新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【小説】Love Lost #11

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『ロヴェ、見てくださいアレ!』

 


「……フッ」

 


首輪を物ともせず飼い主を引きずる犬のように、強く握られた手が私をリードする。

 


『色々な人が居ますよ、ほら!』ワァ

 


「あぁ、そうだね」

 


『あの人とっても首が長いです!』


『あっ、あの人はとても綺麗な青い肌をしていますよ!』

 


目新しい物全てを、肉親と共に知りたい子供。

 

キラキラとした目で初めての物を指さす彼女は、紛れもなくそう見える。

 


『わぁ、ロボットもいっぱい居ます!』

 


「流石に、今日はいつも異常に様々な人や物が行き交っているね」フム

 


数千と歩き話す万物達は、正に十人十色と呼ぶに相応しく。

 

まるで一人一人が違う種族かのように、異質な生態は飽きさせない。

 

 

 


科学の産物。

 

私が生まれる前より発展しだした世界だったが、あまりに肝心な事を見逃していた。

 

急速に進化する技術に後処理が追い付かず、高濃度の有害物資を人間は浴びることとなる。

 

直接浴びた者のみならず子々孫々にまで、汚染による様々な影響は及ぼされた。

 

ある者は異様に体の部位が長くなり、ある者は人智を越えた身体能力を手に入れ、またある者は歳をとっても容姿が変化しないままに。

 


或いは。

 


『全身真っ黒な鎧に身を包んでいる方も居ますよ、凄いです……!』ニコリ

 


こういう、変人を生み出したりもする。

 


「エネルギーラインか……緑の発光が、中々に美しい」

 


『はい、とても綺麗です!』

 


「ククッ……随分楽しそうだねぇ」ニタ

 


しかし、あろうことか王はそれを

「科学が大きく進歩した証」として、肯定的に受け取るよう促したのだ。

 


『あ……えと……//』


『す、すみません……つい///』アセアセ

 


結果的にその誑かしは上手く行き、人々は汚染による突然変異を受け入れてしまう。

 

今や、より独特な奇形であればある程チヤホヤされる等、一種のファッション性も見出されている始末。

 

その為か、差別も殆どない。

 


「いや、構わないよ」スッ

 


『……!//』

 


「それに子供のようにはしゃぐ君も、実に愛らしい」ササヤキ

 


『ろ、ロヴェ……もう///』

 


無論。

 

私がルートとなってからは、有害物資の出ない世界にしたけどね。

 


『ハッロー、みんな~♪!』

 


『ッ!』


『あれは、イザナギ様』

 


触れあう熱を遮る如く。

 

国の中心、巨大粒子モニターに一人の少女が映される。

 


「相変わらず、騒がしいヤツだ」

 


『相変わらず、大人気です♪』

 


脳全体をほぐすような声色と笑顔に、ファン達は歓喜の雄叫びを轟かす。

 


『うんうん、皆と~っても良いお返事だね♪』

 

『SIEVEが始まるまでもう少しあるからね、それまではフェスティバルを思う存分満喫するんだぞっ☆』キラッ

 


地面が揺れる元気な挨拶に世界アイドルは嬉しそうに頬み返すと、またも激震が国を覆い尽くした。

 


「祭は良いが、この怒号にも似た歓声は好きになれないな」

 


『姿形は違えど、しっかり統制がなされている……』


『これが、世界アイドル……』

 


「……」

 


耳をつんざくガヤに少々顔をしかめた私だったが、それとは対照的に。

 

彼女はマゼンタに幾千の色を映し、感動を示していた。

 


「さて……」


「さっきアイツが言ったように、SIEVEまでにはまだ時間がある」

 


皮膚の内から淡く表示される時刻を確認し、隣の少女を見下ろす。

 


「色々、見て回ろうか」

 


『はい、ロヴェ♪』ニカリ

 


期待に目を細めて笑う君。

 

その表情につられ、私もただ静かに微笑んでしまった。

 


 


『当たり前のことではあるのですが、ランの方も多々見られます……』

 


四方に映された世界アイドルのビジュアルモニターと、推しに身を包んだ信者達。

 

人気曲が垂れ流される王国の屋台街を、二人並んで練り歩く。

 

その中には、華やかな同じ衣裳を纏うグループがチラホラ見受けられた。

 


「祭は飽くまで余興……SIEVEこそ本日のメインイベントだからね」ニヤ

 

 

 


夢の舞台、SIEVE。

 

"未来あるアイドル達の選別"を目的として、イザナギ主催のもと行われるイベント。

 

春夏秋冬4回にわたって開催し、最後まで勝ち残った一ユニットのみが"アイドル"と名乗ることを許される。

 


『緊張、するのでしょうか……?』

 


「人生を賭けた大舞台、多少の緊張と不安は付き物さ」

 


未来のアイドルは"ラン"と総称され、存在意義の為がむしゃらに奏で歌った。

 


『今回、一体何名が勝ち抜けるのでしょう……』

 


残酷にも世界魅了者がただ自身の優越を確認するべく開かれていた、独壇場だとも知らずに。

 


『そういえばロヴェ』

 


「ん?」

 


目線を向けると、見上げる瞳。

 

嗚呼、照明の浮かぶその眼球は何故。

 


『先ほど話しかけてきた二人組のランユニットへ、激励を送っていましたね』

 


そんなにも、美しい?

 


「……ああ」


「まぁ、激励と言うには如何せん簡素だったが」

 


危うく言葉を文章として、脳が処理出来なくなってしまう所だったよ。

 


『Dr.デウス直々のエールですよ?』

 

『謙遜なんて、ロヴェには要りません♪』

 


世界を背負う者を周りが支持する声の中、彼女だけは私を推している。

 

当人よりも自慢気な顔は、私の言葉全てを神託だとでも思っているらしい。

 


『それにしても珍しいですね、ロヴェが誰かを応援するなんて……』

 


覗き込むように見つめる目が、イタズラに表情を遊ばせる。

 


「ククッ、中々に酷い言い方だね」ニヤ

 


私達に似た、身長差が目立つ二人。

 

託した言葉はとても簡潔で、


―君達ならきっと、イザナギを越えられる―


たったそれだけだ。

 


イザナギ以外の映らない世界とモニターには、限りなく倦怠を感じている」

 

「だから誰でも良い、イザナギを打つ者が現れたなら多少は面白いかと思ったまでさ」ニタ

 


確かに、一方の少女から感じたものは彼女のそれと類似していたようにも思える。

 

1割の"もしかしたら"は、本当に意味を含んでいたかもしれない。

 

だが、飽くまで不可能を基準として。

 


『利己のため無理だと分かっている事柄に、中身のない後押しをするなんて………』


『フフッ、ロヴェも酷いお人ですね』ホホエミ

 


分かりきっていた理由に、あえて彼女はおどけて見せた。

 


「フン……表情が言動と一致していないようだが?」ニタ

 


私も、あえて引かれた線をなぞる。

 


『……当たり前です』

 

『それも含めて、好きなのです//』

 


「ククッ、知ってるよ」ニヤ

 


『……///』

 


見せつけるようにギザ歯は微笑んで、マゼンタに科学者の嘲謔が映る。

 

君は、何処から何処までの私を愛しているのだろうか。

 


『!』


『ロヴェ、あれは何ですか?』

 


「?」

 


染めた形跡の残る頬。

 

愛しき横顔が差し示す先、空腹を誘う匂いは一店の屋台だった。

 

か細く揺れ人々を誘い込む煙の元、香ばしく焼けた右腕が綺麗にぶら下がる。

 


「ほぉ、シザーミートか」

 


『シザーミート……ですか?』

 


「そう、シザーミート……分かりやすく言えば食用の人肉さ」ナデ

 


小首を傾げ、唇に指を置く小悪魔。

 

自覚のない扇情の煽りを、撫でて緩和させる。

 


『人肉……人間も食べられるのですね』ホゥ

 


「人間も牛や豚なんかと同じ肉塊、焼くか蒸すかすれば喰える」

 


全ての生物は等しく並列。

 

人が人を食べる事に、何の不思議もない。

 


『ロヴェはシザーミートを、食べたことありますか?』

 


「……………1度だけね」

 


※#@%?※@……!

 

?※ロi?%@#zあ………。

 


「……食べてみるかい?」

 


『ッ!』


『はい♪』ワァ

 


人肉が未だに肉製品でトップの人気を誇るのは、同じ味がないからだろう。

 

育て方だけではなく愛の大きさによっても、味は大きく変動する。

 


「あわっ」ドス

 


「おっと」

 


「す、すみません……って」


「ろッ………デウスさん?」

 


「?」

 


「あ……えっと……し、失礼します!」ペコリ

 


そう言うと、突然現れた少女は足早にその場を去った。

 


『何やら驚いた様子でしたが、お知り合いですか?』

 


「あんな特徴的な格好、一度見れば忘れないはずだよ」

 


 


「はい、熱いから気をつけるんだよ」ニコ

 


『ありがとうございます、ロヴェ//』ニパ

 


店主から受け取った右腕の1つを、彼女に手渡す。

 

屋台ということもあり、サイズは食べやすい少女期の肉が使用されている。

 

串代わりにそのまま骨が持ち手となっている為、なんとも原始的な雰囲気だ。

 


『では、いただきます♪』

 


人肉は主に、"食用として育てられた物"と

"食用と知らずに育てられた物"の2種類。

 

前者は「意思」を持たない故に会話ができず、最大の欠点として「反抗」しないので安い。

 

後者は"普通"に育てられたことで、当然意思を持ち会話をする。

 

最大の目玉として反抗し喚く為、とても人気があり高い。

 


『はむっ』

 


貴族クラスになるとその場で調理をし、皆で食すそうだ。

 

その際は、"悲鳴が聞こえなくなるまでお喋りをしない"ことがマナー。

 


「どうかな?」

 


『ん~っ、とても美味しいです!』ホワァ

 


「ククッ、それは良かった」

 


大きく開けた割に小さな一口、腕に付いた歯形が可愛らしい。

 

頬っぺに手を当て目を細める君は、更に愛おしかった。

 


「……」アムッ

 


眼福をスパイスに、私も肉を頬張る。

 

見た目に習い少々豪快な引きちぎりで、口内へと肉片を運ぶ。

 


「………なるほど」

 


『どうですか?』

 


「やはり、特徴的な味だね」

 


質感は硬め。

 

広がる肉汁に混ざった独特の臭みと、後に残る

酸味。

 

最後まで鎮座する皮は、飲み込むタイミングを見つけずらい。

 


「しかし何というか、クセになる感覚だ」

 


『そうですよね!』

 

『思い出した時にふと無性に食べたくなる、そんな魅力があります♪』

 


「ああ」ニヤ

 


満足げなマゼンタをしり目、次に小指を付け根から頂くと。

 

コリコリとした骨にバリバリとした爪がアクセントに足され、より独特に奥行きをもたらす。

 

例えるなら、虫を焼く際に使った枝ごと噛み砕いている感覚。

 


(しかし……よもや、もう一度食べることになるとはな)バリボリ

 

「ン………」

 


口を止めた、鮫の喰い跡が残る四つ指の焼き腕。

 

人は食事に対しても、癖を作るらしい。

 


「…………」

 


『はむっ、あむっ♪』モキュモキュ

 


ふと琥珀を向けた白藤の靡き。

 

実に愛らしく、美味しそうに肉をしたためて行く少女が一人。

 

だがその本能的な啄みとは裏腹。

 

支えとして添えられたパールホワイトの手、口元についた油分を舐めとる妖艶なる細舌。

 

野性的なる美、生物における完成形がそこには存在している。

 


『どうされました、ロt___』

 


そして気付いた時。

 


「……」

 


私は既に、君の唇を塞いでいた。

 


『___ンッ///』

 


「………」

 


程よい苦味と、残る酸味。

 

彼女の肉は柔らかく、温かい。

 


『ア……』

 


自分自身の弱さに呆れながらも、1時間にわたる数秒を静かに離す。

 

間際見せた、物寂しさに惚ける彼女に、胸が品良く高鳴った。

 


「すまない、つい………//」

 


『い、いえ……そんな…………///』

 


久しく、恥ずかしさに顔が熱い。

 


「……ククッ」

 


『……………えへへ///』

 


心から、互いに笑いが出る。

 

嗚呼、なんと幸せなことだろうか。

 

甘い甘い空間、酸味の肉塊も流石にケタケタと苦笑い。

 


「なぁ、ング」

 


『なんですか、ロヴェ?』

 


骨から滴る汁にテカりを発していない方の手を、そっと握る。

 

相変わらず、華奢で美しい。

 


「私は君を、愛している」


―@#イザ%?※愛?:s―

 


ムードで変わる程、この言葉は重くない。

 

擦られて、何枚にも積まれたハートインクのコピー紙。

 

FAXで送った定型文には、同じく定型文が返ってくる。

 


『ワタシも、心より愛しています///』ホホエミ

 


知っているさ、そんなこと。

 

だが聞きたいのだ、その声で。

 

私を愛する人の声で。

 


「……フッ、愚問だったかもね」ニタ

 


『ええ、実に分かりきった事実ですから♪』

 


ガダダガと信者の轟は、もはやただの環境。

 

漂う香りと焼けるリズム、モニターより聞こえる上々声も自然。

 

思い出したように、恥ずかしさを誤魔化すべく、二人で肉を噛る。

 


「おっと、そろそろ始まる時間か」

 


皮膚の表示は予定の時間15分前を示していた。

 


『……行きましょうか、ロヴェ//』

 


手を繋ぎ、歩き出す。

 


「ああ」

 


そう頷き、次の一口を運ぼうとした刹那。

 


____ッ?!!

 


『「!?」』

 


背中から聞こえた、多数の悲鳴と破壊音。

 

比喩ではない。

 

耳をつんざく叫びは、今実際にこの場所で鳴り轟いている。

 

青い影と共に。

 


『あれは……!』

 


「ほぅ、量産型か」

 


20体もの青いパンクファッションの群れ。

 

軽快に飛び回るたび燻し銀の長髪が揺れ、微かに残る赤目の軌跡と共に木屑が散る。

 


『ロヴェ、前方上空から来ますッ!!』

 


「___くッ」

 


暴虐により粉砕された瓦礫が舞い、埃として景色を上書きする中。

 

私が察知し彼女も気付くと同時、防いだ腕に痛みが走る。

 


『大丈夫ですか、ロヴェ……!?』

 


「問題なし」カロッ

 


『そ、それなら良いのです』ホッ

 


褐色の腕を投げ捨て、包みを外した棒付きキャンディをすかさず納刀。

 


(不味い)

 


唾液で溶かされた飴は甘味を流し、あろう事か肉の残味と混合。

 

当然、最悪の味だ。

 


「しかし、驚いたな……」ニタ

 

「お前ら機械に、戦闘システムを組み込んだ覚えはないのだが」ニヤニヤ

 


だが、想定外な事だって起こる。

 


『知らぬのなら、知ればいいだけだ……』

 


『「ッ!」』

 


徐々に色彩を増して行く、砂埃の中揺れるシルエット。

 

ブーツが煉瓦をこずくより他、耳を疑う衝撃が空気振動で伝う。

 


『しゃ、しゃべった……』

 


『機械が喋る事に、この世界はなんら疑問を持たぬはずだが?』ニッ

 


あり得ない。

 

だが、事実。

 

粉塵の霧から現れたソレは、明らかな機械音声で笑って見せる。

 


「へぇ………」ニタ

 


『久しぶりだな』


『Dr.デウス………いや、ロヴェ』

 


酷いノイズ混じり。

 


「ガラクタが、私達に何の用件だい?」

 


隣に立つ白藤の少女が、頬に汗を流している。

 

動揺。

 


『……ガラクタじゃない』

 


「……」

 


『ラヴ』

 


『「?」』

 


まるで勘にでも触れられたように、赤いメインカメラが我々をキツく睨む。

 

握られた拳は音をたて、それを合図に集まる鉄の荒くれども。

 


『ワタシの名は、ラヴ』

 


遠くより、催しを地下へ移動するアナウンスが聞こえる。

 


「………」


『ラブ……?』

 

 

 

『ワタシの用件は、ただ一つだ』

 

 

 

男女が合成されたぎこちない機械声は、ゆっくりと胸へ手を翳す。

 


そして、こう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ワタシは、愛が欲しい』

 

EP.11【ラヴ wants it】