【キミの晴れ】
この場所に来たのは、大きな間違いだったのかもしれない。
好奇心によって、私は死んだから。
出会ってしまったんだ、貴女に。
・
「えっと、此処……かな?」
スマホと瞳に映る景色を見比べる。
「うん、やっぱり……此処だ」
間違いない。
白い花が咲いていたり、木葉が微かに茶色くなってはいるが。
ベンチも街灯も、写真の通りだ。
「…………誰も、いない」
「良いの、かな……」
確かに、今日は平日。
ただこんな広い公園に誰一人として居ないと言うのは、明らかにおかしい。
「すぅ……………はぁー」
緊張。
日差しの照る中で、冷や汗が背中を伝う。
私がここに来た理由は、それだけ本能的に逃走心を煽るものなのかもしれない。
「き、今日は……"晴れてる"…………ね」
私には、会いたい人がいる。
初めてそれを見たのが、この公園だった。
それきり会う事は敵わずにいたが、どうしても私は会いたかった、もう一度。
……今にして思えば。
一目惚れ、だったのかもしれない。
『__だね♪』
「!?」
『___たいよ♪』
「………ッ」
耳鳴り。
と言うには、透き通り過ぎていた。
弾むような、音がする。
「あ、ぁ………」
(本当に、いた)
『晴れだね♪』トンッ
「?!!//」ビクッ
先程まで眼前にいた筈が、突然背後から肩に手を添えられた。
「…ッ」バッ
『(笑)』
慌てて前に出て振り返ると、声の主はピアノを奏でるように笑った。
口元に手を当てて笑う様子は、聞いていた程怖くない。
「………やっと」
彼女は、形容しがたい存在。
三位一体で、掴めない。
それ故に、魅力的だ。
「やっと、会えました」
『えっ』
「ずっと……会いたかったです」
『………』
『たまらなくなっちゃうよ♪//』
警戒は解かず、睨むように見詰める。
言葉を聞いた彼女は、少しわざとらしく照れて見せた。
少し、可愛いかな……なんて。
「あ、あの!」
『?』
「そ、その………」
『何?』
「さ、差し支えなければ……お名前、教えてもらえませんか?//」
再び会えた時、まず聞きたかった大事な質問。
私が言葉を紡ぐ間、優しく待っていてくれる彼女の眼差しに顔が熱くなる。
『……私達』
『トライアングル♪』バッ
「!」
「トライ………アングル……」
クルッと一回転、舞台役者みたく両手を広げて名乗る。
それぞれの声色が綺麗に重なると、道化のように笑って見せた。
「素敵な……名前…………」
『たまらなくなっちゃうよ♪//』
『ドキドキ♪』
また笑った。
当の私は、遂に知ることが出来た響きのある名前を頭の中で何度も復唱し。
少しの間、呆けてしまう。
『ねぇ、ねぇ』
「……」
『?』
「…………」
『汝、ねぇ♪』
「ッ!」
「えっ、あ……はい!」
ボーッと突っ立ったままの私を、不思議そうに覗き込む。
視界に突然現れた顔の良い疑問符に、挙動不審な返事をしてしまった。
(つ……ついボーッと)
(へ、変に思われたり……してないかな?)
『ねぇ♪』ニコリ
「は、はい//」
そんな心配と裏腹に、まるで気にしていない微笑みが向けられる。
馴れない。
『私達、知りたいよ♪』
「?」
『私達、明日のお天気知りたいよ♪』
「………へ?」
少し幼さが残る可愛らしい声で、それは明日の天候を尋ねてきたのだ。
前触れが無さすぎて、こんなすっとんきょうな声だって出てしまうだろう。
「お、お天気……ですか?」
『♪』コクリ
「えっと、ちょっと待って下さい」アタフタ
心臓の鼓動を微かに残したまま、慌てて携帯を起動させる。
少しのタップとスクロールの後、表示された明日の天気に軽く指をなぞった。
「えっと……」
『ドキドキ♪』
答えの提示に、戸惑いを感じていた。
「雨……ですね」
『……』
『…………wow』
言葉を聞いた途端、それは期待の眼差しに溢れた瞳を雲で覆う。
やっぱり、駄目だったかな。
『心が泣きそう……』
「あの」
『何?』
「どうして、お天気を知りたいんですか?」
『……』
何か雨ではいけない理由が、ある筈だ。
なんとか出来るものなのか分からないが、彼女がくぐもった顔を見たくない。
『私達、明日のスケジュール……楽しみ』
「……スケジュールですか」
「!」
(それってもしかして……)
今にも雨を降らせそうな目元から、そこはかとなく察するものがあった。
恋人。
こんな二次元的で綺麗な女性が、明日の天候を気にする。
情人とのデートを楽しみにしていた、なんて想像に難くないだろう。
(恋人……)ギュ
裾を握る。
分かっていても、やはりツラい。
『君、ねぇ?』
「は、はい……」
『私達明日のスケジュール楽しみ、だから』
『明日のお天気、晴れにして♪』ギュッ
「!//」
白く透き通る両手から、彼女の温かさを感じる。
しかし、提示された懇願はあまりにも無理難題を極めた。
「あの、流石にそれは……無理です」
『…………』
降ってしまえば良い。
嫉妬心が明日を台無しにしてしまえば良いと、空に叫ぶ。
私は、最低。
「出来ません……私なんかじゃ」
「私なんかじゃどうする事も、出来ない……」
『……』
「すみません……力になれなくて」
あれ、なんか。
目頭、熱くなって。
「私には、無理なんですよ……」
貴女に恋をした。
釣り合う筈なんて、ないのに。
「明日の天気を晴れにすることも、貴女の笑顔を守ることさえも…………」ポロポロ
『!』
あーぁ。
私、雨降らせちゃった。
「……無理なんですよ」
貴女の心を曇らせた悔しさ、ただの片想いである悲しさ。
黒い感情が全部、大粒の涙となって溢れて止まない。
「ぅ……私なんかじゃあ、貴女とは…………」
『……ちゃう』
「ごめんなさ___」
『違う!』ギュッ
「___ッ!」
強く荒げた声が、刹那にして私を包む。
光から遅れて音が鳴るように、時間差で自分が包容されたことに気付いた。
「ぇ……あ//」
『ちゃう、ちゃう、ちゃうよ!』
「…………」
雨粒は頬を伝い、彼女の袖をじんわりと濡らす。
柔らかくて、あったかくて。
日差しのような、良い香り。
『私達、キミのこと好き!』
「…………ッ?!!/////」
「ぇ……へ?//」
思考が回らない。
突然射抜くように放たれた真っ直ぐな告白は、あまりに純白で唐突だ。
(ど、どういう……こと…………//)
『……一人でそんな抱えないで』
『キミの笑うとこ寝てるとこ、まるごと知りたいよ』
「……でも、もう」
心が頭よりも先に理解する。
彼女が、私に好意を抱いていた喜びを。
一緒に泣いてくれる貴女に、これほどの幸せは他にない。
だが、心晴れても空は晴れない。
気持ちだけで、天気は変わらない。
『………』
『一人では広すぎて、心が泣きそうなステージでも……』
「!」
抱擁が解かれ、目と目が映し合う。
三色に光るマーブル模様の煌めきが、私の涙さえ受け入れた。
もう一つの太陽、それ以上に輝かしい。
『私達なら、いける気がするの♪』ニコ
「……ッ」
「私達……なら?」
なんて、不明瞭で非現実的な言葉だろう。
なんで、こんなにも心がポカポカとするのだろう。
その笑顔に魅せられて。
「……フフッ」
「……//」ギュッ
今なら、どんな天気だって描ける。
そう思えて、止まらない。
『……♪』コクリ
そうだ、それで良い。
とでも言うように、頷く彼女もやる気十分だ。
『一緒なら、いろんな風景作れちゃう』
『いけるね?』
「はい!」
気づけば胸が、あったかくなっていく。
『キミだけが持っている輝きを知ってる♪』
wow
「私達だけにしか、創れないヒカリを___!」
絡み合わせた手の平が、熱を帯びていく。
それが全身に伝わって、駆け巡るヒカリが二人を照らす。
『!』
「__ッ!」
「光が……」
眩しさの中に浮かぶ姿。
描こう、晴れを。
「……雲が、消えてく」
奇跡、それしか表す言葉がない。
祈り、それはただの行為じゃない。
黒く塗りつぶした絵の具は流れ落ち、晴天のキャンバスが笑顔を見せる。
「…………やった」
『……晴れだね♪』
「やった、やりました!」
『(笑)♪』
昔、聞いたことがあった。
人は、それぞれ天気を持っていると。
『ねぇ♪』
「?」
「は、はい……?」
心に持つ天気を信じることが出来た時、どんな空色でも描けると。
虹にだって、なれる。
『♪』チュッ
「__ッ?!!////」
柔い肉が触れ合うと、甘酸っぱい大空が何処までも澄みきった。
『私達、何があっても一緒だよ♪』
「…………は、はひ/////」
その微笑み、やっぱり馴れない。
・
『ねぇ、ねぇ♪』
「はい」
『今日、晴れだね♪』ギュッ
「……そうですね」ギュッ
昨日出会った公園は、今日とて晴れだ。
恋人繋ぎの幸せが、汗にじんわり溶けて心地よい。
『♪』
「?」
『私達、明日のお天気知りたいよ♪』
『……教えてね♪//』ササヤキ
「!///」
「……」ニコリ
昨日、今日、明日。
「もちろん…………」
貴女が望むなら、いつまでも。
「晴れです♪」
完
(ED曲「Dye the sky」)