新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【小説】Love Lost #6


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EP.6【ミクロジーニアス】

 


この世界には、3人の神が存在する。

 


数百年単位の発展を数年で成し得た天才科学者。

 

"不治の病"という言葉をなくした医学者。

 

謎に包まれた、世界の魅了者。

 


世界の根本を変え、世界の根本を支える存在。

 


人々は彼女達を、【ルート】と総称した。

 

 

 


今や傍観するだけの偽神に、信仰心を持つ生物は存在しない。

 


地を歩く神々を知る民は、自身を創造した母神を悪魔と呼ぶ。

 


 


『では、今から会いに行くのがそのDr.ヌゥン様なのですね』

 


「ああ、そうだ」

 


荒れた大地に付いた足跡は、次の日には消えている。

 

何度歩いたこの道も、巻き起こる砂ぼこりが全てを無に返すだけ。

 


『ロヴェと同じ、神と呼ばれる存在……』

 


「緊張するかい?」

 


『少しだけ……しかし、楽しみの割合の方が多いかもしれません』

 


「そうか」

 


隣を歩く少女との、行き道の会話。

 

酷く些細で面白みがないはずなのに、君はほんのりとした笑顔を向ける。

 


「……」

 


君は、土を泥にする水。

 

泥ならば、この足跡を残すだろう。

 

 

 


「おっと」

 


『す、凄い人だかりです……』

 


スラムに着くと、公開処刑でも行われているのかと思う程、一点に集まる人間が賑わっている。

 

しかし、よく聞けばその歓声は黄色く。

 

罪人への哄笑と言うより、神に向ける讚美と言う方が近いだろう。

 


「ククッ、相変わらず分かりやすくて助かる」

 


『?』

 


「…………おや?」

 


群がる村人に対応していたシルエットが、ようやく私達の存在に気づく。

 

高いが故に、逆光がよく当たる。

 


「久しぶりだな」ニタ

 


『!?』

 


「やぁ、久しぶりだね……シャーク」ニコリ

 


埃を払うような手振りに、現れた造形美は紳士的な身振りで返す。

 


『……そ、そっくりです』

 


「ああ、そこのお嬢さんがング君か」

 


人混みから一時的に抜け出した姿。

 

身長2m弱に見合う整った顔立ち、白い肌は羽織っている白衣も敵わない。

 

結ばれた癖毛の金髪が、光を映す砂漠さえ嫉妬させる。

 


『あ、えっと……は、はじめまして』


『Dr.ヌゥン様……!』ペコリ

 


「フフッ、初めまして……か」

 


『?』

 


「いや失敬、こちらこそ初めまして」

 


エメラルドよりも希少な瞳が、マゼンタの国宝を見下ろした。

 


「改めて、ボクの名前はDr.ヌゥン」


「……以後お見知りおきを」

 


垣間見える歯は、ギザギザと鋭くない。

 

見た目に反した少しばかり幼い声は、誰もが面をくらうだろう。

 

まぁ、面にも喰われるだろうが。

 


「それで……用件はなんだ、ゾウリ」

 


『?』

 


「ああ、それは……」

 


「「「キャーッ、デウス様、ヌゥン様!!」」」


「こんな凛々しいご尊顔が二つと存在するなんて、なんて贅沢なの!?///」


デウス様とヌゥン様の並ぶ姿が見られるなんて、もう死んでも良いわ!!//」

 


物事は手短に。

 

久しぶりの顔合わせと言えど、世間話なんて興味はない。

 

しかし彼女が切り出そうとした刹那、話は黄色い阿鼻叫喚に書き消された。

 


「フフッ、いつ来ても此処は賑やかで好きだ」

 


「……場所を変えるか、行くぞング」

 


『はい、ロヴェ』ニコ

 


 


「最大限の人間らしさを目指す、文字通り変わらないスラム街……」

 

「均一な喜怒哀楽、これ以上落ちることのない底辺だからこそ出来る連携」

 

「本当にこの場所は、居心地が良いね」

 


街の中央に聳える風車の付いた灯台

 

転倒防止の柵に肘を付き、語る彼女の砂塵を歓迎の風が揺らす。

 


「それは"民を見守る"神の視点か?」ニヤリ

 


「いや違う、手を差し伸べる救済者の視点だよ」

 


ケタケタとおちょくる琥珀に、至極当然の如く言い述べる。

 

これが、いつもの定型文。

 

我々は人の手に触れられる。

 

なら観ているだけでなく、救うことこそ真に神と言えるだろう。

 


『歩く人々が、とても綺麗です……』

 


「ングには勝てないけどね」ナデナデ

 


『ロヴェ……///』

 


靡く藤色の少女。

 

行き交う人々に微笑する顔は、正に女神と呼ぶに造作もない。

 

神である私の愛人なのだから、当然か。

 


「それじゃあ、そろそろ用件を述べようか」ニコ

 


「ああ」

 


「……兎にも角にも、まずはこれを」スッ

 


白衣の内ポケットに吸われた右手が次に姿を現した時、陽の光を何かが反射した。

 


「これは……」

 


「君の物だろう?」

 


奪い取るように手にしたそれは、雨上がりのアスファルト

 

コールタールの虹色は、歯車の中で抽象的に犇めいている。

 

どこか伝う、命の脈動。

 


『……綺麗』ホゥ

 


「ククッ、触ってごらん」

 


『良いのですか?』

 


興味を示す君に、また湧いた少しばかりのイタズラ心。

 


「はい」

 


『__ッ!』


『か、軽くて……とても柔らかいです……』

 


湧水を掬うような白い器に、落とした金属がフワリ添えられる。

 

豆鉄砲を食らった鳩は目を丸くして、羽根を散らしながら飛んでいく。

 


『まるで、ゴム塊みたいです……』ムニムニ

 


そんな言葉が合うように、彼女の驚いた顔は実に可愛らしい。

 


「それは、"ピリオド"という合金さ」

 


『ピリ……オド………』

 


「特殊配合で創られたソレは、私だけが生み出せる代物」

 


世界、宇宙、何処にも本来存在し得ない。

 

偽神が無から創造したダイヤモンドより、それは強固で柔軟だ。

 


『つまり、唯一無二の……金属』

 


慄くように、円柱を楕円に瞬かせる。

 

感服するように見詰めるマゼンタが、光沢のイザベラを赤面させた。

 


「………へぇ」

 


『?』


『ど、どうかされましたか……ヌゥン様』

 


「あぁいや、失礼」ニコ

 


相対的に黒く見える私の肌に柔い金属が戻されると、注視する白神が微笑する。

 


「ング君は、とても人間らしいと思ってね」

 


『!』


『………』

 


知らぬ者を罪として、知る者を称えた愚かさ。

 

知識を求める行為こそ、無垢なる子羊の人らしさ。

 

万物を持つ生物は、化け物と呼ぶ。

 


「当たり前だろ、ングは人間だ」ダキッ

 


『ひぇッ、ロヴェ?///』

 


強く肩を抱き寄せて。

 

巨体に全身が触れる君が、嬉しさに憂いた瞳で見上げる。

 


「フフッ、そうだったね……すまない」

 


 


「それで、これは?」

 


「屋敷の残骸で発見したんだ」

 


試しに光の反射を目に向けてみると、エメラルドが輝く。

 

ただ、それだけ。

 


「屋敷?」

 


「うん」


「国へ向かう途中、えらく中途半端な損壊を見かけてね」ニヤ

 


「……なるほどな」ニタ

 


隣でそっと私に触れている少女も、どうやら今の言葉を理解したらしい。

 

中途半端なんて、エンターテイメントとして面白くないからね。

 


「だから気になって調べてみたら……」

 


「試作型が転がってた、と」

 


「そう♪」


「解体してみたらこのピリオドが使われてて、確信したという訳さ」

 


国へ向かう道にある屋敷は、特に狙っていなかった場所だ。

 

模倣だろうが、それにしては少し知性を感じられない。

 

"屋敷"という言葉だけをピックアップして行動している。

 


『ロヴェ、先日伺った屋敷の主が言っていたあの言葉……』

 


青い機械人形達。

 


「大方予想はついていた」

 


「しかし、一体誰が…………もしかして彼女だったりしてね」ニヤリ

 


下唇に親指の爪を当てていた彼女は、結果を知りながらあえて発言してみる。

 


「それはない」

 

「アイツにそれをやるメリットは、0だ」

 


『……アイツ?』

 


即座の否定に、揺れる金髪がケタケタと白い歯を垣間見せた。

 


「随分信頼しているね、シャーク」

 


「ゾウリ、お前が私を疑わないのと同じだ」

 


「フフッ、なるほどね」

 


『………』


『…………あ、あの』

 


トタンを貼り合わせた粗末な風回りは、微風に微かギシギシと音を起こす。

 

耳障りだが何処か落ち着くそんな雑音に、小さな霊妙の呼ぶ声がした。

 


「どうしたんだい、ング?」

 


『すみません、先程から気になっていたのです

が……』

 

『お二人が互いを呼ぶ時に使う、その呼び名

は……?』

 


「あー、説明していなかったね」

 


神々の会話を塞いでしまった事に罪悪感を抱く、少女の疑問。

 

そんなに躊躇う必要はない。

 


「フフッ、これは愛称さ」

 


『愛称、ですか?』

 


「君の愛人、鮫のようにギザギザとした歯をしているだろう?」ズイッ

 


「んが」

 


突然の事に反応が遅れ、次の瞬きをする頃には白い指が頬を伸ばす。

 

言葉の説明では飽き足らず、実物を介した説明に情けない声が出た。

 


「おひ、ひゃめろ」

 


『……』

 


「とまぁ……由来はこんなとこさ」

 


少女の黒い気を感じ、指は直ぐ様口内への滞在をキャンセルする。

 

舌を遊ばせると、ほんのり塩の味がした。

 

キャンセル料金を支払わせたいところだ。

 


『……』


『えっと、ではロヴェは……?』

 


「ゾウリムシだ」

 


丸い水晶体をパチクリと開閉させる彼女が、何処か戸惑う。

 

そんな事は、知っていると。

 


『で……ですがゾウリムシとは、目に見えないミクロ生命体』

 

『ヌゥン様には些か不相応ではないですか?』

 


「うーん、確かに………今はそうかもしれないねぇ」ニタ

 


私の妻はコロコロと表情の変化が楽しめる、だから答えの提示を焦らすのさ。

 

眼前にいる同じ背丈に目配せすると、瞳が理解して口角を上げる。

 

教えよう、その訳を。

 


「__ッ」ガタ

 


『ヌゥン様ッ?!!』

 


私の真横、長身が視界から消える。

 

女性の突発的な死にしては、少々無様に過ぎる崩れ方。

 


(そういえば、前国王は民に銃殺されていたが……こんな感じだったな)

 


『ヌゥン様、ヌゥン様!』


『しっかりしてください!』

 


「………」ニタニタ

 


輝きを失った瞳はグレーへと変わり、河川敷に転がる石と化す。

 

訳が分からず、崩れた巨体を揺らし呼びかける少女にニヤニヤが止まらない。

 


「心配する必要はないよ……ング君」

 


『……ッ!?』


『ヌゥン……様?』

 


聞き覚えのある声。

 

しかし屑鉄になった彼女は、今だ生気を取り戻しそうにない。

 

むしろそれは、少女の背後から聞こえたように思えた。

 


「実に良い反応だったよ♪」

 


『……へっ?』

 


キシキシと木目が走る板が軋む。

 

科学者らしい喋り癖から逆光が解け、現れた人影を見下ろした。

 


『ち、小さい……?』

 


「フフッ」

 


『こ、これは……どういう?』

 


光るエメラルド、白衣よりも白い肌、揺らめく金髪は砂漠も敵わない。

 

しかし、神と呼ぶにはあまりにも。

 

小さな少女が現れた。

 


「その小さいのが、本来のゾウリだ」

 


『では、先程まで話していたのは……』

 


「それは世間に映るボク、言ってしまえば仮初めの機械器さ」

 


ほんの一時前まで、整った顔立ちが放つ幼い声に感じていたギャップ。

 

それが今は嫌でも良く似合う。

 

周りから見れば、大人ぶった子供が白衣に着られて単語を羅列しているようにしか見えない。

 


『そう……だったのですね』

 


まだ少し戸惑いが消えていないが、取り敢えずは納得したらしい。

 


『か、可愛いです』ナデナデ

 


「フフッ♪」

 


「……」ニヤ

 


見上げていた物が見下ろす存在に変わったのだ。

 

ちんまりとした愛らしさに、愛でない訳にはいかないのだろう。

 

彼女も同様に。

 


「ング、言い忘れていたが……ゾウリは私よりも年上だぞ」ニタニタ

 


『ッ!?』バッ

 


「フフフッ」

 


『す、すみませんでした……ヌゥン様!』

 


「構わないよ♪」ニヤ

 


私には良く分からないが、人間は長く生きる者を慕う傾向にある。

 

力や知恵の高さではなく、増えたシワの数が見定める判定となる。

 

彼女は私より年上だと知った途端、自身よりちんまい存在に謝罪した。

 


(……実に、人間だね)

 


何よりも、嬉しい。

 

過去の言葉や作法に囚われた哀れな人間と、同じ仕草を見せる君が。

 


「さて、これで理由は分かったかい?」

 


『えっと……はい』コクリ

 

『……しかし、ヌゥン様はどうしてそのような身長に?』

 


「科学の産物さ」

 


女性の中には、背丈の低い者がいる。

 

だが三人の中で最も人生を生きる彼女の容姿は、ただ小さいだけでなく若々しい。

 


『科学の………産物?』

 


「ボクの両親はスラム育ちでね、科学の発展が促す汚染をモロに浴びていた」


「それは産まれたボクにも影響を及ぼし、歳と容姿が比例しない体になってしまったのさ」ニコリ

 


『………そ、そんな』

 


「……」

 


口に手を当て、憐れむように言葉を渋る。

 


『ならこの愛称は……その…………』

 


「ああ、その事なら気にする必要はないよ」


「ボク自身、この愛称を気に入っているんだ」

 


人が聞けば同情するような昔話の後、それを揶揄するようなアダ名に彼女は疑問を抱く。

 

しかし、返ってきた返事は肯定。

 


「今までボクを知る人間は、同情から優しく、腫れ物を扱うように接してくれた」

 


でも。

 

そう次の言葉を紡ぐ。

 


「シャークだけは、ボクの体をバカにしてくれた」

 


皆が皆、足りない何かをコンプレックスに思っている訳じゃあない。

 

自分ではなんとも思っていない部分に、憐情や情けを掛けられる。

 

勝手に始めた優しさが、愚弄する人間に怒りを向けて口論が起こる。

 

本人は何も言っていないのに、周りが固い頭で自己解釈して動く。

 

それこそが辛いと感じる人間の居る事を、知らない奴らは最も悪質だ。

 


「それが、本当に……嬉しかった//」

 


「……」フイッ

 


小動物が飼い主に向ける潤んだ目線から、私は直ぐ様目を反らす。

 


『……やはりロヴェは、優しいです///』

 


「優しさじゃないよ」

 


依然として明後日に目を向けるが、つい口角は上がってしまう。

 


「……でもね」


「人が皆、シャークのように能力だけで決めてはくれない」

 


「……」

 


人間は、容姿に拘る。

 

大切なのは中身だと、そう言っていた奴らは美男美女だった。

 


「高い背は何かと動きやすい」

 

「ボクが機械器で大衆の前に出る理由は、それだけさ」

 


『確かに小さいままだと見つけづらいですし、威厳も感じづらいですからね』ニコ

 


この笑顔は、本来なら悪意と取られるだろう。

 

……本来なら。

 


「フフッ、そうだね」ニコリ

 


「ククッ」

 


間違いと正解は、心情において何の役にも立ちやしない。

 

肯定だけが人を救えるか。

 

否定だけが人を殺せるか。

 


 


「用件が済んだのなら、帰らせてもらう」

 


愛人が他の神と目線を合わせている事実に、半ば嫉妬もあったのだろう。

 

もちろん9割型は"時は金なり"だと、聞いてもいないのに言い聞かせた。

 


「久しぶりの再開と新たな女神に、少々浮かれてしまったよ♪」

 


スラムの中心で鳴る声援を左耳から流し、再び私と目線の合う彼女から白い歯が垣間見る。

 


『今日は、お会い出来て良かったです』ペコリ

 


隣を見下ろすと、会釈をする少女の藤色が砂に揺れた。

 


「帰ろうか、ング」

 


「おっとそうだ………ング君」

 


『?』

 


ハッとしてコチラに近付く口元は、見れば直ぐに分かった。

 

私にとって良くない事だと。

 


「耳を拝借しても?」

 


『えっと……はい………?』

 


「………」

 


モスキートレベルの周波数で話す会話は、白い頬を染める。

 


「行くぞ、ング」ギュッ

 


『へっ?!……は、はい!///』ギュッ

 


内容は聞かない。

 

きっと後で分かるから。

 

 

 


「ング……」

 


『どうしました、ロヴェ?』

 


君と歩く帰り道だけは、何も考えない。

 


二人で歩く事だけが、幸せだから。

 


「砂、目に入らないよう気を付けるんだよ」

ナデナデ

 


『……////』

 

 

 


気にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


三体目の足跡を。