EP.8【キュートハート】
風化と虫食いで、ほとんど機能していない本をめくる。
『……愛』
この世界には、様々な愛の形があるようだ。
だが、これだけは。
『………暴力……傷跡』
納得できない。
『こんなものが、愛情であってはいけない』
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「どけ」
『……』
「また失敗か……ククッ」ギリッ
歯の軋む音。
なんの為に創られたのかも分からずに、それは無残に壊される。
「……ザ………r」
______
____
__
『……下らない』
本は砂漠に落ち、ページが痛がる。
ワタシは、また消えた。
・
今日は、虫の居所が悪かった。
日に日に蓄積されていた歪みは、そんな言葉で誤魔化せやしない。
「……」
唇を滑り、取り出された強化プラスチック棒はほんのりと苦くて。
「……はぁ」
いっそ、噛んでしまおうか。
内から淡く光る蛍光グリーンを天井にかざし、そんな事を考える。
「……」
人が時折襲われる、どうしようもない自暴自棄。
普段はやらない、やってはいけない。
そんな事が突然どうでも良くなって、やってしまおうかと立ち上がる。
だが結局、最後の一歩は踏み出さない。
良く言えば、抑制。
悪く言えば、小心。
「……下らない」
投げ入れたキャンディ棒が液体に溶け出すと、円柱の底へ付く前に消えた。
『ロヴェ』
「どうした、ング」
『昼食をお持ちしました、そろそろ休憩しては如何ですか?』
シルクで鼓膜を撫でるような、淡い声色。
本日中は見たくなかった、いつもは笑顔で迎える君の姿。
「……ああ、そうだね」
嗚呼、今日も可愛い。
『では、一緒に食べましょう♪』ニコリ
「……あー、うん」
私がいつになく素直に聞き入れるものだから、彼女は嬉しそうに微笑む。
やめてくれ。
その光を向けるな。
頼むから。
「……………」
『ロヴェ?』
「……ング」
逃げ場のない衝動は、風船と同じだ。
無限に空気を蓄積出来ないように、ソレもいずれ破裂する。
『ひゃ……////』
「………」
不思議そうに見上げる少女の頬を、突如包む手の平。
小麦色の大きな両手は、君の小さなご尊顔を意図も容易く包囲する。
白く透き通る肌が、良く映えた。
『ロヴェ、どうしたのですか?///』
「………」フニフニ
『んむ///』
嗚呼、柔い。
ハリがあり、指は氷のように良く滑る。
『ろ、ロヴェ……///』
「……………」フニフニ
嗚呼、温かい。
懐かしい人肌が、あの頃を呼び覚ましそうだ。
『ふふっ////』
「!」
擽ったそうに、酷く幸福を謳歌して笑う。
少女は、私に針を向けている。
やめろ。
「なんだ……その顔…………」
嗚呼どうしよう。
可愛いよ。
愛らしいよ。
どうしよう、どうしよう。
何故だ、彼女は綺麗で美しくて、どうしようもなく温かい。
100%とという枠を越えて、当然の如く神に信頼を置いている。
裏切られる事を知らないのか、はたまたおちょくっているのか。
『少し驚いてしまいましたが……////』
やめろ、憂いた瞳が美しい。
『ロヴェの手は、やはりあったかいです///』ニコリ
「ッ!」
嗚呼、ムカつく。
『___ッ』
四方石に囲まれたこの場所は、乾いた音を反響させる。
しかし、破裂させたのはお前だ。
「………」
『___ぁ、えっ』
粘液がゆっくりと降下する、そんな長い長いワンシーン。
ようやくしりもちを着いた少女が、頬を抑える。
見開いたマゼンタが、止まったままの思考で見上げていた。
「…………」
「……ッ」
『……』
ハッと、刹那我に帰った時にはもう遅く。
目の前に赤く腫れる皮膚、その可愛さに自分の罪を知る。
「ぁ、あ……ご………ごめん」
行き場のない手は、彼女の肩を抱けず。
ただ、本心からなる心配と謝罪。
「つい、その…………大丈夫かい?」
涙が伝う。
嫌われたら、どうしよう。
『大丈夫ですよ、ロヴェ………////』
「えっ?」
違うな。
唾液が伝う。
もう一度、やりたい。
『愛する人に与えられた痛みと傷跡は、どんな言葉より確かな愛情……////』ホホエミ
「!」
『だからワタシは、今……』
マゼンタが、ハートを象る。
はしたない、醜い惚け顔。
そうだ、私は何も悪くないじゃあないか。
『とても……嬉しい////』
「……ククッ」ニタ
「あぁー、ああ………あぁ」ニヤ
何ものにも代えられない。
たった1人の愛人を、どうして愛でずにいられよう?
『ッ……い"っ、ぁ』
掴んだ顔面を、そのまま石床に叩きつける。
手を退けると、痛さに顔を歪めた少女が惹き付けた。
うっすらと、涙を流す。
「………」フゥッフゥッ
『もっと、ください///』
『貴女の愛が、欲しいのです////』
「だまれ」
『___ぐっッ』
うるさいから、思い切り殴った。
『__ッ……あ"ッ///』
「あぁ……可愛いよ」
『い"っ__ぅあ……』
痺れる感覚、腕が小刻みに震えている。
歓喜に……打ち震えている。
脳を焦がす快感に。
「愛してる」
『ハァ………ハァ、が"ッ』
『ワタシも……愛し__ぅ"ッ』
左手の第2関節は華奢な首に食い込み、絶対に逃がさない。
ぐちゃぐちゃにトロけた表情が、本当に綺麗でまた殴打した。
「愛してる愛してる愛してる……嗚呼、愛してるよング///」
『……ぁ、ぁあぅ////』
"千差万別"の愛、それが全て純粋で綺麗なものだと誰が言った?
憎悪も愛も、行き着く先は皆同じ。
最大の愛情表現とは"殺す"こと。
千に連なる甘い言葉に何の意味もない。
一つの消えない傷は、嘘をつかない。
「可愛い、美しい……どんな言葉も」
「今の君には似合わない」
キズがついた物の、なんと美麗なることか。
『ろ、ぁ……ロヴェッ////』
「ろうぇ……ロ……う"え/////」
白い皮膚に、赤黒い川が流れている。
涙も唾液も紅液も、全てが私の麗しき愛人を醜く汚す。
頬は青紫に腫れ、虚ろな眼球は必死になって私を捉え、恍惚に笑う。
「なんて、扇情的な顔だろうね」
そっと、滴を拭ってみせた。
『貴女には、敵いません』ニコ
「………」
『あ"ぐッ__っ"……///』
また、充満する愛の鈴。
長い長い間、静かな石城には。
肉を叩く音だけが、鳴っていた。
・
「昨日は、本当にすまなかったね」
『ろ、ロヴェ……頭を上げて下さい!』
どれだけ愛し合っていたのか。
気付いた時には、肉裂かれ、骨があらぬ方向から飛び出た少女が転がっていた。
(………)
あんな景色、二度と見たくはない。
『どうされました?』
「……いや、なんでもないよ」
あの悲惨な光景。
思い出しただけで、絶頂してしまいそうだ。
『……ロヴェ』
「ん、どうしたんだいング?」
『ワタシは、少し悲しいです』
「?」
陽の光が透き通る、傷一つない肌。
下がった眉が、床の血痕にノスタルジーを見出す。
コールタールの虹骨も、今はゆっくりと骨を休めている。
「それは、何y」
『折角ロヴェが傷つけてくれたのに、もう………消えてしまいました』
「!」
「ククッ」
なんだその表情は。
心の底から悲歎している彼女が、全身の神経を逆撫でる。
『ロヴェ?』
「心配しなくていいよ、ング」スッ
『……ッ』
顎を持ち上げ、君を琥珀に映す。
「何度でも、つけてあげるよ」ササヤキ
二度と見たくはなかったが、どうやらそれは叶わぬ願いらしい。
『!』パァ
『ロヴェ////』
可愛い。
美しい。
愛してる。
「……」
今日も、残虐な愛撫に床を汚す。
完