新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【あまコメss】幼き白米

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「…」スンスン

 

「コメ?」

 

「あ、あぁ気にしないでくれ//」

 

「コメー?」

 

私は現在、和実ゆいの家にお邪魔させて貰っている。


来た理由は些細な事で、今日学校で彼女のハンカチを拾った。


ハンカチの裏には名前が書いてあったので、直ぐに届けに向かった、というわけだ。

 

(…)

 

「コメー♪」

 

本当ならばハンカチを渡してそのまま帰る筈だったのだが、ゆいのテンションに乗せられ、あれよあれよという間に家に上がることになってしまった。


しかし、それだけなら良いのだが。

 

「コメコメ♪」

 

「…」

 

何故か、コメコメのお守りを頼まれた。

 

(……)

(…………いや、少し違うな)

 

正確には、何故かゆいの妖精コメコメに気に入られてしまった。


そしてそれを見たゆいが

『そういえばコメコメ、前からあまねちゃんともっと仲良くなりたいって言ってたもんね♪』


『そうだ!』

『じゃあしばらく二人で遊んだらどうかな?』


『コメー!』


との提案をし、今に至る。

 

(正直、何をして良いか分からない…)

 

私には兄はいるが、妹はいない。


自身より小さい子とどうやって接したら良いかなんて、検討もつかない。


更には、何かしたいことはないかと尋ねたところご覧の通り。


コメコメは私の膝の上に座ってきた。

 

 

(温かい…)

 

幼児とは、こんなにも温かいものなのだと体感している。

 

(柔らかい…)

 

膝から落ちないようしっかりと腕を前へまわすと、幼児特有の柔らかさが腕全体を刺激する。


なんて、か弱いのだろうか。


このまま私が少しでも力を強めてしまえば、壊れてしまいそうだ。

 

スゥー

 

(良い香りだ…)

 

幼児の匂いとは、甘く、優しい匂いがするのだな。


それに、縁側で座っているからかどことなくお日様の匂いもする。

 

(あぁ、良い匂いだ)スンスン

 

「コメ?」

「あまね、どうしたコメ?」キョトン

 

「え…あ、いやその……」

 

しまった、ついノメリこんでしまっていた。


これは果たして、遊んでいると言えるのか?

 

「…コメコメは、良い匂いだなと思ってな」

 

「良い匂いコメ?」

 

「あぁそうだ、とても落ち着く良い匂いだ」

 

「落ち着くコメ?」

 

「とても落ち着く」

 

「嬉しいコメ♪」

 

「…///」

「そうか」

 

コメコメは首をコチラに向け、とても嬉しそうに笑った。


その顔を見ていると、私は今までになかった未知の感覚を覚えた。

 

(愛おしい…)ギュッ

 

まだまだ未熟なる私に宿ったこれは、いわゆる母性というやつなのか?


あるいは…。

 

「あ、チョウチョウコメ!」パタパタ

 

「…」ギュッ

 

「?」

「あまね?」

 

魅せられたのか。

 

「可愛いな、コメコメは///」スリスリ

 

「あまねも可愛いコメ♪」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

先ほどよりも少し強く抱きしめて頬擦りをしてみると、より分かりやすく弾力を感じることが出来る。


コメコメは、くすぐったそうに、けれど楽しそうだ。


私が少々熱を帯びた称揚の言葉を送ってみるも、ただ無邪気に感謝の言葉が返ってくるだけだった。

 

(全く、どこまでも無垢なのだな…)スリスリ

 

「コメコメ♪」

 

コメコメはどこまでも、容姿どおりの幼児らしさを漂わせる。


純心そのもの、と言ったところだろうか。

 

「あまね、柔らかいコメ」スリスリ

 

「そ、そうか?//」

 

コメコメは、私に頬を擦り返す。


白い餅肌が私の肌と触れ合う度、私はなんとも言えない心地良さを感じた。

 

「それに…とっても良い匂いコメ」スンスン

 

「そうなのか?」

 

「コメ!」ウナヅキ

 

「とってもおちつく匂いコメ♪」

 

「ふっ、そうか//」スリスリ

 

コメコメの先ほどからの行動言動は、幼児特有の真似っこだ。


無論、だからと言ってコメコメが本心で言っていることくらい簡単に理解出来る。

 

(だから、こそだ)

 


その姿が、愛らしくて仕方がない。

 


(…)スゥー

 

それまで何も入っていなかった未使用の瓶が、音をたてて満たされていくのが分かる。

 

「コメコメ…」

 

「コメ?」キョトン

 

「君はいったい…」スリ

 


…どんな味がするんだろうな…。

 


「?」

「味、コメ?」クビカシゲ

 

「…ん?」

 

あれ。

 

「あまね、コメコメ食べるコメ?」

 

「…!」ハッ

 

「…ぁ」アセアセ

 

気付いた時には、時既に遅し。


私が囁いた言葉は、もうすでにコメコメの耳へと入ってしまっていた。

 

(…し、しまった……)

 

つい、愛で過ぎた故にとんでもない発言をしてしまう。

 

(こ、これではまるで私が危ない人のようではないか!)

 

「コメ、あまね?」

 

やや暗めの韓紅色の瞳が、言葉の意味を表面的にしか理解していないことを私に伝える。


だが、どちらの意味で汲まれようと同じこと。


どうやって誤魔化したものだろうか。

 

「いやな、コメコメがとても可愛くてな…」

「食べたくなるほど、可愛くてな…」

 

今の私は喋れば喋るほどに苦しくなっているに違いない。


きっと、更に簡単な誤魔化しようはゆうに存在していたはず。


しかし、そんな事ですら焦りで考えが及ばないのは私の未熟さ故か。

 

「ま、まぁ気にしないでくれ」


「…さぁ、何かして遊ぼう!」

 

私は泳がせていた視点をコメコメと合わせ、無理矢理話をねじ曲げた。


致し方ないことなんだ。


許せコメコメ。

 

「コメコメ、何かしたいことはないか?」

 

「コメ?」

 

「したい遊び等はないか?」

 

「コメ~…」

 

正直、私は先ほどから疑問に思っていた。


ゆいは、二人で遊んだらどうかと言っていたにも関わらず、現状何もしていない。


ただ、コメコメを膝に座らせ、お日様を縁側で浴びているだけだ。


揚げ句、私がただこの子を可愛がっているだけではないか。

 

(まぁ、私はそれで良いのだが…)

 

いや、むしろ。


この時間がいつまでも続けば良いとさえ、私は考えている。

 

「…コメコメは……」

 

「うむ」

 

ほんのりと真剣な眼差し。


それは、直ぐ様崩れる表情だった。

 

「コメコメは、あまねの膝の上にいたいコメ♪」ニパッ

 

「…!」

 

白米のように純白な笑顔が向く先は、唖然とした顔の私。


艶々が私を写しているようにも思えた。

 

「し、しかし//」

 

「あまね、あったかいコメ!」

「もっとあまねとこうしてたいコメ!」スリスリ

 

「…コメコメ//」

 

 

あぁ、誰か。


この際誰でも構わない。


私の頬を、つままれてはくれないだろうか。

 

今この瞬間。

 

私の胸に顔を埋めるこの子を前に、私は溺れてしまいそうなのだ。


瓶はとっくに満杯で、溢れている。

 

「…なぁ、コメコメ」ナデ

 

「なにコメ?」

 

このまま、共に溺れる前に。

 

「もし、良かったら…私tッ」スッ


「お待たせ~!」


「!?」サッ

 

寸で、栓は抜かれ液体は何処かへ消えていく。

 

「ゆい、おかえりなさいコメ!」

 

「ただいま、コメコメ♪」

 

「お、おかえり…ゆ、ゆい……」

 

「?」

「うん、ただいま!」

 

いつもの元気の良さで扉を開けて帰って来たゆいに、私は未だ心臓の震えが止まらない。


焦り、動揺から、上手く平然を装うことが出来ない。

 

「ごめんねー、ちょっと買い物するつもりが遅くなっちゃって…」

 

「ぁ…いや、気にするな」ニコリ

 

彼女のことをまだ完璧には理解しているわけではないが、遅れた理由など直ぐに分かる。


口元を見るに、大方店の人達から試食を貰い次回料理の参考役にでもなっていたのだろう。

 

「お、コメコメあまねちゃんのお膝に座らせてもらってるんだね!」


「良かったね、コメコメ♪」

 

「コメッ!」

 

自信満々に手を上げて返答するコメコメと、それを目線を合わせ笑顔で聞くゆいが。


まるで、親子のように見えた。

 

(………)

 

抜いた栓を元に戻し、哀愁漂う空の瓶はガラス特有の音をたてる。


これは、目の前にある幸福的光景による充実感なのか。

 

(あるいは…)

 

ただの嫉妬か。

 

「…さて」

「それでは私は、そろそろ帰ることにするよ」スッ

 

「コメ?」

 

私はそう言って、コメコメを膝からおろした。


少し寂しそうな顔は愛らしいはずなのだが、どこか胸が痛む。


すまない、コメコメ。

 

「えぇ~、もう帰っちゃうの?」

 

「あぁ、あまり長居しては申し訳ないからな」

 

「そっか」

 

「また今度、お邪魔させてもらおう」

 

「うん、待ってるね♪」

 

また今度、とは言ったが。


私は、毎日でも来て良いのだがな。

 

「それじゃあゆい、また明日」

 

「あまねちゃん、また明日~」

 

玄関では二人のお見送り。


私はゆいに別れの挨拶を交わしたのち、コメコメの方へ軽く手を振る。


手を振り返す姿が、どこか私の心を優しく締め付ける。

 

「では」ガラッ

 

「あまね」タッタッタッ

 

「?」

「どうした、コメコメ」

 

背を向けていざ帰らんとした時だった。


コメコメが私の元に駆けてきた。


先ほど振った手が、服の裾を摘まむ。

 

「しゃがんでコメ」クイックイッ

 

「こ、こうか?」シャガミ

 

裾を引っ張られ要求されるまま、私は視線をコメコメまで落とす。


膝に座らせている時は体制上よく分からなかったが、こうして見ると本当に綺麗だ。

 

「あまね」

 

「なんだ、コメコメ?」

 

 

「…また、二人で遊ぼうコメ//」ニコリ

 

 

「!」

 

その時、放たれた言葉と笑顔は。


私の胸を高鳴らせるには、充分過ぎるものだった。


瓶はゴトリと倒れ、注がれるはずの液体が無残に床へと染み込んでいく。

 

「…」

 

「ふっ」

 

「もちろんだ、コメコメ///」ナデナデ

 

「!」パァッ

 

コメコメ、君は。

 

「やったコメ!」ピョンピョン

 

私を化かしてでもいるのか?

 

「良かったね、コメコメ♪」

 

「コメー!」

 

コメコメ、私は。

 

「約束コメ♪」

 

君に満たされることを、望んでいる。

 

「あぁ、約束だ!」

 

 

その日の帰り道。


沈んでいく夕日の色は、あの子の瞳と似ていた。

 

                                            完