新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【小説】Love Lost #5

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EP.5【血濡れの聖職者】

 


引き裂いた肌色から、血液が流れ出ている。

 


飛ばした首の断面に、白い骨が垣間見えた。

 


片腕を落とした人間が、ワタシに命を乞う。

 


残念ながら、この場所にワタシが求める物はない。

 


突き刺した際の返り血が、青い布地と白い肌に汚く付着して染み渡る。

 


肉塊の感触は分かるのに、血の温かさを感じることが出来ない。

 


『…………』

 


いつかこの味を、知りえることは出来るのか。

 


 


「ふっ__!」

 


「ごばっ……!」

 


放った拳が、相手のあばら骨を砕く。

 

そのまま骨と混ざって潰れた心臓の感触と、血反吐の生温かさが降りかかった。

 


『すごいです……!』

 


「ククッ、コイツらが脆すぎるだけだ」

 


「見つけたぞ!」


『対象を発見』

 


キラキラした瞳に、笑い返していたのも束の間。

 

次の警備員とガードが沸いてくる。

 


「ング、人間の方を頼むぞ」

 


『了解しました』

 


華奢な白い肌にえらく不相応な鈍色の刃は、手首から綺麗にカーブを描く。

 

勿論これは着脱アタッチメントではなく、便利な出納式だ。

 


「は、早tッ__」

 


『……』

 


しかも、ただの鋭い刃じゃあない。

 


「良いねぇ……」

 


『対象、抹殺、抹殺』ウィン

 


「おっと」

 


戦う彼女に見惚れる暇はなく。

 

右手がブレードになっている哀れな捨て駒が私に襲いくる。

 


「ほいっと」

 


『___ッ』

 


突きの風を肌で感じ、そのまま回し蹴りで頭部を飛ばす。

 

潰れた頭は何か言いた気に見上げていたが、脚で押し潰すと無惨に散った。

 


『ロヴェ、ケガはありませんか?』

 


「あぁ、心配要らないよ」ナデナデ

 


『……///』

 


嬉しそうにはにかむ顔が紅く染まっている。

 

それは、無邪気さと相まって美しい。

 

他人の血液だと言う事実を除いて。

 


「それより、刃の調子は上々のようだね」ツン

 


『はい』


『今ので10人目の殺害ですが、切れ味は依然として変わりません』

 


「流石だね」フッ

 


突ついた指が、血を流しだす。

 

特殊合金で精製されたコレは、同じ素材同士でぶつけたとしても鋭さは失われないだろう。

 

更に、汚れは水洗いで簡単に落ちる。

 


『ロヴェ、一つ聞いてもよいですか?』

 


「どうしたんだい?」

 


軽く手を払いながら歩く長い廊下。

 

足音の響かない恭しいカーペットに踏み心地の悪さを感じていると、少女が話す。

 


『ロヴェの殴打や蹴り、その他身体能力や耐久性は、どれも人間離れしています』

 

『一体、どうやってそんな力を手に入れたのですか?』ジッ

 


私の癖である手を口元に付ける仕草、ふっと見上げるマゼンタも可愛らしい。

 


「トレーニングだよ」ニヤリ

 


『と、トレーニング……ですか?』

 


目前の可愛さについ口角が上がってしまう。

 

そんな扇情心とは裏腹に、彼女は目を丸くして聞き返す。

 

綺麗な眼球だね。

 


「そうさ」

 


『しかし科学者であるロヴェに、力は必要ないように思えます』

 


「ククッ、科学者だからこそだよ」ナデナデ

 


『…ん//』

 


撫でる手が藤色を汚す。

 


「実験や研究にスタミナは必要不可欠、名が知れていれば護身用としても役に立つ」

 


『なるほど』ホォ

 


「それに……」

 


『?』

 


デウス

 

ラテン語で"神"を表す言葉だ。

 

不可能なき完全体。

 


「私はDr.デウス、神ならば知恵だけでなく力も無比であるのは当たり前さ」ニタ

 


『……//』

 

『な、なるほど……//』

 


「……」

 


見下ろす背丈に答えると、少女は照れ隠しをするように顔を反らす。

 

チラリ見えた耳が、白い肌にやんわりと赤くグラデーションがかってよく映えた。

 


「さて………ここかな」

 


歩みを止め見上げたそこに、私よりも少し高い背丈の扉が現れる。

 


「破壊する事は容易だが……折角の機会だ、ング頼めるかい?」

 


『了解です』スッ

 


光沢が映す可憐な姿、鍵穴の前に移動した彼女はそっと指を添えた。

 

三者の目線からは滑稽に見えるだろう。

 

開いた指先から伸びる鉄の蜘蛛脚がピッキングを行っているなど、到底想像できまい。

 


『解錠完了』

 


時間にして6秒。

 

まだまだ実用性は低いようだ。

 


「ありがとう、偉いぞング♪」ナデナデ

 


『……造作もないです///』

 


親に褒めて貰った子供のような笑み、機能なんて些細な事だと実感する。

 


「………これが、この屋敷の金庫か」

 


『ワタシが解錠しましょうか?』

 


「いや、この金庫に設定されているパスコード数を見るに私の方が良いだろう」

 


扉を開けた内に聳える、重厚な巨大金庫。

 

高硬度金属はひんやりと冷たく、それは財産を守る為だけに存在していた。

 


「見つけたぞ、卑しい俗め!」

 


『『侵入者、抹殺』』


「「ここまでだ、観念してもらうぞ」」

 


「おっと」ニタ

 


物思いに耽っている暇はない。

 

屋敷の主と思わしき中年男性が、警備員とガードの後ろで偉そうに吠えている。

 

人4、ガード2。

 


『片付けます』

 


「あぁ、頼んだよ」

 


パスコード数は25桁。

 

今回のように桁数が多い場合、システムだと8分程かかってしまう。

 

故に、人力が一番早い。

 


「行け、コイツらをコロせ!!」

 


『『抹殺、抹殺』』


「「……」」スチャ

 


『…………』

 


恐らく三人が拳銃一人が特殊警棒、2体が粗末なブレードだ。

 


『『___ッ』』


「「___へ?」」

 


『………』

 


後ろを見ると、既に終わっていた。

 

"戦い"そのものすら開始する、その前に。

 


「………ククッ」

 


上と下で綺麗に真っ二つとなった肉塊、そこから勢い良く噴き出す血渋き。

 

赤い雪の中、濡れる彼女はアート。

 

美しさ、それ以外に言葉は出ない。

 


「血も滴る良い女だね……」ササヤキ

 


『ッ////』

 

『ロヴェ///』

 


1秒差で遅れた解除に金庫の役目を終わらせ、全身鉄臭い少女の肩に手を置く。

 

数十人が染みた紅い服は、朱印の代わり位にはなりそうだ。

 


「軽快な身のこなし、キレイだったよ」

 


『ありがとうございます//』

 


「あ、あぁ……まさかお前が例の機械人形を各地に仕向けた俗か?!」

 


「?」

 


すっかり腰を抜かした老害は、意味不明な言葉を発する。

 


「機械人形?」

 


「あぁそうだ、最近噂になってる青い機械人形……そこの嬢さんにソックリだ!」

 


『青い……機械人形……』

 


「おいオッサン」ズイッ

 


青だか黄色だとか、そんな事はどうでもいい。

 

ただ中年男の言葉に、私は沸々と怒りを茹でる。

 


「ングは、機械人形じゃあなく、人間だ」

 

「そんな奴らと一緒にしないでもらえるかい」

 


「はっ、何を言っている!」


「こんな殺人機械がn___ッ」

 


「……」

 


人の頭はサッカーボールのように弾まないので、蹴り飛ばしても爽快感は薄い。

 

ただし、威張る人間の潰れた頭部は心を晴らす。

 


『ろ、ロヴェ……』

 


「あーっと……しまった、つい」ニガワライ

 


ここまで破損すると、修復は困難だ。

 

せめてあと少し、生きて欲しかったと後悔する。

 


「まぁいいか……行くぞ、ング」ニヤリ

 


『はい♪』ホホエミ

 


「3……2……1……」


『3……2……1……!』

 


荷物を抱え、窓に突っ走る。

 

隠れた生き残り、残骸、飛び散った鉄分、もぬけの殻となった金庫。

 

今から起こるのは、私達が最も楽しみなハイライト。

 


「0」


『0』

 


____ッ

 


外へと付き破り、粉々に舞うガラス片。

 

カウントゼロの合図と共に、仕掛けた爆弾がド派手に現場を吹き飛ばす。

 

爆炎も、爆風も、全てが成功の快感だ。

 

 

 


「っと……ククッ」スタッ


『……』スタッ

 


分かるかい、この芸術が。

 

やはり私も科学者の端くれ、爆発は最大のエンターテイメントさ。

 


「あー、あのオッサンが火だるまになって泣きわめく姿……見たかった」シミジミ

 


『仕方ないですよ……』サスサス

 

『富豪はまだまだ存在します、次は最後まで生かせば良いのです』

 


「……そうだね」フッ

 


慰める小さな手が、嗚呼愛おしい。

 

少女の言う事は最もだ。

 

腐る程いる金持ち、一人二人絶望を見れなかったからどうだと言うのか。

 


「行こうか、ング」

 


『はい、ロヴェ』ギュ

 


差し伸べた私の手を、言葉にせずとも彼女は握る。

 

小粒の骨や臓器の端くれで少々心地悪いが、それでも君の温かさは変わらない。

 


 


「キャーッ!!デウス様よ!!///」


「Dr.デウス様ッーーー!!!///」


「血濡れデウス様、萌える……///」

 


国に見捨てられた者達は、やがて死骸に湧くウジ虫の如く群れとなり。

 

ハエとなり羽ばたけば、叩き落とされる。

 

火を焚けば、そこに集り燃えて死んでいく。

 

そんな負け組の集まりは、スラムと呼ばれた。

 


『す、すごい歓声です……!』オロオロ

 


「ククッ」

 

「……お前ら、今月の分だ」ニヤリ

 


「「「でうす様!」」」


「ありがとうございます、神よ///」


デウス様と鉄の香りが混ざって、最高です……///」

 


老若男女が暮らすこの場所は、国民からすれば酷く惨めに見えるだろう。

 

偽善者達が募金と偽り、金儲けを出来る程に。

 


「ほいっ」スッ

 


「ありがとう、でうす様!」キャッキャッ

 


「フッ、どういたしまして」ナデナデ

 


『あっ、えっと……どうぞ』スッ

 


「ありがとう、お姉ちゃん!」

 


『!』

 

『……はい』ホホエミ

 


残念ながら、それは大きな間違いだ。

 

この街は、私の管理下。

 

程よい設備と、程よい食糧。

 

少し足りない位の金貨数枚。

 

この大陸で一二を争う、それほどに活気は溢れ、喜怒哀楽が絶えない。

 

実に人間らしく、健康的。

 


「これで全員……か」フゥ

 


『そのようですね』

 


「手伝ってくれてありがとう、ング」ナデナデ

 


『……////』

 


恥ずかしそうに、嬉しそう。

 

慈悲を配る彼女の趣きは、聖母マリアですら霞んで見えた。

 


『……ロヴェは、とても優しいです』ニコリ

 


「……ッ」

 

「……………そんなんじゃあ、ないよ」

 


『しかし……』

 


瞳から顔を反らし、前を見つめた肌に風が吹く。

 


「これは、復讐だよ」ニヤ

 


『復讐……ですか?』

 


「あぁ、そうだ」

 

「私は人の上に立って威張り散らす汚い大人が大嫌いでね、ソイツらから全部奪ってやりたいのさ」

 

「これはその"ついで"に過ぎない」

 


『………』

 


与えられ続けた。

 

手に入れ続けた。

 

失うことも届かない夢も知らない不燃物達は、果てに誰かの上に立つ。

 

心の快楽を、持たぬ者を足蹴にすることでしか得られない。

 

"誰かの不幸"でしか、"自分を幸せ"にできない。

 

金メッキ加工のクルミ割り人形。

 


『……ワタシは知っています』

 

『ロヴェが何故、戦利品の1割しか与えないのかを』ニコ

 


「ほぅ……」

 


意地悪にへそ曲がりな台詞を言ってみるが、彼女の微笑は曲がらない。

 

今すぐに、抱き締めたい。

 


『ここに住む皆さんを、あんな富豪のようにしたくないのですよね』

 


「………」

 


『ロヴェならこのスラムも、すぐ王国にする事が出来ます』

 

『ですが、それでは同じ事を繰り返すだけ……』

 


「…………」

 


横目に見る彼女の長髪が、淀んだ風に遊ばれて美しい。

 

粗末な風車と切り接ぎで建つ家々が、軋んでは不協和音をたてる。

 


『だからあえて、貧困を維持させているのです

よね?』

 


「……フッ」

 


不完全こそ、完全である矛盾。

 

足りないからこそ生物は、それを求めて動き続ける。

 

足りないからこそ生物は、身を寄せ合い来る寒さも凌ぐ。

 


「あぁ、その通りだよ」

 

「人間は、"物足りない"位が丁度良い」

 


何故だか不思議と、多大な富が誘うのは差別と争いだけ。

 

飛ばした靴が晴れを示す幸せは、人をぞんざいに扱う幸せに変わる。

 

いつかの希望を夢に見て、一日一日の価値を理解して、明日への活力をなんとか作っては、小さな出来事へ一喜一憂すればいい。

 

それが生物のあるべき姿。

 


「ング」サワッ

 


『?//』

 


「私もアイツら同じように、汚い大人なのだろうか……」

 


黒く乾いた頬に触れ、はらはらと舞い散る生命と少女に語りかけた。

 

塗り重ねた紅の分だけ、私達は命をドブに捨てている。

 


『………』


『ワタシは、そうは思いません』スッ

 


「……」

 


伏し目がちな琥珀を映す君は、添えられた手の平にそっと頬を擦り寄せる。

 


『貴女が小さな悪を罰すると、それ以上に沢山の人々が救われる……』

 

『ロヴェのお陰でここにいる皆さんは、こんなにも笑顔になっています』

 


懺悔を聞いた聖職者が、迷える子羊に語りかけるように。

 

神に背いて、悪を正す。

 


『どんなに汚れた"過程"より、潔白なる"結果"

こそ……貴女が望む幸せではないのですか?』

 


「……ッ」

 


ハッとした。

 

図星を突かれたからだろうか。

 

それとも、あの日と似ているからだろうか。

 


「……ありがとう、ング」

 


小ズルい事は、自分自身よく分かっていた。

 

彼女が肯定する事を知っていて、鉄槌のない裁きを望んだ。

 

それでも。

 

私は、許して欲しかったんだ。

 

君に縛られる、私という汚れた結果を。

 


『ロヴェには、笑顔が似合います///』

 


「君の笑顔には叶わない」

 


『ふふっ//』

 


沈む夕闇。

 

瞳を向かい合わせ、視界に捉えた破壊一笑。

 


「それじゃあ帰るとしようか、我らが家に」

 


『はい、ロヴェ♪』ギュ

 


帰る時には、手を繋ぐ。

 


互いが嘘でない事を、確かめるように。

 


 


―数日後―

 


Prrrrr…

 


モニターに表示されたグレーの前方後円墳と、素朴なコール音が鳴り響く。

 


「…………あぁ、わかった」


「直ぐに向かう」

 


『ロヴェ、どうかされたのですか?』

 


「ングか、今からスラムに行くぞ」

 


『えっ?』


『ですが、この間……』

 


「ククッ、私の来客へ会いに行くのさ」

 


『ら、来客……ですか?』

 


椅子から立ち上がり、いつもの赤みがかった白衣を羽織る。

 

二倍の歩幅に遅れぬよう、不思議そうな面持ちで少女が並ぶ。

 


『ロヴェの来客とは、どのようなお方なので

すか?』

 


「そうだな……」


「強いて言うなら、私に似ている」

 


「ロヴェに、ですか?」

 


「あぁ、そうだ」ニヤ

 


__


____


_______

 

 

 


「フフッ、やはりここは心地がいい……」

 


砂の舞う荒野でも目立つ、高い背丈。

 


靡く癖毛の金髪は、大判小判も嫉妬する。

 


スラムの道を歩く度、街が黄色い歓声で包まれた。

 


「久しぶりだな」

 


「やぁ、シャーク」

 


2m近い巨体、目線がぶつかる異常事態。

 

 

 


人々から「Dr.ヌゥン」と呼ばれた彼女は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


二人目の、神だ。