「穂乃果、右腕落ちてましたよ」
「えっ?」
かけられた声の方を見ると、穂乃果の右腕を持った海未ちゃんが立っていました。
肩付近から落ちたであろう右腕を、大好きな海未ちゃんの両手が優しく支え、穂乃果に差し出す姿に、胸が高鳴る。
「ありがとう、海未ちゃん♪」
海未ちゃんから腕を受け取り、千切れた断面に腕側のもう断面を近づける。
すると、黒いノイズのような物が断面と断面の間を繋ぎ、ほら何事もなかったみたいに元通り。
勿論しっかり手も動く。
「よし、くっついた」
「それで、穂乃果の腕何処に落ちてたの?」
「先ほど、そこの階段辺りで見つけたのです」
「手の形的に、穂乃果の腕で間違いないと判断して持って来ました。」
「そっか」
「まぁ、腕が落ちるのは穂乃果くらいだもんね」
「ふふっ、そうでしたね」
「///」
よくある会話。
そんな日常的ないつもの流れの中で見せる海未ちゃんのこの笑顔が、穂乃果は好きです。
海未ちゃんは、穂乃果の前でしかほとんど笑わず、その笑顔のほとんどが穂乃果にだけ向ける特別製の笑顔。
そう思うと、優越感も相まって穂乃果はこの海未ちゃんの笑顔がたまらなく大好きです。
「それにしても」
「?」
近付いてきた海未ちゃんが、さっきくっついた穂乃果の腕に触れてきました。
取れないように、ゆっくりと。
もっと強くしても良いのに…。
コワシテヨ
「本当にくっついているのですね」
「うん」
「便利ですね」
「うん?」
「…」
「私は、未だに信じ難いのです」
穂乃果がゾンビである事が。
指は前腕から、上腕、肩へするすると滑り露出された首に到達した時、穂乃果の全身にピリッと快感が走ります。
「本当に、ゾンビなのですか?」
首から頬へ。
妖艶な指が撫でる感触に、穂乃果は頬を赤く染めてしまいました。
「本当だよ、だって今腕がくっついたんだよ?」
「こんな証拠他にないよ」
「確かにそれはそうですが…」
「しかし、穂乃果の外見は至って普通、何も変わりません」
「うーん、そこはゾンビっぽくないかも」
「それに、匂いもほとんど変わりません」
「体の接着があまい事以外は、ただの人間同様です」フニフニ
「んっ///」
海未ちゃんは、穂乃果の頬を先ほど登らせてきた指でつつきました。
「良く聞くゾンビとは、どうも違う点が多いように思えます」
「でも穂乃果、不死身だよ?」
「なるほど」
「つまり穂乃果はゾンビではなく、不死身人間なのではないですか?」
「えー、ゾンビで良いじゃん」
海未ちゃんは変に拘る所がある。
どうでも良い事でうんうんと唸りながら考えている様が可愛いです。
「…」
「?」
「どうしたの、海未ちゃん」
手を添えたまま、悲しそうな顔をする海未ちゃんが穂乃果の瞳に映される。
「いえ、別に…」
「…」
「どうしt、キャッ!」
突然、海未ちゃんの人差し指が穂乃果の右眼を貫いた。
体の部位でもゼリーのように柔い眼球は意図も容易く海未ちゃんの指を通し、右眼はグリグリと動く感覚だけを感じとる。
「もう、海未ちゃん」
「くすぐったいよ//」
「…」
「海未ちゃん?」
以前変わらぬ表情で、穂乃果の眼球を弄る海未ちゃんがその動きを止めた。
「穂乃果、すみません」
「貴女をこのような体にしてしまい…」
抜かれた指についた何かわからない液体を、海未ちゃんの舌がペロリと舐める。
穂乃果の体液が海未ちゃんの体内へと入っていく。
その様子に、穂乃果は少しの間見惚れてしまいました。
「気にしてないよ」
「ですが…」
「あっ、でも」
流石に首を飛ばされた時は、ビックリしちゃったけどね♪
『穂乃果、愛しています』
「フフッ」
「そういえば、そんな事もありましたね」
ようやく笑顔が戻った海未ちゃんは、そう言って窓越しにある空を見ました。
・
私は、一人の女性を愛している。
きっかけは些細な事。
あの時の表情は、地面に出来た水溜まりですら、キレイに映すことなど出来なかった。
しかし、私の瞳だけが彼女の表情をキレイに投影することが出来たのだ。
(穂乃果…)
どうすれば。
(穂乃果に、この気持ちを伝えることが出来るのでしょう)
私には、勇気がありませんでした。
(穂乃果に告白して、もし…)
断られてしまったら?
(いえ、それならまだ良いです)
(悩みはそれ以上の場合)
完全な拒絶。
私が考える最悪の事態。
(私達は同性)
もし穂乃果に、園田海未という人間が同性に好意を持っている事を知り、気色悪がったら?
【2度と近づかないで】
こんな幻聴が、悩む度に彼女の声で再生される。
怖い。
(穂乃果は、そんな人間ではない事くらい私が良く分かっています)
(ですが)
可能性は常に0である事はない。
そうやって、ずっと彼女に思いを伝える事が出来ず、同じテーマで悩む日々。
しかし、その日。
私は閃きました。
これが俗に言う、アカシックレコードという物への無意識なアクセスなのでしょうか。
(なんで、今まで気がつかなかったのでしょう)
(そうと決まれば、早速行動あるのみです!)
私は家を飛び出し、校庭へと穂乃果を誘いました。
「待たせてごめんね、海未ちゃん」
「穂乃果遅t…まぁ、良いです」
「?」
「それで、用事って何かな?」
わざわざ校庭に呼び出すべきだったのか、と言っていた気がします。
よく、覚えてませんが。
「穂乃果」
「何、海未ちゃ…」
「…スコップ?」
「ちょっ、海未ちゃん…何すt…」
―――――――――――――――――
私は、持ってきたスコップで穂乃果の頭と体を分かちました。
「…」スッ
「ウ…ミ…チャ…」
持ち上げた頭からは、切断面からボタボタと垂れる血が土へと染み込んでいました。
「穂乃果、私は貴女にずっと伝えたかった事があるのです」
「穂乃果、私は貴女が好きです///」
「あの時からずっと///」
夕陽が沈み出す頃のドラマチックな告白。
「ウ、ア…」
「返事、出来ないでしょう?」
そう、これが私の最終手段。
穂乃果への愛を伝えたい。
でも断られるのが怖い。
拒絶されるのが恐ろしい。
なら、一方的であれば良い。
穂乃果からの返事なんて、聞かなくていい。
私が告白して、それでおしまい。
その為に、絶対に答えが返せないよう穂乃果の頭を切断した。
「これで、貴女の答えを聞く必要がなくなる」
「怖がる必要がないんです」
「…」
「おっと、すみません」
「そろそろ意識が薄れてきていますね」
「…」
「完全に意識が薄れる前に、もう一度私の愛を受けて下さい」
私は、意識が今にも途切れる穂乃果の頭部を自身の顔に近づけ。
「穂乃果、愛しています」チュッ
柔らかな唇に、キスをしました。
「…」
「伝わっていたら、良いのですが」
唇を離すと、肉塊は既に意識を失くしていました。
その後、私は大きな肉塊を処分しやすいようスコップでバラし、家の庭に埋めました。
「穂乃果…」
「安らかに眠って下さいね///」
何故か、感情のない頬に、涙がつたっていた。
・
「つい最近の出来事なのに、ひどく懐かしく感じます」
「?」
窓をぼんやり眺めていた海未ちゃんがようやく口を開いたと思いきや、出た言葉は突拍子がないものでした。
「次の日、学校で教室に穂乃果が平然と座っていた時は、流石に驚きました」
「それって、ゾンビになった…」
どうやら海未ちゃんが話していたのは、穂乃果がゾンビになった日の事だったようです。
(……)
あの日。
穂乃果は海未ちゃんに殺された。
首をハネられた時、色々な事が頭をかき混ぜた。
何故、海未ちゃんに殺されてしまったのか。
この後、どうなってしまうのか。
なんで、スコップなのか。
何故海未ちゃんは笑っているのか。
殺された瞬間は、そんな事をあの刹那で沢山考えて、悲しい気持ちが溢れていた。
(…でも)
そんな悲しさなんて、消えて、考えていた無数の事もどうでも良くなった。
(…///)
海未ちゃんが言った愛の言葉。
唇の感触。
意識は着実に遠退いていた筈なのに、ハッキリと覚えている。
(凄く、嬉しかったなぁ//)
海未ちゃんは、きっと怖かったのだろう。
穂乃果に嫌われるのが。
だから、ああやって穂乃果が返事を出来ないようにした上で告白して来たんだ。
(っていうのは、ゾンビになってから気付いたことだけどね…)
でも、どうだろうと海未ちゃんは穂乃果の事を愛していると言ってくれた。
穂乃果だけじゃなかったんだ。
穂乃果だけの片思いじゃなかったんだ。
返事を返せなかったのは非常に残念だけど、穂乃果も海未ちゃんの気持ちが聞けて良かった。
(それにしても)
(あの時の海未ちゃんの顔、すっごく良かったなぁ///)
穂乃果の生首に告白していた海未ちゃんの顔は、普段から見せる特別製の笑顔なんて比にならない程に。
綺麗だった。
あれこそ、最上級の穂乃果だけに向けられた特別な笑顔。
(思い出しただけでニヤケちゃうよ)ニタニタ
「穂乃果…」
「えっ、な…何?」
思い出に浸っていた所を、海未ちゃんが再び口を開いたため引き戻されました。
「あの時は、すみませんでした」
あの時とは、海未ちゃんが穂乃果を殺したこと。
「でも、私が穂乃果に気持ちを伝えるにはああするしかなかったんです」
「海未ちゃん、私は全然気にしてないよ」
「ですが」
「だって、また海未ちゃんと一緒に居られたんだし」
「痛みなんか感じない不死身にだってなれたんだから!」
「……痛み」
「?」
海未ちゃんは、まだ穂乃果に申し訳なさそうにうつ向いているように見えた。
だから、言った。
「穂乃果もね、海未ちゃんのこと好き//」
「!」
言ってしまった。
返す筈のなかった返事を。
「…それは、本当なのですか?」
「もちろん!」
穂乃果は、貴女が思っている以上に、園田海未という人間を愛している。
だから。
「もう、怖がらなくて良いよ」
「…はい」
「ありがとうございます、穂乃果」
「えへへ///」
いつもの特別製の笑顔。
海未ちゃんが穂乃果にだけ見せる笑顔は、今日はもっと特別なものになった。
「ねぇ、海未ちゃん」
「なんですか、穂乃果?」
「チュウ、しよ?//」
「!」
「ですが、キスならこの前…」
「生首とのキスじゃなくて、今度は穂乃果とちゃんとしてよ!」
地面に滴る血液の音と共に行うキスも良かった。
だが、今一度。
お互いに気持ちを通じ合わせた今、改めて海未ちゃんとキスをしたい。
「…わかりました」グイッ
「わっ//」
穂乃果の頬を柔らかな両手が包み、優しく支える。
『穂乃果』
「穂乃果」
唇が重なる前に、海未ちゃんが発した穂乃果の名前、言葉。
『愛しています』
「愛しています」
あの時と、同じ。
静かな直線のトーンの中にある確かな穂乃果への愛の気持ち。
チュッ
柔らかな肉が合わさるのを感じた。
穂乃果は思わず息を止めてしまいます。
知っていたこの感覚。
最上級の表情を見せてくれた海未ちゃんが、死に際に穂乃果の触覚に与えてくれた感覚。
(あの時と同じだ///)
(でも、今度はもっとハッキリ分かるよ)
心臓の音も、熱も。
「んっ、ぷはっ//」
しばらくして、海未ちゃんがゆっくり唇を離したので、穂乃果は止めていた息を再開します。
海未ちゃんは、
わざわざ息を止める必要はありませんよ?
と言いたげな顔をしている。
(だ、だって首だけの時を除けば初めてなんだもん!)
「…改めてすると、なんだか緊張しますね//」
「!」
海未ちゃんが今日初めて顔を赤くした。
「えへへ、穂乃果もだよ///」
今、海未ちゃんの頬を赤く出来るのは。
今、この表情を見ることが出来るのは。
「穂乃果」
「これからも、よろしくお願いしますね」
「うん!//」
穂乃果だけだよ♪
・
「…」
『穂乃果もね、海未ちゃんのこと好き』
『もう、怖がらなくて良いよ』
「…」
片思いではなかった。
拒絶などされなかった。
「穂乃果」
彼女は、私の一方的な愛を受け入れ自身の愛を私に受け取らせた。
「両思い、ですか」
「…」
(あの笑顔)
『えへへ///』
彼女が見せる笑顔は、私だけが知っている特別なもの。
今日だけで、一体どれだけ笑顔の形を見たのだろう。
彼女は、私といる時よく笑い、頬を赤くする。
(あの笑顔のどれもが、私にとっては)
響かない。
何も。
どれだけ眩しく輝いていても。
私にとってはただ眩しいだけ。
『痛みなんて感じない不死身にだってなれたんだから!』
(痛みを感じない、ですか…)
「あぁ、穂乃果」
「やはり私は、貴女に謝らなければなりませんね」
痛覚を奪ってしまった事を。
(せっかく、両思いになれたのに…)
・
「痛っ」
きっかけは、些細な事。
「どうしました、穂乃果?」
「あ、いや」
「カッターで紙切ってたら指まで切っちゃって
…」
あれは、彼女の不注意が招いた幸福だ。
「大丈夫ですか、ほのk…」
「…」
私は彼女の傷の具合を見るべく、近付くが、ある事に伸ばす手が止まった。
「イテテ…」ポタポタ
切った指から滴る血液は、机という狭い世界に赤い水溜まりを作り、それを見つめる穂乃果は苦悶の表情をしていた。
「ぁ……」
あぁ。
なんて美しいのでしょう。
これまで見たどの表情でもなかった高鳴りを、確かにその時感じた。
(…ここに、いたのですね)
私の愛する女性は。
私の愛する女性が。
ここにいた。
「海未…ちゃん?」
「…//」
私が貴女に見惚れている間も、流れる血は止まりはしない。
貴女は急に黙りこける私を心配するが、その間も切り口から痛みは生まれる。
穂乃果の苦悶顔が、教えてくれる。
あぁ、穂乃果。
貴女は、生きているのですね////
「…穂乃果」
「…?」
ギュッ
「!?」
「う、海未ちゃん?!///」
「痛いですか、穂乃果?」サスサス
「ひょえ?!」
「あ、うん…痛い」
穂乃果を抱きしめ、背中へ回した両手を泳がす。
「そえですか、では」
「絆創膏を貼ってあげますね」ササヤキ
「う、うん///」
抱擁を解き、鞄から取り出した絆創膏を穂乃果の生きている証に貼ります。
その間もずっと、私は貴女の表情を見ていました。
私が貴女の傷口に触れる度に、擦る度に、貴女は苦悶の顔を浮かべる。
「痛い、痛いよ海未ちゃん…」
「すぐ終わりますから、我慢して下さい」
何を言っているのですか?
「よし、ここをこうして…」
痛いのでしょう?
「はい、出来ましたよ♪」ニコッ
だからやっているんじゃないですか。
「さぁ、これでもう平気です」
「…」
余程痛かったのか、あるいは久しく見せる私の優しさに戸惑っているのか。
「フフッ」
ナデナデ
「!」
「痛かったですよね?」
「もう大丈夫ですよ?」ナデナデ
「///」
うつ向いた貴女を撫でる。
「海未ちゃん」
「何ですか、穂乃果?」
「ありがとう//」ニコリ
貴女が私にだけ見せる特別な笑顔。
あぁ、醜い。
「いえ、別に」スッ
「あ…もう撫でるのおしまい?」ションボリ
「次の授業に遅れますよ」
ついハッと我にかえり、冷たくあしらってしまいましたが安心して下さい。
私は穂乃果を愛しています。
貴女の見せる苦悶顔だけが。
貴女を愛する唯一の理由です。
・
(あの時、私は穂乃果に恋をした)
その後、私は彼女が日常の中で見せるどこにでもある苦悶顔にどんどん引かれていった。
一方的な恋だと、殺しもした。
今更両思いだと言われ、何の意味があるのだろうか。
(穂乃果に、痛覚などない)
(もう、貴女の苦悶の顔は見れないのですか?)
笑うだけの彼女に、魅力などない。
私は、ただひたすらに頭を抱えた。
?
笑顔?
そう、彼女の笑顔に意味はない。
笑顔?
魅力を感じない。
笑顔。
(…!)
そうだ。
彼女は、笑っていた。
(何故、穂乃果は笑顔になるのでしょうか)
答えなど、私が考えるまでも誰に聞くまでも、ない。
彼女には、感情があるからだ。
(穂乃果は、感情は失っていない)
私にとって盲点だった。
彼女の外的痛みだけに気をとられ。
内的痛みを見落としていたなんて。
(馬鹿ですね、私は//)
そうだ。
体を傷つけて意味がないのなら。
「内側から壊せばいい」
・
「穂乃果、遅いですよ」
「ご、ごめんね」
「まぁ、良しとしましょう」
「ありがとう」
次の日だ。
私は彼女を教室に呼び出した。
あの時と同じ、夕日が沈み行く中で彼女と私の二人きり。
「なんだか、久しぶりだね」
「?」
「何がですか?」
彼女は窓越しに、夕暮れに同じ色をした自身の髪をとかす。
「あの時も、この位の時間だったなーって//」ニコッ
「…そうですね」
貴女の瞳は相変わらずキラキラしていますね。
「…」
「それで、今日はどんな用事?」
ですが、安心して下さいね。
「もしかして…///」
「ま、またするの?//」
今すぐに、その瞳を曇らせてあげますから。
「穂乃果」
「なに、海未ちゃん?」
「…」ニコリ
「?」
「海未ちゃん?」
カチカチと音を鳴らし出てきたそれは、濁った自身に光を反射する。
「海未…ちゃん?」
ザシュ
「!」
「痛t…」
「な、何してるの海未ちゃん?!!」ダッ
私の右腕から滴る血液に、彼女が血相を変えて走り寄って来た。
「…」ザシュザシュ
「だ、駄目、海未ちゃん!!」ガシッ
腕を掴まれてしまいました。
「…」
「どうしたの、海未ちゃん?!」
「なんでそんな事?」
「や、止めて!」
「…嫌です」ポタポタ
自傷行為を止めない私に、半ばヒステリックを起こし抗議をする彼女に更に追い討ちをかける。
私は、とにかく刃を自身の体に滑らせた。
様々な所を切った。
「や…止めて海未ちゃん」
「死んじゃうよ…」
「…」
「なんで?」
「穂乃果だったらいくら傷つけても良いから!!」
「…///」
「う、うぅ…」
彼女は、そう言って膝から崩れ落ちる。
(さぁ、顔を上げて下さい)
「ほら、貴女の大切な物がどんどん傷ついていますよ?」
「このままでは、死んでしまうかもしれませんよ?」
「…」
(フフッ///)
「穂乃果…」
「…?」
「今、どうですか?」
「凄く…心が痛いよ」
「!」
「痛みなんて感じない筈なのに、凄く心臓が痛くてしょうがないよ…」
「あぁ…///」
崩れ落ちた彼女が私を見上げた表情は。
「その顔///」
あの頃に見た。
「あいたかったですよ、穂乃果///」
最高の顔。
穂乃果は、心臓を抑え必死に痛みを我慢しているような顔をする。
(思った通りです)
穂乃果に痛覚がないのなら。
傷つけても意味がないのなら。
私自身が、傷つけば良い。
穂乃果は、大切な私が傷ついていく様子に心を痛めているのだ。
(やはり、不死身とはいえ人間なのですね)
(安心しました)
教室に響くのは、床に染みゆく水滴音。
私の全身が痛みと快感で震えている。
「あぁ、穂乃果///」ダキッ
「海未…ちゃん」
苦悶の表情を浮かべる穂乃果があまりに愛おしくて、気付いた時には抱き締めていた。
穂乃果に痛みを与える際に気をつけなければいけない事は、適度な自傷だ。
やりすぎてしまうと、穂乃果の心が壊れてしまう。
そうなっては、苦悶顔は見れない。
ただの肉塊だ。
(少しめんどくさいですが、これも愛の試練ですよね)
痛覚のない穂乃果に与える、心の痛み。
「穂乃果」ササヤキ
これからも。
「ずっと、見せて下さいね///」
貴女の。
美しき苦悶顔を。
完