新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【小説】Love Lost #2


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EP.2【今宵の君は】

 

 

晴天の中聳える石城は、その室内を少量の日光で申し訳程度に照らす。

 


キーボードと多数のモニターへ立ち向かうのは、たった一人の科学者。

 


その周りを、パンクな青服の機械少女達が世話しなく行き交っている。

 


濁った銀髪が4〜50余り、思考もなくただ歯車だけを動かしていた。

 


 


「………」

 


キーボードの入力音に交じり、カロカロと棒付きキャンディの合いの手が入る。

 

味は、強いて言うなら甘い。

 

当たり前だ、これは効率的な糖分補給であり、私自身甘い物に執着はない。

 


「……もう終わったか」

 


少し苦い強化プラスチックの棒を口から摘まみ出すと、妙な哀愁にポツリ言葉が漏れた。

 


「はむっ」

 


噛み跡1つない棒を水に溶かし、新たなキャンディを口に咥える。

 

飴は、絶対に噛まない。

 

噛んでしまう事が、私自身の終わりと知っているからだ。

 


『アルジ様』

 


「………」

 


『アルジ様は、沢山飴を舐めるのですね』

 


「………」

 


『この方達は、ワタシに似ています』

 


「……似てないよ」

 


二回決めた無視も、その一言には破らざるを得ない。

 

だってそうだろう。

 


「ング、こっちに」

 


『はい』

 


椅子ごと体を彼女の方へ回し、手招きで近付ける。

 

唇さえも奪える近距離は、少女特有の甘い匂いをより一層強く感じた。

 


「温かく、華奢で心地の良い肌」


「甘い香りと、それを発する白藤色の髪」

 


優しく彼女の髪を撫で上げると、先端にかけてピンク色のグラデーションになっている事がよく分かる。

 


「顔を」

 


『……はい//』

 


「綺麗な瞳だ」スッ

 


ほんのりと紅潮する頬、抉り出したくなる程に美しいマゼンタの目。

 

一体君のどこが、あの薄汚れた試作型と似ていると言うのか。

 

私には、理解し難いね。

 


『…アルジ様も、綺麗な目をしています』ニコリ

 


「………」


「…………あぁ、そう」クルッ

 


『?』

 


「………」

 


急に冷めた態度で体をモニターへ向ける私に、

ングはどうやら困惑している。

 

何度目だ。

 


『あの、アル…』

 

「………」スクッ

 


『?』

 


「私の事を、仰々しく呼ぶなと言ったはずだ」

 


立ち上がり、巨体の半分程しかない背丈の彼女を見下ろす。

 

足元に転がる量産型の腕が、肉みたいな質感で踏みつけると気色悪い。

 


『……では、Dr.デウス様?』

 


「違う」

 


『それでは、博士』

 


「違う、違う」

 


頬にわざとらしく、人差し指を添えて考え出した機械少女。

 

可愛いらしい直線的トーンで、予想通りの間違いを並べ出す。

 

何度目だ。

 


『………』

 

『……アナタ』

 


「…ッ」


「…………………………」

 

「……違う」

 


迷いは、生じる。

 

常に断固たる意志が、それ以外を排除するとは限らない。

 

その呼び方の魅せた揺らぎは、きっと将来という希望としては上出来だろう。

 

だが、それでも。

 


『………』


『では一体どうお呼びすれば、良いでしょうか?』

 


「…………ロヴェだ」

 


初めてだった。

 

自分の名前が呼ばれる温かさ。

 

最後まで、そうだったな。

 


「何度目だい?」

 

「私の事は、ロヴェと呼んで欲しいと何回も言っているはずだが」

 


『………』

 


「君は、愛人である私の言うことが聞けないのかな?」

 


『……ッ』

 


背後に回り耳元で囁くと、華奢な体が嬉しそうにはね上がった。

 

頬に添えた手の平が、瞬く間に熱を帯びて可愛らしい。

 

何度目だろうね。

 


『……はい////』

 


そう言って、笑った。

 

期待を乗せた、潤んだ瞳で。

 


「……」ニヤリ

 

「名前も覚えられないような悪い子には、私からの"お仕置き"が必要だねぇ……」

 


『……////』

 


雰囲気を邪魔するガラクタの眼球を、適当に足で埃と払う。

 

コロコロと転がる先、金属切れにぶつかった音は同情も誘えない。

 


「ククッ、悪い子だな」

 

「……そんなに」

 

 

 


私が、待ちきれないのかい。

 

 

 


『んっ//』

 


鮫の如し歯で彼女の耳たぶに甘く噛みつくと、痛さに悶える肉機械。

 

何度目にも至るやりとりに、退屈なんて微塵も感じない。

 

むしろ、その幸せに高揚が抑えられなかった。

 


「さ、それじゃあ……」


「今日も君で、あのシーツを汚してもらおうか」ニタリ

 


こんな私でも、意外と雰囲気を大事にするのさ。

 

ハウスダストが観客の、狭く暗い寝室。

 


『はい、アルジ様……///』

 


「ククッ……」

 


だが、雰囲気なんて一瞬にして弾け消える。

 

一方的な私の愛に君の溺れる声だけが、ただひたすらに響くだけ。

 

そして君の窒息しそうな程に堕ちた顔は、いつも私を絶頂へと導いてくれるのだ。

 

嗚呼……。

 

何度でも、見たい。

 


「今夜の君は、一体……」ササヤキ

 


『……/////』

 

 

 


どんな表情を、魅せてくれるんだろうね。

 

                                              完