


『丁度良い』ニヤリ

 

『ここが、最後の舞台だ』

 


勢い良く閉じた本は、その風圧で燻し銀を微かに靡かせた。

 

投げ捨てた厚い表紙は、角から落ちた衝撃で容易く折れ曲がる。

 

 

 


『……祭を始めよう』

 

ブルーが特徴的なパンク気味の衣類。

 

揺れる長髪も黒ずんだ紅も、ポツリ言葉で揺らした空気の中に。

 

すっと、消えた。