新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【DQXss】多忙とコンシェルジュ

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プライベートコンシェルジュ

 

本来宿屋にて宿屋協会より配備されているコンシェルジュは、様々な冒険者にとってなくてはならない職業。

 

私達プライベートコンシェルジュは、そんな大勢の冒険者を相手にする通常のコンシェルジュとは違い。


一人の冒険者に仕え、コンシェルジュの機能をご自身の家でご利用頂く為に存在する。

 

勿論のことだが家事、掃除もプライベートコンシェルジュにとっては大事な仕事の一つ。


つまるところ私達プライベートコンシェルジュとは、所謂『メイド』のような者なのだ。

 

 

「ここが、冒険者様のお家…」

 

暑い日差しが、このプライベートコンシェルジュ用制服の内を汗ばませる。


オーガ族の特徴である肩の角は、特に太陽の暑さを直にジリジリと痛む。

 

「ここが…お、お家?」

 

折り目の付いた地図をもう一度よく見てみるも、やはり間違い等なく。

 

ただ地図は汗だけを吸収し、端の方を滲ませる。

 

「井戸にしか、見えないのですが…」


「ほ、本当にここで合っているのでしょうか」

 

私の眼前に現れたのは、見上げる程大きな屋敷でもなければ。


かといって小ぢんまりとした小屋ですらなく。

 

それを人が名をつけて呼んでいるなら、それは間違いなく井戸。

 

狭い土地の中心に少しばかり装飾のあるそれが、ふんぞり反って私を見つめる。

 

「…」


「とりあえず、入ってみましょう」

 

「…って、あれ?」

 

降りられそうな紐も梯子もなきそれは、私の覚悟を先に落とさせる。

 

「…これは」


「落ちろ…という事でしょうか?」

 

底は見えない。


けれど、嫌になるほどに。


明るいのだ。

 

「…」


「…ふぅ」

 

ここまで来た。


ここで帰ってしまえば、簡単だ。


だがそれでは、私はなんの為に努力を重ねてきたのかという疑問に答えを出せなくなる。

 

 

「ええい、ままよ!!」

 

 

むしろ、清々しかった。


理由はない。


ただ、吸い込まれるように私は。

 

「って、きゃあ…!」

 

光の中に、落ちていく。

 


 


「…」

「ハッ…!」


「ここは…」キョロキョロ

 

眩しさに刹那閉じた瞳は、きっと今頃後悔の念に駆られていることだろう。


次の瞬間、私は光の差す場所で瞳を開けていたのだから。

 

「明るい…?」

 

見た景色は真実で、けれどそれは信憑性には欠けている。


矛盾を頭は認識出来ない。


何故なら、今私の周りに広がる景色は。

 

「窓…?」

 

窓は外の景色を透過する。


一般的常識の、固定概念。


しかし、それは地上であるが故の事実であり、光は太陽が昇るからだ。

 

私がいる筈は、地中。

 

地中とは、陽の届かぬ場所だ。


入り口と、この場所を除けば。

 

「もしかして、天…国……」サァ

 

赤い肌の私が、顔青ざめる時。


果たして魔族に近い色になるのだろうか。

 

「そ、そんな…」


「私は、これからプライベートコンシェルジュとして…」

 

震える体に揺さぶられた脳は、あらゆる過去を呼び覚ます。


楽しかった記憶。


苦しかった記憶。


井戸にみずから落ちた記憶。

 

「違うよ」

 

という記憶。

 

ん?

 

いや、そんな記憶はない。

 

ならばその声は。

 

「!」

 

「こんにちは、

          プライベートコンシェルジュさん」

 

 

心から安堵した。

 

何処の記憶にも居なかった、真新しい少女の声と形が。

 

私の生存を。

 

痛い程に、突きつける。

 

「貴女は…」

 

「ふふっ、驚いたかい?」


「井戸の中にこんな部屋があるなんて」

 

「…」

 

均一に、直線のようなトーンをした少女は。


黒ベースに金の差し色が施された衣服に身を包み、服と同じ配色のバイザーで表情の½を隠している。

 


脳よりも早く、体は理解した。

 


「初めまして、シンユウ様!」ペコリ

 


彼女が、雇い主であると。

 


「この度は、我がプライベートコンシェルジュ機能より、私を選んで頂き!」

「誠にありがとうございます!」

 

「ふふっ」

 

雇い主様は、直線的に喉を鳴らす。


近づく足音は、床とヒールの織り成すクラシック。

 

「君のお名前を、聞いてもいいかい?」

 

「はい、私は」

 

名前とは、親から始めに「貰う」もの。


名は、体を表す。


名は、私を示す。

 

名を教えるとは、存在の証明。

 

「シャキュ…」


「シャキュ・アーダーと言います」

 

時にプライベートコンシェルジュとは、雇い主の「物」でなくてはならない。


無機物に名前を付けることを、人は咎めない。


本来ある無機物の名前とは、存在の一確認でしかないのだから。

 

「お気に召さない場合は、変えて頂いても構いません」

 

だから私達は雇い主の赴く名に、自身の存在を認めなければならない。

 

「いや、遠慮しておくよ」


「…それは、君の名前だ」

 

「…!」

「あ、ありがとうございます」

 

その言葉は、何故か外の日差しよりも熱く。


その時から、私の何かは溶けだしていたのかもしれない。

 

「それじゃあ今度は私が…とっ」

 

「?」

 

「流石にこれを着けたまま挨拶をするのは、失礼だよね」スッ

 

言うと、少女は出会いから着けていた黒いバイザーに手を掛け。


ゆっくりと、目線を晒していく。

 

「…!」

 

ただ、目を見張る。

 

現れたそれは、瞳と言うには申し訳ない程に美しく。

 

透き通るシーグリーンの宝石が、私の脳裏を焼き付ける。

 

「はじめまして」

「私がこの家の主であり、そして君の雇い主」


「シンユウ・フォーロン、といいます」

 

紳士的なお辞儀が直線的トーンと、その整った容姿に良く似合う。

 

「よろしく、シャキュ」ニコ

 

それでいて微笑む彼女は実に艶やかで、淑女的な印象を醸し出していた。

 

「は、はい!」ビシッ

「よろしくお願いいたしますシンユウ様!」

 

人間である筈なのに、何処か人らしからぬ奇怪的とも言える不透明さ。


それは私の鼓動を加速させるのに、十二分過ぎる加熱材だ。

 

「…」

 

「?」

「どうかされましたか、シンユウ様?」

 

「いや、申し訳ないのだが」

 

宝石が、光もろとも閉じ込められる。


再び装着された黒いバイザーが、私を見つめた。

 

「名前で呼ばれるのは、あまり馴れていなくてね」


「出来れば、他の呼び方で頼むよ」

 

辛うじて見える眉が、申し訳なさそうに瞳に変わって表情を作る。

 

「承知致しました」


「…では、主様と呼ぶのは如何でしょう?」

 

「……主」

 

「えっ?」

 

唐突な漢字一文字は、私から吐息のような薄い驚きを溢させる。

 

「私のことは、主(あるじ)、と呼んでくれ」

 

「…」

 

それが、未来永劫仕える限り私が呼ぶこととなる彼女の名。


取っ払い過ぎない、雇い主と仕える者の関係性。


しかし、遠さを感じない距離感。

 

今の私と彼女の距離と、良く似ている。

 

「承知致しました、主」

 

「ふふっ」

 

喉で笑う彼女は、バイザーの裏でどんな風に瞳を細めているのだろう。


何故こうも、悲しげなのだろう。

 

全てを知り、全てに諦めという感情を抱いたような。

 

そんな、辿り着くことの出来なかった悲しみを。

 

「今しがた君は此処へ来た」


「となればまずは、この室内をじっくり見てみるのが良いだろう」

 

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」

 

ゆっくりと、足音は奏でられる。

 

入り口付近から、ようやく私は足を動かした。

 

そして、そのまま引かれるように。

 

歩みは窓前で立ち止まる。

 

「…!」


「…綺麗」

 

やはり、そこは井戸の中とは思えない豊かな草原を透かしていた。


風に揺れる花々には蜂が蜜を運び。


木漏れ日の下で、鳥々は楽しそうに談笑している。

 

「不思議だろう?」

 

「はい…」

 

「ふふっ」

 

彼女の話によると、どうやらこの部屋は地中にはないらしい。


井戸の入り口と出口には、それぞれ【旅の扉】と呼ばれる【時空間移動魔法】が結界として張られているようだ。


つまり今私がいる場所は、入り口とは異なるどこか。

 

「ただ、この地が何処かは私もよく分からないのだが…ね」ニガワライ

 

「と、申されますと?」

 

「部屋の外は、アストルティアではない可能性がある」

 

悲しいかな。

 

広がる景色は、観賞用。

 

知りたくも、外にでる扉はない。

 

「長い旅の中、いつかこの景色を歩いてみたいものだよ」

 

気付けば共に日に照らされる彼女のバイザーが、ギラリと反射した。

 

「その時は、私はこの部屋から手をふりますね」

 

「ふふっ、それは良いね」ニコリ

 

「フフッ」

 


 


「それじゃあ、行ってくるね」

 

「はい」

「行ってらっしゃいませ、主」

 

学校にて習った会釈。


練習ではないという事実が、どうしても私の口角を上げてしまう。

 

「あぁ」

 

「あっ、主」

「お忘れ物はございませんか?」

 

「ないよ」

 

「ドルセリンとまほうのせいすいはある程度の数をお入れになられましたか?」

 

「入れたよ」

 

「そうですか、なら良かったです」

 

 

「…ふふっ」

 

「?」

 

安堵に胸を撫で下ろす私に、手を口元に置く主は笑う。


笑う理由に疑問を浮かべる表情に、質問を見出だした主は言った。

 

「君は、心配性のようだね」

 

「す、すみません…」

 

「謝る必要はない」

 

優しい声が、今度は私を褒める。

 

「主の万全を思う心は、正にプライベートコンシェルジュとして必要不可欠事項だ」

 

君は、やはり良いね。

 

「…」

「あ、ありがとう…ございます//」

 

言葉は空気から伝わる振動で、それその物は実体なんて持たない。

 

だが、主の言葉は私に触れる。

 

心に、その神髄に。

 


「では、そろそろ…」


「…いや待てよ」

 

「?」

 

「ふふっ、すまないシャキュ」

 

出口から離れ、私に近づく。

 

「一つだけ、忘れ事をしていた」

 

「忘れ…事?」

 

物体ではなく、行為を忘れたという言葉の意味だと受けとる。

 

「シャキュ、少ししゃがんでくれるかい?」

 

「承知しました」スッ

 

命に従い、主に目線を合わせる。


いや、この場合合わせているそれは。


なんなのだろう。

 

「…」ナデナデ

 

「!?///」

 

優しい突然は、私にハンマーで叩くような衝撃を与える。


何をされているか、脳は理解する。


だが、真意は見抜けない。

 

「あ、あの…主?///」

 

ただ、微笑む彼女が。

 

私の頭を、ゆっくりと温かな手のひらを往復させる。

 

命に従い跪き。


雇い主に頭を撫でてもらっている私は。


さながら愛でられる、ペットと同等だろう。

 

あぁ、なんて幸せなのだろう。

 

「プライベートコンシェルジュを雇う者の間では…」

 

主がゆっくりと理由を語る。

 

「出掛ける前に、自身のコンシェルジュとスキンシップをとるのが流行っているらしいのだ」

 

「な、なるほど」

 

「だから、私もやってみたくなった」ナデナデ

 

「…//」

 

「…嫌、だったかい?」

 

「いえ、むしろ幸せです」

 

「ふふっ、なら良かった」

 

こうして同じ目線に立つと。


笑う唇が、よく見える。

 

「…では、そろそろ出発するよ」

 

「行ってらっしゃいませ、主」

 

「うん」

 

躊躇なく飛び込んだ彼女は、光の中へ消えていった。

 

「…」

 

「…///」

 

ただただ、私は。

 

頭に手を置き、彼女の温もりを感じていた。

 

 


 

「…」テクテク

 

「おはようございます、主」

 

井戸の中に居る事を忘れさせるように日は沈み、そしてまた陽は上る。


どことも分からぬその場所は、太陽と月の概念を証明した。

 

「…」

 

「…主?」

 

宇宙を廻る太陽を表として、月は裏。


それは、なにも天体だけにとどまらない。

 

「今、なんと言った…?」

 

「…え?」


「えっと…その……」

 

人は、常に表裏一体。


照らす表、照らされる裏。

 

「お、おはようございます…」

 

「そのちょっと後!」

 

「あ、主…」

 

「そう、それだ!!」ビシッ

 

「!?」

 

バイザーを着けていないシーグリーンの瞳が、私を睨む。


貫くように差される指が、私をメダパニにかけるように混乱させた。

 

 

彼女は、誰?

 

 

常識的ではない疑問を持ったと、自分自身よく分かっている。


だがそれは、主そっくりの容姿で。


別の何かとしか、認識出来なかった。

 

「貴様、雇い主に向かって【主】とは頭が高いぞ!!」

 

「えっ、あ…あの……主?」

 

「様、をつけろ!!」

 

「は、はぃ…!」

「主様…!!」

 

何もかも、理解が及ばぬは。

 

私の未熟さだと、神は嘲笑うだろうか。

 

「ふんっ、お前が昨日やって来たワタシの配下もといプライベートコンシェルジュだな」

 

「…はい」

 

「自己紹介が遅れたな!」バッ!

 

小柄な体が、その面積を広げた。


その姿、まるで威嚇するアリクイの如く。

 

「ワタシはお前の雇い主、そして…!」


「アンドロイドである、SIN-2521だっ!!」

 

「…………」

 

奇妙な井戸の家で、二回目となる主の自己紹介。


それは、世界でも例に見るはずのない現象で。


新たな出会いの始まりだ。

 

「し、SIN-……25………2……1?」

 

「うむ」

 

「そ、その」

「アンドロイドとは、どういう…」

 

眼前に起動するは、精巧に造られた超越技術のカラクリ少女。


だがそれは、カラクリと言うには鮮やか過ぎる程に滑らかで。

 

けれど人間と言うにはあまりにも奇怪的だった。

 

「そうだ!」


「ワタシは、所謂ロボットなのだ!!」


「凄いだろ?!」ピョンピョン

 

「で、ですが主…様は人間でしたよね?」

 

「いや、ロボットだ」

 

「それに、どうされたのですか…?」

 

奇妙な現象を受け入れることは、簡単だ。


しかし、人はそれを冷静とは呼ばず。

 

奇怪的現状に疑問を持つ事が、オーバーヒートを起こした脳を冷ます近道だ。

 

「何か、悩み事でもあるのですか?」

 

「?」

「何がだ?」

 

「もしくはその……何処か、気に触ってしまう事をしてしまったでしょうか」

 

目前の少女が私の問い掛けに、純粋な疑問符を浮かべている。


機械は、私の問いに対する答え方をラーニングされていないようだ。

 

「……」

 

「よくわからんが、ワタシは元気だ!」ドンッ

 

心臓に拳の振動を与えるそれは、彼女がメインデータより必死に模索した結果。

 

「あ、主」

 

「様をつけろ!!」ビシッ

 

「は、はい…!」

 

「主様…?」

 

「なんだ?」

 

それは地球が一周するよりも早く、間隔のない

デジャヴ。

 

「主様のお名前はシンユウ・フォーロン、でしたよね?」

 

赤い肌を透過する水滴はクールダウンを促さず。


地面に落ちて潤す毎に、奇怪な現象への早期解決を急かしてしまう。

 

「違う」


「何度も言わせるな」

 

自身を指差し名乗りを上げる彼女の光景は、あくまで2回目の講演会。

 

それを何度目とするならば、あくまでそれは2回目なのだ。

 

「ワタシの名前はSIN-2521だ!!」

 

「全く、アイツもとんだコンシェルジュを雇ったものだな」

 

「!」

 

本来の世界へと繋ぐ井戸の縁。


そこへ身体をもたれる彼女の言葉を、耳は聞き逃さない。

 

「アイツ……?」

 

昨夜まで確かに居たあの方が、眼前に居はするが明かな不信感を抱かせるこの方が。

 

「それは、シンユウ様の事ですか……!」

 

3D眼鏡を掛けることを前提とした絵のように、捉えていた彼女の輪郭がぼやけだす。


赤と青。


2つの絵は非常によく似ているが。

 

「……そうだな」ニヤリ

 

着色の施されたレンズを交互に通すことで、真実は浮き彫りとなる。

 

それが、彼女達だ。

 

「では、やはり貴女はシンユウ様ではなく別の方なのですね」

 

自分自身、もう何を言っているかなんてこの時は分かっていない。


だが、生物とは不思議なもので。


身の丈以上の情報を与えられた際は困惑というリソースを割き、的確な情報処理を第一に脳は動くのだ。

 

「ようやく理解したな!」ドンッ

 

「あ、あの…では、本来の主…様は何処に?」

 

「……」

「ま、詳しい事は明日分かるだろ」

 

「へ?」

「い、いえしかし…その」アセアセ

 

「甘いっ!!!」

 

「?!」ビクッ

 

やはり、多少は困惑にもリソースを割きたい。

 

しかし、それは辛い一喝で全てをシュレッダーにかけられた。

 

「例えるなら、孫に久しぶりに会えたお爺ちゃんくらい甘い!!」

 

「す……すみま、せん…………」

 

粉々の紙が舞う。

 

雪ならば、溶けるだろう。

 

残念だが、散るそれに冷気はない。

 

「…ふん」


まぁ、と一息。


「これから精々、このワタシの従者として共に過ごすが良いわ!!」

 

「ダッーハッハッハッ!!!」

 

その様まるで、戦場のヒロインの如く。


高らかに響くのは、奇怪に誤魔化すような渇いた笑い声だけ。

 

「分かったか?!」ビシッ

 

「……」

「は、はい主様」ペコリ

 

これから、よろしくお願いいたします。


なんて。


詳細も会話も、あれよあれよと水に流されてしまっていた。

 

「よしっ」

 

「……」

 

(主……)

 

違う人。

 

1日で変わってしまった。

 

悲観的な眼差し、全てに諦めを見出だしたような横顔は。

 

もう会えぬのだろうか。

 

―――

 

「さてと、じゃあそろそろ出かけるとしよう」

 

鞄に詰め込まれた、ごちゃごちゃのアイテム色。

 

背中に背負えるだけ背負った、武器の生け花。

 

「行ってらっしゃいませ……主………様」

 

同じ容姿、同じ声。


それ故に少しのズレがよく目立つ。

 

「……」

 

「あっ、あの…」

 

「なんだ?」

 

「忘れ物はありませんか?」


「ドルセリンや地図は鞄に入れましたか?」

 

違うとは言え、他人とは言いきれない奇怪性。


一人のコンシェルジュとして、冒険者様方の万全は欠かさない。

 

「さっきも聞いたぞ、その言葉」ジトー

 

「す、すみません」

 

「ふん、心配性だな…お前」

 

鼻で笑い一瞥した彼女は、外界へ通じる光の淵へヒョイと飛び乗る。

 

「………」

 

そして、ジッと光を見つめるのみ。


苦虫を噛み潰すようにしかめた顔を、照らす光に妙に煽られていた。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

一歩、心配が近付く。

 

「わ、忘れてた……事があってな」ヒョイ

 

言うとそれは淵から降り、渇いて響く足裏を私に近付けてくる。

 

鞄を数歩の内に投げ捨てると。


金属や陶器、薬草に鈴、液体が狭い世界に項を描く音を出す。

 

「?」

 

忘れた"事"。

 

それは、物ではなく。

 

行動。

 

「少し、その……しゃがんでもらえるか?」

 

「へ?」

 

「いいからしゃがむ!」ビシッ

 

「は、はひぃ!」

 

「そんで膝立ち!!」

 

「は、はい!!」スッ

 

勿論、理由を聞く隙など与えられるはずもない。

 

言われるまま純白の床に膝を付けると、反射する私の顔が助けを求めているようだった。

 

 

だが、それと同時。

 

晒されたままのシーグリーンが魅せた濁りに、永久を望んでしまう。

 

「あ、あの………主様?」

 

「……」スーハー

 

「?」

 

一呼吸の間。

 

 


「一体、何をするおつもッ…」


「……」ギュッ

 

 

 

 

 

 

「へ?///」

「あ、あの……………これは//」

 

突然感じた衝撃。


紛れもない、人肌の温もり。

 

駆動音よりも先に、鼓動音が耳に響く。

 

首に手刀を与えられた瞬間のような、白紙の頭とボヤける視界。

 

「あ、主さ………」


「…ッ!」

 

それでも、何をすべきかすら明確で。

 

変わらぬものに安堵して。

 

 

「………」

 

 

「」

 

 

ギュッ

 

 

「!//」

 

 

そっと、抱き締め返す。

 

「………////」キュ

 

「………」

 

私が見下ろす背丈の少女が、赤く包まれる。

 

簡単に潰れてしまうだろう華奢な体から、確かに伝わる同じ感触。


匂い。


熱。


そして……………。

 

 

「ありがと……//」ボソッ

 

「―いえ」

 

それは故障か不具合か。

 

少女がどんどんと小さくなっていく、そんな感覚すら覚えてしまう。


電波が悪いラジオのような、微かな感謝。

 

「アイツは、お前の頭を撫でた」


「だからワタシは、その上をやってやりたかった……だけ」

 

 

「ただ、それだけ」

 

左耳、鼓膜を揺らす。


指で撫でるように燻る空気の振動に、私の血液が活発化する。

 

グツグツと。

 

「そう、でしたか」

 

「……だ、だが」

 

「?」

 

「嫌だったら、言ってくれ……」

 

「……!」

 


「…………」

 

 

そっと、バニラ色に温もりを乗せる。

 

「!//」

 

ゆっくりと、きめ細やかな髪を滑らせた。

 

「いいえ、嫌ではありません」


「むしろ、幸せです//」ナデナデ

 

「な、なら……良かった///」ギュッ

 

喜びに握られた制服が、より強くシワを作る。

 

じんわりと染み渡る汗が、ただ少女を残すように湿らせた。

 

 

 

 

「さ、さて!//」


「では、そろそろ出発するとしようぞ!」バッ

 

「あっ……」

 

言うと、恥ずかしさを隠すように妙な身振り手振りで私を離れる。


纏われた空気は動き、生ぬるい切なさが毛先を這う。

 

「じゃ、じゃあ…行ってくるぞ!!」シュタ

 

「行ってらっしゃいませ」

 

「………うん」

 

昨日に同じ底の見えない光、黒い布地は少しの笑みとともに吸い込まれた。

 

 


「……」

 


嵐は突然に現れて、情緒も何もかっさらい。

 

残る熱さと甘い香りは、静寂から醒まさせない。

 


「……主様」

 

ゆっくりと、両手を絡ます。

 

 

 

変わってなど、いない。

 

機械を名乗る、破天荒な奇怪少女は偽り。


理由は分からない。

 

だが彼女が何かを思い、道化を演じていることは確かな真実。

 

「……」

 

あの時。

 

『一体、何をするおつもッ…』


『……』ギュッ

 

 

私を包んだ大きな態度は。

 

 

『あ、主さ………』


『……ッ!』

 

 

 

小さく、震えていた。

 

 

 


『……ごめん』

 

吐息に等しい謝罪の言葉。


止まった空気の微弱な振動を、言葉として辛うじて受け取る。

 


これが、本当の主様。

 


同じ目線に立ったあの時、濁った瞳が諦めと虚無感に億劫を見出だしていた。

 

それは、紛れもない……。

 

彼女の面影。

 

いや、彼女そのものだった。

 

 

酷く怯えた両手は、抱き締めた私の服を一心に握りしめる。


絶対に離さんと。

 

誰かに受け止めて欲しいと。

 

自分自身に、意味を与えて欲しいと。

 

 

掌の震え、それが全てを物語る。

 

だから私も、強く抱き締め返した。

 

 

それは、母性にも似た何かだろうか。

 

ただ、愛おしくて。

 

受け止めて、守って。

 

光を反射しない瞳に。

 

 

 

 

 

胸を高鳴らせる。

 


 


明るい井戸の底。

 

窓から見える地上に、また日が昇る。

 

「……」テクテク

 

「おはようございます、"主様"」

 

「…………」

 

「主……様?」

 

階段に鳴くヒール音。

 

コツコツと、日照りに晒される黒いバイザーが微かに私を反射する。

 

 

「"様"は付けなくて良いと、言ったはずだよ」

 

「…!」


「あ、主……!」

 

「おはよう、シャキュ」

 

そっと微笑む貴女は、もう一人の雇い主。

 

何処か人らしからぬ佇まい、私を見詰める瞳は何色だろう。

 

「お、おはようございます主」ペコリ

 

「申し訳ございません」


「その、昨日の今日なので……つい」

 

それが夢か現実か。


ハッキリと感じる体温も、手触りも、全てが夢の魅せたイタズラだとして。

 

誰が私を信じられるだろう。

 

「フフッ、さっきのはほんの冗談だよ」


「なに、気にすることはない」

 

「……は、はい」

 

直線的で均一のトーンは久しく。


ピンと張られた糸をそっと撫でるように。


鼓膜に響く声は私の中で振り幅を広げ、大きく波打つのだ。

 

 

「あ、あの……それで」

 

「?」

 

「一体、誰なのでしょうか?」

 

疑問の歯車。

 

「そうだね……どう説明したら良いものか」

 

顎に手をやり、言葉に出来ない奇怪な存在を言葉で肉付ける。

 

 

 

「強いて言うのなら、彼女はもう1つの私……かな」

 

 

 

夢は現だと。

 

主の一言が、私の正常を証明する。

 

あれは、夢ではなく現実だと。

 

「つまり、二重人格……ということですか?」

 

「……」

 

フム、とバイザーに宛がわれた金の装飾が朝日を写す。

 

「そんなに、大層な物ではないよ」


「二重人格を例えるなら、

"種類バラバラな硬貨の寄せ集め"」

 

おもむろに手を一振りすると、何処からともなく指の間に大小十色の硬貨が現れた。

 

次に一振りすると、二枚の同硬貨にすり替わり。

 

「だが私達は、

"面の揃った同硬貨2枚"だ」


「大きさに色、付いた傷まで完全に一致しているがっ……」シュッ

 

「!」

 

滑らかなスナップでコインは放たれ、構えた赤い手の平に投げ込まれる。

 

金色の金属が、数ミリたがわない溝と歪みに一点の誤りを目立たす。

 

「これは…」


「製造日だけが、微妙に違いますね」

 

「そう」

誕生した日にちの違い、それがたった1つ刻まれた私達の違い」

 

円を反るように彫られた製造年代のレリーフが、パッと見で4〜5年程ズレている。

 

たった1つの違いだが。


生誕時期の違いとなれば、事は一大事だ。

 

「なるほど……」


(…………)

 

目の前に広がる黒光り。


それは卵の殻なのか、あるいは卵の黄身なのか。

 

「…………」

 

 

 

 


「今なら、辞めても良いよ」

 

「…………へ?」

 

突然繋がりの無い言葉が鼓膜を霞め、私は間の抜けた反応をするしかない。

 

辞める。

 

それは。

 

「あの、それは……どういった意味なのでしょうか?」

 

「そのままの意味さ」

 

フッと見せた横顔が、寂しさを笑みのパテで埋めている。

 

美しさに疑問だけが渦巻く。

 

「今まで私達は数人のプライベートコンシェルジュを雇ってきたが………」


「皆、私達を軽蔑して離れていったよ」

 

 

「……ッ」

 

 

「だから、もし私達を気色悪いと思ったのなら遠慮なく帰ってもらッ…」


「いやです!」

 

「ッ!」

 

脳が考えた行動と言動は、私が許可を出すまでもなく実行されていた。

 

白く濁りのない、か弱い両手。

 

しかし、私の手で包んだそれは確かに生きていて。

 

ほんのりと、温かい。

 

「私は、貴女様のお側に居たい」

 

目を合わせても、ただ黒塗りが私を写すだけ。

 

それでも、半分だけ露出した表情が呆気に取られていることは理解できた。

 

「プライベートコンシェルジュとして、貴女の………貴女の人生を、サポートしたい」

 

「…シャキュ」

 

均一な発声、温かな熱、その瞳。

 

これはきっと、私の粗末な感情。

 

ただのお手伝いが抱いてしまった、一目惚れ。

 

言葉に出せないこの劣情を、貴女が許してくださるのなら。

 

 

「だからどうか、どうかお願いです」

 

 

 

 

女方のお側に、この私を置かせて下さい。

 

「…………」

 

「…………………フッ」ギュッ

 

「!//」

 

鼻鳴らした笑い声、気づけば赤い両手は白く包まれている。

 

「…ありがとう」

 

「ッ…」

 

私を見上げた笑顔。

 

それは、どうしようもなく幼くて。

 

その一瞬だけボヤけていた輪郭が、ピッタリと合わさったように感じた。

 

 


鼓動が言葉を糧として、嬉しさに素早く唸りをあげる。

 

噛み締める唇が、ピリピリとくすぐったい。

 

 


「………フフッ」

 

「主?」

 

「あぁ、すまない」


「サイボーグからの御言葉だ」

 


『全く、お前もとんだ"多忙"と暮らすハメになってしまったなぁ!』


『ダッーハッハッハッ!!!』

 

「だ、そうだよ」

 

「あはは……」

 

本人さながらの声色と仕草に、言葉への反応を含め私は苦笑する。


恐らく瞳もソックリなのだろうが、そこだけは辛うじて差別化せざるをえなかったのだろう。

 

ある意味で、ソレは目印なのかもしれない。

 

(だから主は、あの時……)

 

 

「どうかしたかい?」

 

「い、いえ……なんでもないです」

 

 

言うと、彼女はまた鼻で笑う。

 

実に、人らしく。

 

 

「では、改めて」

 

 

紳士的なお辞儀が直線的トーンと、その整った容姿に良く似合う。

 

 

「これから、どうぞ宜しく」

『これから、せいぜい宜しくな』


『「シャキュ」』ニコ

 

 

それでいて微笑む彼女は実に艶やかで、淑女的な印象を醸し出していた。

 

どこか感じる奇怪的な金属感も、私が共に暮らす事を歓迎し迎え入れる。

 

 

プライベートコンシェルジュは本来、一人の雇い主に一人だけ。

 

そんな常識も、現実感も。

 

日の昇る井戸底では、意味を成さない。

 

 

「はい!」

 

 

二つの表裏。

 

瞳を隠す、人らしからぬ振る舞いは奇怪的。

 

瞳は輝く、機械的な振る舞いは実に人らしく。

 

 

「これから、どうぞ宜しくお願い致します」

 

「主、主様!」ニコリ

 

 

これが"多忙とコンシェルジュ"の出会い。

 

 

 

 


あぁ…もし神と呼べる者がいるのなら。

 

 

お許し下さい、生涯一度だけ願うこの我儘を。

 

 

 

 


願わくは。

 

彼女達と笑い合える日々を、未来永劫に。

 

                                        【完】