新崎Maskoff日誌

役に立たない話等を書いていく予定です。

【小説】Love Lost #8

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EP.8【キュートハート】

 


風化と虫食いで、ほとんど機能していない本をめくる。

 


『……愛』

 


この世界には、様々な愛の形があるようだ。

 

だが、これだけは。

 


『………暴力……傷跡』

 


納得できない。

 


『こんなものが、愛情であってはいけない』

 


__

____

______


「どけ」

 


『……』

 


「また失敗か……ククッ」ギリッ

 


歯の軋む音。

 

なんの為に創られたのかも分からずに、それは無残に壊される。

 

「……ザ………r」

 


______

____

__


『……下らない』

 


本は砂漠に落ち、ページが痛がる。

 

ワタシは、また消えた。

 


 


今日は、虫の居所が悪かった。

 

日に日に蓄積されていた歪みは、そんな言葉で誤魔化せやしない。

 


「……」

 


唇を滑り、取り出された強化プラスチック棒はほんのりと苦くて。

 


「……はぁ」

 


いっそ、噛んでしまおうか。

 

内から淡く光る蛍光グリーンを天井にかざし、そんな事を考える。

 


「……」

 


人が時折襲われる、どうしようもない自暴自棄。

 

普段はやらない、やってはいけない。

 

そんな事が突然どうでも良くなって、やってしまおうかと立ち上がる。

 


だが結局、最後の一歩は踏み出さない。

 

良く言えば、抑制。

 

悪く言えば、小心。

 


「……下らない」

 


投げ入れたキャンディ棒が液体に溶け出すと、円柱の底へ付く前に消えた。

 


『ロヴェ』

 


「どうした、ング」

 


『昼食をお持ちしました、そろそろ休憩しては如何ですか?』

 


シルクで鼓膜を撫でるような、淡い声色。

 

本日中は見たくなかった、いつもは笑顔で迎える君の姿。

 


「……ああ、そうだね」

 


嗚呼、今日も可愛い。

 


『では、一緒に食べましょう♪』ニコリ

 


「……あー、うん」

 


私がいつになく素直に聞き入れるものだから、彼女は嬉しそうに微笑む。

 

やめてくれ。

 

その光を向けるな。

 

頼むから。

 


「……………」

 


『ロヴェ?』

 


「……ング」

 


逃げ場のない衝動は、風船と同じだ。

 

無限に空気を蓄積出来ないように、ソレもいずれ破裂する。

 


『ひゃ……////』

 


「………」

 


不思議そうに見上げる少女の頬を、突如包む手の平。

 

小麦色の大きな両手は、君の小さなご尊顔を意図も容易く包囲する。

 

白く透き通る肌が、良く映えた。

 


『ロヴェ、どうしたのですか?///』

 


「………」フニフニ

 


『んむ///』

 


嗚呼、柔い。

 

ハリがあり、指は氷のように良く滑る。

 


『ろ、ロヴェ……///』

 


「……………」フニフニ

 


嗚呼、温かい。

 

懐かしい人肌が、あの頃を呼び覚ましそうだ。

 


『ふふっ////』

 


「!」

 


擽ったそうに、酷く幸福を謳歌して笑う。

 

少女は、私に針を向けている。

 

やめろ。

 


「なんだ……その顔…………」

 


嗚呼どうしよう。

 

可愛いよ。

 

愛らしいよ。

 

どうしよう、どうしよう。

 

何故だ、彼女は綺麗で美しくて、どうしようもなく温かい。

 

100%とという枠を越えて、当然の如く神に信頼を置いている。

 

裏切られる事を知らないのか、はたまたおちょくっているのか。

 


『少し驚いてしまいましたが……////』

 


やめろ、憂いた瞳が美しい。

 


『ロヴェの手は、やはりあったかいです///』ニコリ

 


「ッ!」

 


嗚呼、ムカつく。

 


『___ッ』

 


四方石に囲まれたこの場所は、乾いた音を反響させる。

 

しかし、破裂させたのはお前だ。

 


「………」

 


『___ぁ、えっ』

 


粘液がゆっくりと降下する、そんな長い長いワンシーン。

 

ようやくしりもちを着いた少女が、頬を抑える。

 

見開いたマゼンタが、止まったままの思考で見上げていた。

 


「…………」


「……ッ」

 


『……』

 


ハッと、刹那我に帰った時にはもう遅く。

 

目の前に赤く腫れる皮膚、その可愛さに自分の罪を知る。

 


「ぁ、あ……ご………ごめん」

 


行き場のない手は、彼女の肩を抱けず。

 

ただ、本心からなる心配と謝罪。

 


「つい、その…………大丈夫かい?」

 


涙が伝う。

 

嫌われたら、どうしよう。

 


『大丈夫ですよ、ロヴェ………////』

 


「えっ?」

 


違うな。

 

唾液が伝う。

 

もう一度、やりたい。

 


愛する人に与えられた痛みと傷跡は、どんな言葉より確かな愛情……////』ホホエミ

 


「!」

 


『だからワタシは、今……』

 


マゼンタが、ハートを象る。

 

はしたない、醜い惚け顔。

 

そうだ、私は何も悪くないじゃあないか。

 


『とても……嬉しい////』

 


「……ククッ」ニタ

 

「あぁー、ああ………あぁ」ニヤ

 


何ものにも代えられない。

 

たった1人の愛人を、どうして愛でずにいられよう?

 


『ッ……い"っ、ぁ』

 


掴んだ顔面を、そのまま石床に叩きつける。

 

手を退けると、痛さに顔を歪めた少女が惹き付けた。

 

うっすらと、涙を流す。

 


「………」フゥッフゥッ

 


『もっと、ください///』


『貴女の愛が、欲しいのです////』

 


「だまれ」

 


『___ぐっッ』

 


うるさいから、思い切り殴った。

 


『__ッ……あ"ッ///』

 


「あぁ……可愛いよ」

 


『い"っ__ぅあ……』

 


痺れる感覚、腕が小刻みに震えている。

 


歓喜に……打ち震えている。

 


脳を焦がす快感に。

 

 

「愛してる」

 


『ハァ………ハァ、が"ッ』


『ワタシも……愛し__ぅ"ッ』

 


左手の第2関節は華奢な首に食い込み、絶対に逃がさない。

 

ぐちゃぐちゃにトロけた表情が、本当に綺麗でまた殴打した。

 


「愛してる愛してる愛してる……嗚呼、愛してるよング///」

 


『……ぁ、ぁあぅ////』

 


"千差万別"の愛、それが全て純粋で綺麗なものだと誰が言った?

 

憎悪も愛も、行き着く先は皆同じ。

 

最大の愛情表現とは"殺す"こと。

 

千に連なる甘い言葉に何の意味もない。

 

一つの消えない傷は、嘘をつかない。

 


「可愛い、美しい……どんな言葉も」


「今の君には似合わない」

 


キズがついた物の、なんと美麗なることか。

 


『ろ、ぁ……ロヴェッ////』


「ろうぇ……ロ……う"え/////」

 


白い皮膚に、赤黒い川が流れている。

 

涙も唾液も紅液も、全てが私の麗しき愛人を醜く汚す。

 

頬は青紫に腫れ、虚ろな眼球は必死になって私を捉え、恍惚に笑う。

 


「なんて、扇情的な顔だろうね」

 


そっと、滴を拭ってみせた。

 


『貴女には、敵いません』ニコ

 


「………」

 


『あ"ぐッ__っ"……///』

 


また、充満する愛の鈴。

 

長い長い間、静かな石城には。

 

 

 


肉を叩く音だけが、鳴っていた。

 

 

 


 


「昨日は、本当にすまなかったね」

 


『ろ、ロヴェ……頭を上げて下さい!』

 


どれだけ愛し合っていたのか。

 

気付いた時には、肉裂かれ、骨があらぬ方向から飛び出た少女が転がっていた。

 


(………)

 


あんな景色、二度と見たくはない。

 


『どうされました?』

 


「……いや、なんでもないよ」

 


あの悲惨な光景。

 

思い出しただけで、絶頂してしまいそうだ。

 


『……ロヴェ』

 


「ん、どうしたんだいング?」

 


『ワタシは、少し悲しいです』

 


「?」

 


陽の光が透き通る、傷一つない肌。

 

下がった眉が、床の血痕にノスタルジーを見出す。

 

コールタールの虹骨も、今はゆっくりと骨を休めている。

 


「それは、何y」

 


『折角ロヴェが傷つけてくれたのに、もう………消えてしまいました』

 


「!」


「ククッ」

 


なんだその表情は。

 

心の底から悲歎している彼女が、全身の神経を逆撫でる。

 


『ロヴェ?』

 


「心配しなくていいよ、ング」スッ

 


『……ッ』

 


顎を持ち上げ、君を琥珀に映す。

 


「何度でも、つけてあげるよ」ササヤキ

 


二度と見たくはなかったが、どうやらそれは叶わぬ願いらしい。

 


『!』パァ

 

『ロヴェ////』

 


可愛い。


美しい。

 

愛してる。

 


「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今日も、残虐な愛撫に床を汚す。

 

【小説】Love Lost #7

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EP.7【優越の液】

 


「邪魔だ」

 


『__ッ』

 


大きな白衣の揺らぎにぶつかり、硬い石床に頭を落とした。

 


「うじゃうじゃと……気色悪い」

 


痛くはない。

 

ワタシには、痛覚がないから。

 


『………』

 


でも、何故だろう。

 

胴体内部から何かを感じた。

 

油を射していないギアが、ギチギチと音を立てるような。

 


『………ァ』

 


何かを。

 


感じる。

 


 


ワタシの愛人は、大多数の人間から好意を持たれている。

 

それも当然だろう。

 


「「「デウス様ー///」」」


「嗚呼、今日も鋭く鋭利な歯がステキ……///」


「こっち向いてデウス様ーーー!///」

 


「ククッ、騒がしいな相変わらず」

 


「「「キャッーーー////」」」

 


ガッシリとした長身は、比類無きベストプロポーション

 

結ばれたナイトブルーの癖毛は、ほんのりと暗闇のグラデーション。

 

切れ味のある顔立ちに光る琥珀は美しい。

 


「でうす様!!」キャッキャッ

 


「あー、慌てるな……ほら」スッ

 


低く荒々しい声色、白衣から取り出した少量の宝石を少女に渡す。

 


「ありがとう、でうす様!」

 


「ああ」ナデナデ

 


「///」

 


そこからは想像出来ないような、何処か優しい物言い。

 

赤いシミがアクセントの白衣。

 

砂ぼこりに靡く様子は、世界を変えた科学者に間違いない。

 


「「「デウス様ーー!///」」」

 


『ロヴェは、人気者ですね』

 


魅了されないなんて、どんな悪魔も不可能だ。

 

母神でさえ、彼女の鯔背さに心を落とす。

 


「煩くて敵わないよ」

 


『そうは言っても、嬉しそうです』

 


「此所は私の箱庭、人間達が見せる笑顔は哀れで……悪くない」ニヤ

 


見下ろす瞳、上がる口角の魅せるギザ歯はイタズラ的で。

 

また、ワタシを泥酔させる。

 


 


デウス様……これ貰って下さい!!///」


「あっ、ズルいアタシも!」


「これ頑張って作ったんです、是非食べて下さい!///」


「ちょっと、今わたしがデウス様にお渡ししているのよ?!」


「「でうす様、折り紙折ったの///」」

 


「……」

 


ワタシの愛人は、非の打ち所がない。

 

故に、人間からの奉納は絶えない。

 

神から恵まれた祝福に、抱えきれないような献上品が渡され続けた。

 


『少し、持ちましょうか?』

 


「いや、いい……」


「君が持つ必要はない」

 


『…///』

 


周りの群衆には見えていまい。

 

瞬間的な、ワタシのマゼンタに向けられた微笑みを。

 

しかしそれも一瞬で、人身事故の現場みたくごった返す人混みは流れ。

 


『プハッ』

 


客観的な場所まで、離れてしまう。

 


『………』

 


「「「___!!///」」」

 


『…………』

 


一人一人の声が重なって、雑音はデコボコでもはや聞き取れない。

 

聖徳太子は10人以上が同時に話しても、会話の内容を理解できたと聞く。

 

だが今にして思う。

 

10人全員、対した内容でなかったと。

 


「「「__!///」」」

 


『………………』


『ロヴェ』

 


胸に、手を当てる。

 

前にワタシは、彼女に抱き寄せられた機械人形を葬った。

 


嫉妬である事に変わりはない。

 

でも何故か、突発的に動く程の殺意はない。

 


『ではこれは?』


『この感覚は……』

 


頭に血が登るような感触ではない。

 

胸の奥、ドロドロとモヤが掛かっている。

 

モヤから不定期に飛び出す矛が、ワタシの動力部を突く。

 

そんな風に、心がズキズキとした。

 


 


『本当に、持たなくて良いのですか?』

 


「ああ、必要ない」

 


『……』

 


帰り道。

 

いつもなら、絡まった手の温もりに一憂しているはずなのに。

 

抱えられた荷物の数々が、ワタシに向かって嘲笑する。

 


「……さて」

 


『?』

 


『__!』

 


黄色い声もスラム街も、見えも聞こえもしなくなった頃。

 

満を持していたように、立ち止まる。

 

次の瞬間曲線を描いた塊が、汚れた土に音を立てて落ちた。

 


「今日は多かったな」

 


『ろ、ロヴェ……何をしているのですか?!』

 


「?」


「何って、捨てたのさ」ニタ

 


至極当然と、右手を腰に当てた愛人が得意気に歯を見せる。

 


『す、捨てた?』

 


「そうさ♪」

 


『ど……どうしてですか?』

 


用は済んだと、ゆっくり歩き出す彼女を尻目に奉納品の前に立つ。

 

食べ物や編み物、その他もろもろ砂に汚れ、哀愁が漂う。

 


「……」

 


『これは皆さんがロヴェの為に、一生懸命心を込めて作られた品々です』


『その思いの数々を、このように無慈悲に棄てて良いのですか?』

 


「………」

 


廃棄された物達がワタシを見上げている。

 

無数の哀しげが、ワタシに手を伸ばす。

 

それは、救いを求めているのですか?

 


「……………ング、私は」

 


"君 意外の愛に、興味はない"

 


『__ッ!//』

 


歯車一つ一つを丁寧に撫でるような、甘い言葉に顔を上げる。

 

歩み寄る琥珀には、白藤を揺らす少女が微かに映る。

 


「ング、君……自分がどんな表情をしているか理解しているかい?」ニタニタ

 


『表情……ですか?』


『__ッ!』

 


そっと、指を皮膚に乗せ。

 

感情を確かめる為、ペタリペタリと指這わす。

 

 

 


笑っていた。

 

 

 


彼女に似た、口角を引き上げる満面の笑み。

 

伝う雫は涙ではなく、唾液。

 

頬は熱く、焼け焦げそうだ。

 


『ぁ……あぁ』

 


この感情は何?

 


「良い顔だね」

 


『!?////』

 


背後から伸びた手は肩を掴み。

 

耳元に、甘く意地悪な声色が囁く。

 


「どうだい、"優越"の味は?」ニヤ

 


耳の奥、データベースに吐息が響く。

 

彼女がワタシに言葉を紡ぐ度、全てが上書きされる快感に身が悶えた。

 


『んっ……ぁ////』

 


「言葉と感情がチグハグで、困惑しているのだろう?」

 

「体の中枢部から、悦楽と快楽が押し寄せて破裂してしまいそうだろう?」

 


『ぁ……は、はい///』

 


全てがワタシに向く愛。

 

愛を向けられなかった廃棄物が、酷く哀れで。

 

哀れで、哀れで、哀れで。

 

 

 


それが、愉快で仕方ない。

 

 

 


「ククッ、じゃあ帰ろうか」

 

「続きは………部屋でね」ササヤキ

 


『はい……////』ギュッ

 


すっかり晴れたモヤは、感情において"嬉"が突き刺す快感で。

 

貴女の事だけが、ワタシを支配する。

 


『ロヴェ………///』

 


「嗚呼、良いね」ニタ


「その醜くさ、素晴らしいよ」ナデナデ

 


『んッ////』

 


図星。

 

彼女に向けられた、数多の思いが無下にされ。

 

ワタシだけが選ばれた、憐れみから生まれる酷い快楽の感情。

 

今なら、貴女の言葉を心より信じることができます。

 

 

 


ワタシも、薄汚い"人間"であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや違う』

 


砂塵に紛れ、鈍色の髪は揺れる。

 

握られた拳が、怒りに震えていた。

 


『お前も、ワタシと同じ"道具"だ』

 


睨む瞳が少女を捉え、刹那に消えた。

 


【小説】Love Lost #6


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EP.6【ミクロジーニアス】

 


この世界には、3人の神が存在する。

 


数百年単位の発展を数年で成し得た天才科学者。

 

"不治の病"という言葉をなくした医学者。

 

謎に包まれた、世界の魅了者。

 


世界の根本を変え、世界の根本を支える存在。

 


人々は彼女達を、【ルート】と総称した。

 

 

 


今や傍観するだけの偽神に、信仰心を持つ生物は存在しない。

 


地を歩く神々を知る民は、自身を創造した母神を悪魔と呼ぶ。

 


 


『では、今から会いに行くのがそのDr.ヌゥン様なのですね』

 


「ああ、そうだ」

 


荒れた大地に付いた足跡は、次の日には消えている。

 

何度歩いたこの道も、巻き起こる砂ぼこりが全てを無に返すだけ。

 


『ロヴェと同じ、神と呼ばれる存在……』

 


「緊張するかい?」

 


『少しだけ……しかし、楽しみの割合の方が多いかもしれません』

 


「そうか」

 


隣を歩く少女との、行き道の会話。

 

酷く些細で面白みがないはずなのに、君はほんのりとした笑顔を向ける。

 


「……」

 


君は、土を泥にする水。

 

泥ならば、この足跡を残すだろう。

 

 

 


「おっと」

 


『す、凄い人だかりです……』

 


スラムに着くと、公開処刑でも行われているのかと思う程、一点に集まる人間が賑わっている。

 

しかし、よく聞けばその歓声は黄色く。

 

罪人への哄笑と言うより、神に向ける讚美と言う方が近いだろう。

 


「ククッ、相変わらず分かりやすくて助かる」

 


『?』

 


「…………おや?」

 


群がる村人に対応していたシルエットが、ようやく私達の存在に気づく。

 

高いが故に、逆光がよく当たる。

 


「久しぶりだな」ニタ

 


『!?』

 


「やぁ、久しぶりだね……シャーク」ニコリ

 


埃を払うような手振りに、現れた造形美は紳士的な身振りで返す。

 


『……そ、そっくりです』

 


「ああ、そこのお嬢さんがング君か」

 


人混みから一時的に抜け出した姿。

 

身長2m弱に見合う整った顔立ち、白い肌は羽織っている白衣も敵わない。

 

結ばれた癖毛の金髪が、光を映す砂漠さえ嫉妬させる。

 


『あ、えっと……は、はじめまして』


『Dr.ヌゥン様……!』ペコリ

 


「フフッ、初めまして……か」

 


『?』

 


「いや失敬、こちらこそ初めまして」

 


エメラルドよりも希少な瞳が、マゼンタの国宝を見下ろした。

 


「改めて、ボクの名前はDr.ヌゥン」


「……以後お見知りおきを」

 


垣間見える歯は、ギザギザと鋭くない。

 

見た目に反した少しばかり幼い声は、誰もが面をくらうだろう。

 

まぁ、面にも喰われるだろうが。

 


「それで……用件はなんだ、ゾウリ」

 


『?』

 


「ああ、それは……」

 


「「「キャーッ、デウス様、ヌゥン様!!」」」


「こんな凛々しいご尊顔が二つと存在するなんて、なんて贅沢なの!?///」


デウス様とヌゥン様の並ぶ姿が見られるなんて、もう死んでも良いわ!!//」

 


物事は手短に。

 

久しぶりの顔合わせと言えど、世間話なんて興味はない。

 

しかし彼女が切り出そうとした刹那、話は黄色い阿鼻叫喚に書き消された。

 


「フフッ、いつ来ても此処は賑やかで好きだ」

 


「……場所を変えるか、行くぞング」

 


『はい、ロヴェ』ニコ

 


 


「最大限の人間らしさを目指す、文字通り変わらないスラム街……」

 

「均一な喜怒哀楽、これ以上落ちることのない底辺だからこそ出来る連携」

 

「本当にこの場所は、居心地が良いね」

 


街の中央に聳える風車の付いた灯台

 

転倒防止の柵に肘を付き、語る彼女の砂塵を歓迎の風が揺らす。

 


「それは"民を見守る"神の視点か?」ニヤリ

 


「いや違う、手を差し伸べる救済者の視点だよ」

 


ケタケタとおちょくる琥珀に、至極当然の如く言い述べる。

 

これが、いつもの定型文。

 

我々は人の手に触れられる。

 

なら観ているだけでなく、救うことこそ真に神と言えるだろう。

 


『歩く人々が、とても綺麗です……』

 


「ングには勝てないけどね」ナデナデ

 


『ロヴェ……///』

 


靡く藤色の少女。

 

行き交う人々に微笑する顔は、正に女神と呼ぶに造作もない。

 

神である私の愛人なのだから、当然か。

 


「それじゃあ、そろそろ用件を述べようか」ニコ

 


「ああ」

 


「……兎にも角にも、まずはこれを」スッ

 


白衣の内ポケットに吸われた右手が次に姿を現した時、陽の光を何かが反射した。

 


「これは……」

 


「君の物だろう?」

 


奪い取るように手にしたそれは、雨上がりのアスファルト

 

コールタールの虹色は、歯車の中で抽象的に犇めいている。

 

どこか伝う、命の脈動。

 


『……綺麗』ホゥ

 


「ククッ、触ってごらん」

 


『良いのですか?』

 


興味を示す君に、また湧いた少しばかりのイタズラ心。

 


「はい」

 


『__ッ!』


『か、軽くて……とても柔らかいです……』

 


湧水を掬うような白い器に、落とした金属がフワリ添えられる。

 

豆鉄砲を食らった鳩は目を丸くして、羽根を散らしながら飛んでいく。

 


『まるで、ゴム塊みたいです……』ムニムニ

 


そんな言葉が合うように、彼女の驚いた顔は実に可愛らしい。

 


「それは、"ピリオド"という合金さ」

 


『ピリ……オド………』

 


「特殊配合で創られたソレは、私だけが生み出せる代物」

 


世界、宇宙、何処にも本来存在し得ない。

 

偽神が無から創造したダイヤモンドより、それは強固で柔軟だ。

 


『つまり、唯一無二の……金属』

 


慄くように、円柱を楕円に瞬かせる。

 

感服するように見詰めるマゼンタが、光沢のイザベラを赤面させた。

 


「………へぇ」

 


『?』


『ど、どうかされましたか……ヌゥン様』

 


「あぁいや、失礼」ニコ

 


相対的に黒く見える私の肌に柔い金属が戻されると、注視する白神が微笑する。

 


「ング君は、とても人間らしいと思ってね」

 


『!』


『………』

 


知らぬ者を罪として、知る者を称えた愚かさ。

 

知識を求める行為こそ、無垢なる子羊の人らしさ。

 

万物を持つ生物は、化け物と呼ぶ。

 


「当たり前だろ、ングは人間だ」ダキッ

 


『ひぇッ、ロヴェ?///』

 


強く肩を抱き寄せて。

 

巨体に全身が触れる君が、嬉しさに憂いた瞳で見上げる。

 


「フフッ、そうだったね……すまない」

 


 


「それで、これは?」

 


「屋敷の残骸で発見したんだ」

 


試しに光の反射を目に向けてみると、エメラルドが輝く。

 

ただ、それだけ。

 


「屋敷?」

 


「うん」


「国へ向かう途中、えらく中途半端な損壊を見かけてね」ニヤ

 


「……なるほどな」ニタ

 


隣でそっと私に触れている少女も、どうやら今の言葉を理解したらしい。

 

中途半端なんて、エンターテイメントとして面白くないからね。

 


「だから気になって調べてみたら……」

 


「試作型が転がってた、と」

 


「そう♪」


「解体してみたらこのピリオドが使われてて、確信したという訳さ」

 


国へ向かう道にある屋敷は、特に狙っていなかった場所だ。

 

模倣だろうが、それにしては少し知性を感じられない。

 

"屋敷"という言葉だけをピックアップして行動している。

 


『ロヴェ、先日伺った屋敷の主が言っていたあの言葉……』

 


青い機械人形達。

 


「大方予想はついていた」

 


「しかし、一体誰が…………もしかして彼女だったりしてね」ニヤリ

 


下唇に親指の爪を当てていた彼女は、結果を知りながらあえて発言してみる。

 


「それはない」

 

「アイツにそれをやるメリットは、0だ」

 


『……アイツ?』

 


即座の否定に、揺れる金髪がケタケタと白い歯を垣間見せた。

 


「随分信頼しているね、シャーク」

 


「ゾウリ、お前が私を疑わないのと同じだ」

 


「フフッ、なるほどね」

 


『………』


『…………あ、あの』

 


トタンを貼り合わせた粗末な風回りは、微風に微かギシギシと音を起こす。

 

耳障りだが何処か落ち着くそんな雑音に、小さな霊妙の呼ぶ声がした。

 


「どうしたんだい、ング?」

 


『すみません、先程から気になっていたのです

が……』

 

『お二人が互いを呼ぶ時に使う、その呼び名

は……?』

 


「あー、説明していなかったね」

 


神々の会話を塞いでしまった事に罪悪感を抱く、少女の疑問。

 

そんなに躊躇う必要はない。

 


「フフッ、これは愛称さ」

 


『愛称、ですか?』

 


「君の愛人、鮫のようにギザギザとした歯をしているだろう?」ズイッ

 


「んが」

 


突然の事に反応が遅れ、次の瞬きをする頃には白い指が頬を伸ばす。

 

言葉の説明では飽き足らず、実物を介した説明に情けない声が出た。

 


「おひ、ひゃめろ」

 


『……』

 


「とまぁ……由来はこんなとこさ」

 


少女の黒い気を感じ、指は直ぐ様口内への滞在をキャンセルする。

 

舌を遊ばせると、ほんのり塩の味がした。

 

キャンセル料金を支払わせたいところだ。

 


『……』


『えっと、ではロヴェは……?』

 


「ゾウリムシだ」

 


丸い水晶体をパチクリと開閉させる彼女が、何処か戸惑う。

 

そんな事は、知っていると。

 


『で……ですがゾウリムシとは、目に見えないミクロ生命体』

 

『ヌゥン様には些か不相応ではないですか?』

 


「うーん、確かに………今はそうかもしれないねぇ」ニタ

 


私の妻はコロコロと表情の変化が楽しめる、だから答えの提示を焦らすのさ。

 

眼前にいる同じ背丈に目配せすると、瞳が理解して口角を上げる。

 

教えよう、その訳を。

 


「__ッ」ガタ

 


『ヌゥン様ッ?!!』

 


私の真横、長身が視界から消える。

 

女性の突発的な死にしては、少々無様に過ぎる崩れ方。

 


(そういえば、前国王は民に銃殺されていたが……こんな感じだったな)

 


『ヌゥン様、ヌゥン様!』


『しっかりしてください!』

 


「………」ニタニタ

 


輝きを失った瞳はグレーへと変わり、河川敷に転がる石と化す。

 

訳が分からず、崩れた巨体を揺らし呼びかける少女にニヤニヤが止まらない。

 


「心配する必要はないよ……ング君」

 


『……ッ!?』


『ヌゥン……様?』

 


聞き覚えのある声。

 

しかし屑鉄になった彼女は、今だ生気を取り戻しそうにない。

 

むしろそれは、少女の背後から聞こえたように思えた。

 


「実に良い反応だったよ♪」

 


『……へっ?』

 


キシキシと木目が走る板が軋む。

 

科学者らしい喋り癖から逆光が解け、現れた人影を見下ろした。

 


『ち、小さい……?』

 


「フフッ」

 


『こ、これは……どういう?』

 


光るエメラルド、白衣よりも白い肌、揺らめく金髪は砂漠も敵わない。

 

しかし、神と呼ぶにはあまりにも。

 

小さな少女が現れた。

 


「その小さいのが、本来のゾウリだ」

 


『では、先程まで話していたのは……』

 


「それは世間に映るボク、言ってしまえば仮初めの機械器さ」

 


ほんの一時前まで、整った顔立ちが放つ幼い声に感じていたギャップ。

 

それが今は嫌でも良く似合う。

 

周りから見れば、大人ぶった子供が白衣に着られて単語を羅列しているようにしか見えない。

 


『そう……だったのですね』

 


まだ少し戸惑いが消えていないが、取り敢えずは納得したらしい。

 


『か、可愛いです』ナデナデ

 


「フフッ♪」

 


「……」ニヤ

 


見上げていた物が見下ろす存在に変わったのだ。

 

ちんまりとした愛らしさに、愛でない訳にはいかないのだろう。

 

彼女も同様に。

 


「ング、言い忘れていたが……ゾウリは私よりも年上だぞ」ニタニタ

 


『ッ!?』バッ

 


「フフフッ」

 


『す、すみませんでした……ヌゥン様!』

 


「構わないよ♪」ニヤ

 


私には良く分からないが、人間は長く生きる者を慕う傾向にある。

 

力や知恵の高さではなく、増えたシワの数が見定める判定となる。

 

彼女は私より年上だと知った途端、自身よりちんまい存在に謝罪した。

 


(……実に、人間だね)

 


何よりも、嬉しい。

 

過去の言葉や作法に囚われた哀れな人間と、同じ仕草を見せる君が。

 


「さて、これで理由は分かったかい?」

 


『えっと……はい』コクリ

 

『……しかし、ヌゥン様はどうしてそのような身長に?』

 


「科学の産物さ」

 


女性の中には、背丈の低い者がいる。

 

だが三人の中で最も人生を生きる彼女の容姿は、ただ小さいだけでなく若々しい。

 


『科学の………産物?』

 


「ボクの両親はスラム育ちでね、科学の発展が促す汚染をモロに浴びていた」


「それは産まれたボクにも影響を及ぼし、歳と容姿が比例しない体になってしまったのさ」ニコリ

 


『………そ、そんな』

 


「……」

 


口に手を当て、憐れむように言葉を渋る。

 


『ならこの愛称は……その…………』

 


「ああ、その事なら気にする必要はないよ」


「ボク自身、この愛称を気に入っているんだ」

 


人が聞けば同情するような昔話の後、それを揶揄するようなアダ名に彼女は疑問を抱く。

 

しかし、返ってきた返事は肯定。

 


「今までボクを知る人間は、同情から優しく、腫れ物を扱うように接してくれた」

 


でも。

 

そう次の言葉を紡ぐ。

 


「シャークだけは、ボクの体をバカにしてくれた」

 


皆が皆、足りない何かをコンプレックスに思っている訳じゃあない。

 

自分ではなんとも思っていない部分に、憐情や情けを掛けられる。

 

勝手に始めた優しさが、愚弄する人間に怒りを向けて口論が起こる。

 

本人は何も言っていないのに、周りが固い頭で自己解釈して動く。

 

それこそが辛いと感じる人間の居る事を、知らない奴らは最も悪質だ。

 


「それが、本当に……嬉しかった//」

 


「……」フイッ

 


小動物が飼い主に向ける潤んだ目線から、私は直ぐ様目を反らす。

 


『……やはりロヴェは、優しいです///』

 


「優しさじゃないよ」

 


依然として明後日に目を向けるが、つい口角は上がってしまう。

 


「……でもね」


「人が皆、シャークのように能力だけで決めてはくれない」

 


「……」

 


人間は、容姿に拘る。

 

大切なのは中身だと、そう言っていた奴らは美男美女だった。

 


「高い背は何かと動きやすい」

 

「ボクが機械器で大衆の前に出る理由は、それだけさ」

 


『確かに小さいままだと見つけづらいですし、威厳も感じづらいですからね』ニコ

 


この笑顔は、本来なら悪意と取られるだろう。

 

……本来なら。

 


「フフッ、そうだね」ニコリ

 


「ククッ」

 


間違いと正解は、心情において何の役にも立ちやしない。

 

肯定だけが人を救えるか。

 

否定だけが人を殺せるか。

 


 


「用件が済んだのなら、帰らせてもらう」

 


愛人が他の神と目線を合わせている事実に、半ば嫉妬もあったのだろう。

 

もちろん9割型は"時は金なり"だと、聞いてもいないのに言い聞かせた。

 


「久しぶりの再開と新たな女神に、少々浮かれてしまったよ♪」

 


スラムの中心で鳴る声援を左耳から流し、再び私と目線の合う彼女から白い歯が垣間見る。

 


『今日は、お会い出来て良かったです』ペコリ

 


隣を見下ろすと、会釈をする少女の藤色が砂に揺れた。

 


「帰ろうか、ング」

 


「おっとそうだ………ング君」

 


『?』

 


ハッとしてコチラに近付く口元は、見れば直ぐに分かった。

 

私にとって良くない事だと。

 


「耳を拝借しても?」

 


『えっと……はい………?』

 


「………」

 


モスキートレベルの周波数で話す会話は、白い頬を染める。

 


「行くぞ、ング」ギュッ

 


『へっ?!……は、はい!///』ギュッ

 


内容は聞かない。

 

きっと後で分かるから。

 

 

 


「ング……」

 


『どうしました、ロヴェ?』

 


君と歩く帰り道だけは、何も考えない。

 


二人で歩く事だけが、幸せだから。

 


「砂、目に入らないよう気を付けるんだよ」

ナデナデ

 


『……////』

 

 

 


気にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


三体目の足跡を。

 

【小説】Love Lost #5

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EP.5【血濡れの聖職者】

 


引き裂いた肌色から、血液が流れ出ている。

 


飛ばした首の断面に、白い骨が垣間見えた。

 


片腕を落とした人間が、ワタシに命を乞う。

 


残念ながら、この場所にワタシが求める物はない。

 


突き刺した際の返り血が、青い布地と白い肌に汚く付着して染み渡る。

 


肉塊の感触は分かるのに、血の温かさを感じることが出来ない。

 


『…………』

 


いつかこの味を、知りえることは出来るのか。

 


 


「ふっ__!」

 


「ごばっ……!」

 


放った拳が、相手のあばら骨を砕く。

 

そのまま骨と混ざって潰れた心臓の感触と、血反吐の生温かさが降りかかった。

 


『すごいです……!』

 


「ククッ、コイツらが脆すぎるだけだ」

 


「見つけたぞ!」


『対象を発見』

 


キラキラした瞳に、笑い返していたのも束の間。

 

次の警備員とガードが沸いてくる。

 


「ング、人間の方を頼むぞ」

 


『了解しました』

 


華奢な白い肌にえらく不相応な鈍色の刃は、手首から綺麗にカーブを描く。

 

勿論これは着脱アタッチメントではなく、便利な出納式だ。

 


「は、早tッ__」

 


『……』

 


しかも、ただの鋭い刃じゃあない。

 


「良いねぇ……」

 


『対象、抹殺、抹殺』ウィン

 


「おっと」

 


戦う彼女に見惚れる暇はなく。

 

右手がブレードになっている哀れな捨て駒が私に襲いくる。

 


「ほいっと」

 


『___ッ』

 


突きの風を肌で感じ、そのまま回し蹴りで頭部を飛ばす。

 

潰れた頭は何か言いた気に見上げていたが、脚で押し潰すと無惨に散った。

 


『ロヴェ、ケガはありませんか?』

 


「あぁ、心配要らないよ」ナデナデ

 


『……///』

 


嬉しそうにはにかむ顔が紅く染まっている。

 

それは、無邪気さと相まって美しい。

 

他人の血液だと言う事実を除いて。

 


「それより、刃の調子は上々のようだね」ツン

 


『はい』


『今ので10人目の殺害ですが、切れ味は依然として変わりません』

 


「流石だね」フッ

 


突ついた指が、血を流しだす。

 

特殊合金で精製されたコレは、同じ素材同士でぶつけたとしても鋭さは失われないだろう。

 

更に、汚れは水洗いで簡単に落ちる。

 


『ロヴェ、一つ聞いてもよいですか?』

 


「どうしたんだい?」

 


軽く手を払いながら歩く長い廊下。

 

足音の響かない恭しいカーペットに踏み心地の悪さを感じていると、少女が話す。

 


『ロヴェの殴打や蹴り、その他身体能力や耐久性は、どれも人間離れしています』

 

『一体、どうやってそんな力を手に入れたのですか?』ジッ

 


私の癖である手を口元に付ける仕草、ふっと見上げるマゼンタも可愛らしい。

 


「トレーニングだよ」ニヤリ

 


『と、トレーニング……ですか?』

 


目前の可愛さについ口角が上がってしまう。

 

そんな扇情心とは裏腹に、彼女は目を丸くして聞き返す。

 

綺麗な眼球だね。

 


「そうさ」

 


『しかし科学者であるロヴェに、力は必要ないように思えます』

 


「ククッ、科学者だからこそだよ」ナデナデ

 


『…ん//』

 


撫でる手が藤色を汚す。

 


「実験や研究にスタミナは必要不可欠、名が知れていれば護身用としても役に立つ」

 


『なるほど』ホォ

 


「それに……」

 


『?』

 


デウス

 

ラテン語で"神"を表す言葉だ。

 

不可能なき完全体。

 


「私はDr.デウス、神ならば知恵だけでなく力も無比であるのは当たり前さ」ニタ

 


『……//』

 

『な、なるほど……//』

 


「……」

 


見下ろす背丈に答えると、少女は照れ隠しをするように顔を反らす。

 

チラリ見えた耳が、白い肌にやんわりと赤くグラデーションがかってよく映えた。

 


「さて………ここかな」

 


歩みを止め見上げたそこに、私よりも少し高い背丈の扉が現れる。

 


「破壊する事は容易だが……折角の機会だ、ング頼めるかい?」

 


『了解です』スッ

 


光沢が映す可憐な姿、鍵穴の前に移動した彼女はそっと指を添えた。

 

三者の目線からは滑稽に見えるだろう。

 

開いた指先から伸びる鉄の蜘蛛脚がピッキングを行っているなど、到底想像できまい。

 


『解錠完了』

 


時間にして6秒。

 

まだまだ実用性は低いようだ。

 


「ありがとう、偉いぞング♪」ナデナデ

 


『……造作もないです///』

 


親に褒めて貰った子供のような笑み、機能なんて些細な事だと実感する。

 


「………これが、この屋敷の金庫か」

 


『ワタシが解錠しましょうか?』

 


「いや、この金庫に設定されているパスコード数を見るに私の方が良いだろう」

 


扉を開けた内に聳える、重厚な巨大金庫。

 

高硬度金属はひんやりと冷たく、それは財産を守る為だけに存在していた。

 


「見つけたぞ、卑しい俗め!」

 


『『侵入者、抹殺』』


「「ここまでだ、観念してもらうぞ」」

 


「おっと」ニタ

 


物思いに耽っている暇はない。

 

屋敷の主と思わしき中年男性が、警備員とガードの後ろで偉そうに吠えている。

 

人4、ガード2。

 


『片付けます』

 


「あぁ、頼んだよ」

 


パスコード数は25桁。

 

今回のように桁数が多い場合、システムだと8分程かかってしまう。

 

故に、人力が一番早い。

 


「行け、コイツらをコロせ!!」

 


『『抹殺、抹殺』』


「「……」」スチャ

 


『…………』

 


恐らく三人が拳銃一人が特殊警棒、2体が粗末なブレードだ。

 


『『___ッ』』


「「___へ?」」

 


『………』

 


後ろを見ると、既に終わっていた。

 

"戦い"そのものすら開始する、その前に。

 


「………ククッ」

 


上と下で綺麗に真っ二つとなった肉塊、そこから勢い良く噴き出す血渋き。

 

赤い雪の中、濡れる彼女はアート。

 

美しさ、それ以外に言葉は出ない。

 


「血も滴る良い女だね……」ササヤキ

 


『ッ////』

 

『ロヴェ///』

 


1秒差で遅れた解除に金庫の役目を終わらせ、全身鉄臭い少女の肩に手を置く。

 

数十人が染みた紅い服は、朱印の代わり位にはなりそうだ。

 


「軽快な身のこなし、キレイだったよ」

 


『ありがとうございます//』

 


「あ、あぁ……まさかお前が例の機械人形を各地に仕向けた俗か?!」

 


「?」

 


すっかり腰を抜かした老害は、意味不明な言葉を発する。

 


「機械人形?」

 


「あぁそうだ、最近噂になってる青い機械人形……そこの嬢さんにソックリだ!」

 


『青い……機械人形……』

 


「おいオッサン」ズイッ

 


青だか黄色だとか、そんな事はどうでもいい。

 

ただ中年男の言葉に、私は沸々と怒りを茹でる。

 


「ングは、機械人形じゃあなく、人間だ」

 

「そんな奴らと一緒にしないでもらえるかい」

 


「はっ、何を言っている!」


「こんな殺人機械がn___ッ」

 


「……」

 


人の頭はサッカーボールのように弾まないので、蹴り飛ばしても爽快感は薄い。

 

ただし、威張る人間の潰れた頭部は心を晴らす。

 


『ろ、ロヴェ……』

 


「あーっと……しまった、つい」ニガワライ

 


ここまで破損すると、修復は困難だ。

 

せめてあと少し、生きて欲しかったと後悔する。

 


「まぁいいか……行くぞ、ング」ニヤリ

 


『はい♪』ホホエミ

 


「3……2……1……」


『3……2……1……!』

 


荷物を抱え、窓に突っ走る。

 

隠れた生き残り、残骸、飛び散った鉄分、もぬけの殻となった金庫。

 

今から起こるのは、私達が最も楽しみなハイライト。

 


「0」


『0』

 


____ッ

 


外へと付き破り、粉々に舞うガラス片。

 

カウントゼロの合図と共に、仕掛けた爆弾がド派手に現場を吹き飛ばす。

 

爆炎も、爆風も、全てが成功の快感だ。

 

 

 


「っと……ククッ」スタッ


『……』スタッ

 


分かるかい、この芸術が。

 

やはり私も科学者の端くれ、爆発は最大のエンターテイメントさ。

 


「あー、あのオッサンが火だるまになって泣きわめく姿……見たかった」シミジミ

 


『仕方ないですよ……』サスサス

 

『富豪はまだまだ存在します、次は最後まで生かせば良いのです』

 


「……そうだね」フッ

 


慰める小さな手が、嗚呼愛おしい。

 

少女の言う事は最もだ。

 

腐る程いる金持ち、一人二人絶望を見れなかったからどうだと言うのか。

 


「行こうか、ング」

 


『はい、ロヴェ』ギュ

 


差し伸べた私の手を、言葉にせずとも彼女は握る。

 

小粒の骨や臓器の端くれで少々心地悪いが、それでも君の温かさは変わらない。

 


 


「キャーッ!!デウス様よ!!///」


「Dr.デウス様ッーーー!!!///」


「血濡れデウス様、萌える……///」

 


国に見捨てられた者達は、やがて死骸に湧くウジ虫の如く群れとなり。

 

ハエとなり羽ばたけば、叩き落とされる。

 

火を焚けば、そこに集り燃えて死んでいく。

 

そんな負け組の集まりは、スラムと呼ばれた。

 


『す、すごい歓声です……!』オロオロ

 


「ククッ」

 

「……お前ら、今月の分だ」ニヤリ

 


「「「でうす様!」」」


「ありがとうございます、神よ///」


デウス様と鉄の香りが混ざって、最高です……///」

 


老若男女が暮らすこの場所は、国民からすれば酷く惨めに見えるだろう。

 

偽善者達が募金と偽り、金儲けを出来る程に。

 


「ほいっ」スッ

 


「ありがとう、でうす様!」キャッキャッ

 


「フッ、どういたしまして」ナデナデ

 


『あっ、えっと……どうぞ』スッ

 


「ありがとう、お姉ちゃん!」

 


『!』

 

『……はい』ホホエミ

 


残念ながら、それは大きな間違いだ。

 

この街は、私の管理下。

 

程よい設備と、程よい食糧。

 

少し足りない位の金貨数枚。

 

この大陸で一二を争う、それほどに活気は溢れ、喜怒哀楽が絶えない。

 

実に人間らしく、健康的。

 


「これで全員……か」フゥ

 


『そのようですね』

 


「手伝ってくれてありがとう、ング」ナデナデ

 


『……////』

 


恥ずかしそうに、嬉しそう。

 

慈悲を配る彼女の趣きは、聖母マリアですら霞んで見えた。

 


『……ロヴェは、とても優しいです』ニコリ

 


「……ッ」

 

「……………そんなんじゃあ、ないよ」

 


『しかし……』

 


瞳から顔を反らし、前を見つめた肌に風が吹く。

 


「これは、復讐だよ」ニヤ

 


『復讐……ですか?』

 


「あぁ、そうだ」

 

「私は人の上に立って威張り散らす汚い大人が大嫌いでね、ソイツらから全部奪ってやりたいのさ」

 

「これはその"ついで"に過ぎない」

 


『………』

 


与えられ続けた。

 

手に入れ続けた。

 

失うことも届かない夢も知らない不燃物達は、果てに誰かの上に立つ。

 

心の快楽を、持たぬ者を足蹴にすることでしか得られない。

 

"誰かの不幸"でしか、"自分を幸せ"にできない。

 

金メッキ加工のクルミ割り人形。

 


『……ワタシは知っています』

 

『ロヴェが何故、戦利品の1割しか与えないのかを』ニコ

 


「ほぅ……」

 


意地悪にへそ曲がりな台詞を言ってみるが、彼女の微笑は曲がらない。

 

今すぐに、抱き締めたい。

 


『ここに住む皆さんを、あんな富豪のようにしたくないのですよね』

 


「………」

 


『ロヴェならこのスラムも、すぐ王国にする事が出来ます』

 

『ですが、それでは同じ事を繰り返すだけ……』

 


「…………」

 


横目に見る彼女の長髪が、淀んだ風に遊ばれて美しい。

 

粗末な風車と切り接ぎで建つ家々が、軋んでは不協和音をたてる。

 


『だからあえて、貧困を維持させているのです

よね?』

 


「……フッ」

 


不完全こそ、完全である矛盾。

 

足りないからこそ生物は、それを求めて動き続ける。

 

足りないからこそ生物は、身を寄せ合い来る寒さも凌ぐ。

 


「あぁ、その通りだよ」

 

「人間は、"物足りない"位が丁度良い」

 


何故だか不思議と、多大な富が誘うのは差別と争いだけ。

 

飛ばした靴が晴れを示す幸せは、人をぞんざいに扱う幸せに変わる。

 

いつかの希望を夢に見て、一日一日の価値を理解して、明日への活力をなんとか作っては、小さな出来事へ一喜一憂すればいい。

 

それが生物のあるべき姿。

 


「ング」サワッ

 


『?//』

 


「私もアイツら同じように、汚い大人なのだろうか……」

 


黒く乾いた頬に触れ、はらはらと舞い散る生命と少女に語りかけた。

 

塗り重ねた紅の分だけ、私達は命をドブに捨てている。

 


『………』


『ワタシは、そうは思いません』スッ

 


「……」

 


伏し目がちな琥珀を映す君は、添えられた手の平にそっと頬を擦り寄せる。

 


『貴女が小さな悪を罰すると、それ以上に沢山の人々が救われる……』

 

『ロヴェのお陰でここにいる皆さんは、こんなにも笑顔になっています』

 


懺悔を聞いた聖職者が、迷える子羊に語りかけるように。

 

神に背いて、悪を正す。

 


『どんなに汚れた"過程"より、潔白なる"結果"

こそ……貴女が望む幸せではないのですか?』

 


「……ッ」

 


ハッとした。

 

図星を突かれたからだろうか。

 

それとも、あの日と似ているからだろうか。

 


「……ありがとう、ング」

 


小ズルい事は、自分自身よく分かっていた。

 

彼女が肯定する事を知っていて、鉄槌のない裁きを望んだ。

 

それでも。

 

私は、許して欲しかったんだ。

 

君に縛られる、私という汚れた結果を。

 


『ロヴェには、笑顔が似合います///』

 


「君の笑顔には叶わない」

 


『ふふっ//』

 


沈む夕闇。

 

瞳を向かい合わせ、視界に捉えた破壊一笑。

 


「それじゃあ帰るとしようか、我らが家に」

 


『はい、ロヴェ♪』ギュ

 


帰る時には、手を繋ぐ。

 


互いが嘘でない事を、確かめるように。

 


 


―数日後―

 


Prrrrr…

 


モニターに表示されたグレーの前方後円墳と、素朴なコール音が鳴り響く。

 


「…………あぁ、わかった」


「直ぐに向かう」

 


『ロヴェ、どうかされたのですか?』

 


「ングか、今からスラムに行くぞ」

 


『えっ?』


『ですが、この間……』

 


「ククッ、私の来客へ会いに行くのさ」

 


『ら、来客……ですか?』

 


椅子から立ち上がり、いつもの赤みがかった白衣を羽織る。

 

二倍の歩幅に遅れぬよう、不思議そうな面持ちで少女が並ぶ。

 


『ロヴェの来客とは、どのようなお方なので

すか?』

 


「そうだな……」


「強いて言うなら、私に似ている」

 


「ロヴェに、ですか?」

 


「あぁ、そうだ」ニヤ

 


__


____


_______

 

 

 


「フフッ、やはりここは心地がいい……」

 


砂の舞う荒野でも目立つ、高い背丈。

 


靡く癖毛の金髪は、大判小判も嫉妬する。

 


スラムの道を歩く度、街が黄色い歓声で包まれた。

 


「久しぶりだな」

 


「やぁ、シャーク」

 


2m近い巨体、目線がぶつかる異常事態。

 

 

 


人々から「Dr.ヌゥン」と呼ばれた彼女は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


二人目の、神だ。

 

【小説】Love Lost #4

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EP.4【温もりは】

 


思い出は、色褪せない。

 


それを良い意味として取るのは、あまりに浅はかな考えだろう。

 


嫌な記憶も、例外ではない。

 


顔、声、感触、痛さ、苦しさ、悲しみ。

 


もう二度と思い出したくない筈なのに、いつか脳裏を過ってしまう。

 


私なら、もちろん消す事だって出来た。

 


でも、それでは駄目なんだ。

 

 

 


暗い記憶を失くしてしまったら、微かな光も褪せてしまうから。

 


 


「………」

 


風化した石レンガの隙間から、光が差して埃が可視化している。

 

キーが沈浮を繰り返す度、乾いた入力音が規則的に響いた。

 


「……フゥ」

 


カッコつけた将棋士のように弾いたエンターキーが、王手を告げる。

 

緑の光が点滅する棒付きキャンディは、甘く砂時計の代わりを担う。

 


『ロヴェ』

 


「ん、どうしたング?」

 


苦いプラスチック棒が液体に溶ける時、背中から聞こえた声に椅子を回す。

 

太陽光が右腕に当たり、左腕から透き通るような不透明な肌。

 

体を向けた私に近付く彼女は、何処か不安気で可愛らしい。

 


『研究の方は、一段落着いたのですか?』

 


「いや、今しがた終わったところだよ」

 


『!』


『それなら……』

 


「?」

 


安堵する表情は、子を心配していた親のよう。

 

飽くまで、そう見えるというだけだが。

 


『……その、そろそろ休憩を取られた方が良いのではないでしょうか』

 


「あぁ………なるほど」

 


皮膚の内から淡く示された日付が、最後に見た時より3つ程多い。

 


「心配しなくて良いよ、私は一週間位なら支障をきたさない体だ」

 

「3日寝ないなんてざらさ」

 


『………しかし』

 


一度始めた事は、終わるまで止めることが出来ない。

 

区切って進めたり時間を置いて進めると、どうにも品質が片寄る。

 

そんな厄介な性格故に、彼女を心配させてしまうとは予想外だ。

 


『睡眠は定期的に取るべきです』

 


「…………そうだね」スッ

 


『あっ……//』

 


伸ばした手が彼女の髪を梳かすと、ほのかに染まる頬が心地よさげだ。

 

君を瞳に映さない時間は、実に心苦しい。

 


「君の言う通り、眠ることにするよ」ニコリ

 


『はい……//』

 


だけどもその微笑みを見たいが為、私は君の慈悲を受け入れる。

 


「その代わりと言ってはなんだが……」

 


『?』

 


「ング、私の為に子守唄を歌ってはくれないか?」

 


『子守唄……ですか?』

 


「あぁ」

 


『わ、分かりました//』

 


ねだる子にやれやれと呆れながら、その平穏に母は微笑むのだろう。

 

勿論、私の予想に過ぎないが。

 


『……すぅ』

 


胸に手を当て酸素すらも愛おしむようにゆっくりと、息を吸う。

 

私は深く腰掛け、始まりの零コンマを今か今かと待ちわびていた。

 

随分と、久方ぶりだったから。

 


『…………~♪』

 


「……」

 


紡がれる旋律を鼓膜に感じると、瞼を閉じて聴覚を研ぎ澄ます。

 


『~♪』


『♪~♪~~』

 


「…………」

 


歌詞はない。

 

曲は既存の物でもない。

 

今彼女が感じたままに、感情という言葉でメロディを刻んでいるだけ。

 

同じ楽譜は、二度と出来ないだろう。

 


『~~♪』


『~~♪~♪………』

 


嗚呼、安らぐ。

 

こんなにも彩られた二酸化炭素が、一体何処に存在しうるのか。

 


「………………」ウトウト

 


やがて、粘りのある液体に沈む鉛のように。

 

クリックがないダイヤル式の電源スイッチで、静かに部屋の意識を落とす。

 


「…………」

 


『♪~……____』

 


深く深く、肉塊は沈む。

 


__


____


______


_________

 


『*#%~;?>__!!!』

 


「……」

 


『%#※*/__!!』

 


品の無い罵声と拳が唸る。

 


体も心も痛く、苦しい。

 


「…………」

 


『"※?%#@…!!』

 


毎日毎日、鼻と口から血を流し。

 


ろくに食事すら獲れず、何とか口内へ入れたパンは鉄の味がした。

 


それでも、体はなまじ存命にすがるものだから、地獄が終わらない。

 


「………………」

 


産まれる場所を、間違えた。

 

 

 


今にして思えばそれは、大きな間違いだったと頷ける。

 


『……ェ』

 


『…………ロヴェ』

 


無限を呑む闇に、小さな光が一つ。

 


『私ね、ロヴェの笑った顔が好き……』

 


『だって、そのギザギザしたカッコいい歯が沢山見れるから……!//』

 


99%に現れた1%の輝きに、心が100%君に満たされる。

 

 

 


『ねぇ………ロヴェ………………』

 


弱々しく差し伸べられた白い手を、壊さないよう包み込む。

 


温かくて、華奢だ。

 


『今度は私、貴女と一緒に%?#@※____』

 


「………」

 


粘り気ある液体から浮游していく鉛のように。

 


その手に温もりを残したまま。

 

 

 


太陽に向かって、戻りゆく。

 


_______


_____


___


__

 


「……んっ」パチッ

 

「………………夢、か」

 


眠りから覚醒した時に生じる憂鬱感、それを感じるのはいつぶりか。

 

うっすらと卵黄色に移り変わる空を、黒鳥が歪に泣いている。

 

知らない場所へ来たように、眼球は辺りをしろじろと見渡した。

 


「__ッ!」

 


「…………ング」

 


『……』

 


過去から引き釣り出されたにも関わらず、その手に残る確かな体温。

 

隣で発する彼女の吐息が、その正体。

 


「ずっと……君は……………」

 


『………』

 


夢をさ迷う間、夕に沈む今の今まで彼女は私の側に居て。

 

私が孤独に泣かないよう、ずっとずっと手を握ってくれていた。

 

心配しなくても良いと。

 

絶対に離れないから、安心して欲しいと。

 


「……フッ」

 


変わらない、寝顔。


よく似た、寝顔。

 

華奢で不透明な手を握り返すと安心を確認したのか、ふんわりと微笑んだ。

 

 

 


「ありがとう……ング」

 

額にそっと、口付けをする。

 

 

 


手の甲に感じる君の温もりは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時と、同じだった。

 

【お天気ヤクザ百合夢ss】


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【キミの晴れ】

 

 


この場所に来たのは、大きな間違いだったのかもしれない。

 


好奇心によって、私は死んだから。

 


出会ってしまったんだ、貴女に。

 


 


「えっと、此処……かな?」

 


スマホと瞳に映る景色を見比べる。

 


「うん、やっぱり……此処だ」

 


間違いない。

 

白い花が咲いていたり、木葉が微かに茶色くなってはいるが。

 

ベンチも街灯も、写真の通りだ。

 


「…………誰も、いない」


「良いの、かな……」

 


確かに、今日は平日。

 

ただこんな広い公園に誰一人として居ないと言うのは、明らかにおかしい。

 


「すぅ……………はぁー」

 


緊張。

 

日差しの照る中で、冷や汗が背中を伝う。

 

私がここに来た理由は、それだけ本能的に逃走心を煽るものなのかもしれない。

 


「き、今日は……"晴れてる"…………ね」

 

 

 


私には、会いたい人がいる。

 

初めてそれを見たのが、この公園だった。

 

それきり会う事は敵わずにいたが、どうしても私は会いたかった、もう一度。

 

……今にして思えば。

 

一目惚れ、だったのかもしれない。

 

 

 


『__だね♪』

 


「!?」

 


『___たいよ♪』

 


「………ッ」

 


耳鳴り。

 

と言うには、透き通り過ぎていた。

 

弾むような、音がする。

 


「あ、ぁ………」

 

(本当に、いた)

 


『晴れだね♪』トンッ

 


「?!!//」ビクッ

 


先程まで眼前にいた筈が、突然背後から肩に手を添えられた。

 


「…ッ」バッ

 


『(笑)』

 


慌てて前に出て振り返ると、声の主はピアノを奏でるように笑った。

 

口元に手を当てて笑う様子は、聞いていた程怖くない。

 


「………やっと」

 


彼女は、形容しがたい存在。

 

三位一体で、掴めない。

 

それ故に、魅力的だ。

 


「やっと、会えました」

 


『えっ』

 


「ずっと……会いたかったです」

 


『………』


『たまらなくなっちゃうよ♪//』

 


警戒は解かず、睨むように見詰める。

 

言葉を聞いた彼女は、少しわざとらしく照れて見せた。

 

少し、可愛いかな……なんて。

 


「あ、あの!」

 


『?』

 


「そ、その………」

 


『何?』

 


「さ、差し支えなければ……お名前、教えてもらえませんか?//」

 


再び会えた時、まず聞きたかった大事な質問。

 

私が言葉を紡ぐ間、優しく待っていてくれる彼女の眼差しに顔が熱くなる。

 


『……私達』


『トライアングル♪』バッ

 


「!」


「トライ………アングル……」

 


クルッと一回転、舞台役者みたく両手を広げて名乗る。

 

それぞれの声色が綺麗に重なると、道化のように笑って見せた。

 


「素敵な……名前…………」

 


『たまらなくなっちゃうよ♪//』


『ドキドキ♪』

 


また笑った。

 

当の私は、遂に知ることが出来た響きのある名前を頭の中で何度も復唱し。

 

少しの間、呆けてしまう。

 


『ねぇ、ねぇ』

 


「……」

 


『?』

 


「…………」

 


『汝、ねぇ♪』

 


「ッ!」


「えっ、あ……はい!」

 


ボーッと突っ立ったままの私を、不思議そうに覗き込む。

 

視界に突然現れた顔の良い疑問符に、挙動不審な返事をしてしまった。

 


(つ……ついボーッと)


(へ、変に思われたり……してないかな?)

 


『ねぇ♪』ニコリ

 


「は、はい//」

 


そんな心配と裏腹に、まるで気にしていない微笑みが向けられる。

 

馴れない。

 

 

 


『私達、知りたいよ♪』

 


「?」

 


『私達、明日のお天気知りたいよ♪』

 


「………へ?」

 


少し幼さが残る可愛らしい声で、それは明日の天候を尋ねてきたのだ。

 

前触れが無さすぎて、こんなすっとんきょうな声だって出てしまうだろう。

 


「お、お天気……ですか?」

 


『♪』コクリ

 


「えっと、ちょっと待って下さい」アタフタ

 


心臓の鼓動を微かに残したまま、慌てて携帯を起動させる。

 

少しのタップとスクロールの後、表示された明日の天気に軽く指をなぞった。

 


「えっと……」

 


『ドキドキ♪』

 


答えの提示に、戸惑いを感じていた。

 


「雨……ですね」

 


『……』


『…………wow』

 


言葉を聞いた途端、それは期待の眼差しに溢れた瞳を雲で覆う。

 

やっぱり、駄目だったかな。

 


『心が泣きそう……』

 


「あの」

 


『何?』

 


「どうして、お天気を知りたいんですか?」

 


『……』

 


何か雨ではいけない理由が、ある筈だ。

 

なんとか出来るものなのか分からないが、彼女がくぐもった顔を見たくない。

 


『私達、明日のスケジュール……楽しみ』

 


「……スケジュールですか」


「!」


(それってもしかして……)

 


今にも雨を降らせそうな目元から、そこはかとなく察するものがあった。

 

恋人。

 

こんな二次元的で綺麗な女性が、明日の天候を気にする。

 

情人とのデートを楽しみにしていた、なんて想像に難くないだろう。

 


(恋人……)ギュ

 


裾を握る。

 

分かっていても、やはりツラい。

 


『君、ねぇ?』

 


「は、はい……」

 


『私達明日のスケジュール楽しみ、だから』


『明日のお天気、晴れにして♪』ギュッ

 


「!//」

 


白く透き通る両手から、彼女の温かさを感じる。

 

しかし、提示された懇願はあまりにも無理難題を極めた。

 


「あの、流石にそれは……無理です」

 


『…………』

 


降ってしまえば良い。

 

嫉妬心が明日を台無しにしてしまえば良いと、空に叫ぶ。

 

私は、最低。

 


「出来ません……私なんかじゃ」


「私なんかじゃどうする事も、出来ない……」

 


『……』

 


「すみません……力になれなくて」

 


あれ、なんか。

 

目頭、熱くなって。

 


「私には、無理なんですよ……」

 


貴女に恋をした。

 

釣り合う筈なんて、ないのに。

 


「明日の天気を晴れにすることも、貴女の笑顔を守ることさえも…………」ポロポロ

 


『!』

 


あーぁ。

 

私、雨降らせちゃった。

 


「……無理なんですよ」

 


貴女の心を曇らせた悔しさ、ただの片想いである悲しさ。

 

黒い感情が全部、大粒の涙となって溢れて止まない。

 


「ぅ……私なんかじゃあ、貴女とは…………」

 


『……ちゃう』

 


「ごめんなさ___」

 


『違う!』ギュッ

 


「___ッ!」

 


強く荒げた声が、刹那にして私を包む。

 

光から遅れて音が鳴るように、時間差で自分が包容されたことに気付いた。

 


「ぇ……あ//」

 


『ちゃう、ちゃう、ちゃうよ!』

 


「…………」

 


雨粒は頬を伝い、彼女の袖をじんわりと濡らす。

 

柔らかくて、あったかくて。

 

日差しのような、良い香り。

 


『私達、キミのこと好き!』

 


「…………ッ?!!/////」


「ぇ……へ?//」

 


思考が回らない。

 

突然射抜くように放たれた真っ直ぐな告白は、あまりに純白で唐突だ。

 


(ど、どういう……こと…………//)

 


『……一人でそんな抱えないで』


『キミの笑うとこ寝てるとこ、まるごと知りたいよ』

 


「……でも、もう」

 


心が頭よりも先に理解する。

 

彼女が、私に好意を抱いていた喜びを。

 

一緒に泣いてくれる貴女に、これほどの幸せは他にない。

 

だが、心晴れても空は晴れない。

 

気持ちだけで、天気は変わらない。

 


『………』


『一人では広すぎて、心が泣きそうなステージでも……』

 


「!」

 


抱擁が解かれ、目と目が映し合う。

 

三色に光るマーブル模様の煌めきが、私の涙さえ受け入れた。

 

もう一つの太陽、それ以上に輝かしい。

 


『私達なら、いける気がするの♪』ニコ

 


「……ッ」


「私達……なら?」

 


なんて、不明瞭で非現実的な言葉だろう。

 

なんで、こんなにも心がポカポカとするのだろう。

 

その笑顔に魅せられて。

 


「……フフッ」


「……//」ギュッ

 


今なら、どんな天気だって描ける。

 

そう思えて、止まらない。

 


『……♪』コクリ

 


そうだ、それで良い。

 

とでも言うように、頷く彼女もやる気十分だ。

 


『一緒なら、いろんな風景作れちゃう』


『いけるね?』

 


「はい!」

 


気づけば胸が、あったかくなっていく。

 


『キミだけが持っている輝きを知ってる♪』

 


wow

 


「私達だけにしか、創れないヒカリを___!」

 


絡み合わせた手の平が、熱を帯びていく。

 

それが全身に伝わって、駆け巡るヒカリが二人を照らす。

 


『!』

 


「__ッ!」


「光が……」

 


眩しさの中に浮かぶ姿。

 

描こう、晴れを。

 


「……雲が、消えてく」

 


奇跡、それしか表す言葉がない。

 

祈り、それはただの行為じゃない。

 

黒く塗りつぶした絵の具は流れ落ち、晴天のキャンバスが笑顔を見せる。

 


「…………やった」

 


『……晴れだね♪』

 


「やった、やりました!」

 


『(笑)♪』

 


昔、聞いたことがあった。

 

人は、それぞれ天気を持っていると。

 


『ねぇ♪』

 


「?」


「は、はい……?」

 


心に持つ天気を信じることが出来た時、どんな空色でも描けると。

 

虹にだって、なれる。

 


『♪』チュッ

 


「__ッ?!!////」

 


柔い肉が触れ合うと、甘酸っぱい大空が何処までも澄みきった。

 


『私達、何があっても一緒だよ♪』

 


「…………は、はひ/////」

 


その微笑み、やっぱり馴れない。

 

 


 

 


『ねぇ、ねぇ♪』

 


「はい」

 


『今日、晴れだね♪』ギュッ

 


「……そうですね」ギュッ

 


昨日出会った公園は、今日とて晴れだ。

 

恋人繋ぎの幸せが、汗にじんわり溶けて心地よい。

 


『♪』

 


「?」

 


『私達、明日のお天気知りたいよ♪』


『……教えてね♪//』ササヤキ

 


「!///」


「……」ニコリ

 

 

 


昨日、今日、明日。

 

 

 


「もちろん…………」

 

 

 


貴女が望むなら、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「晴れです♪」

 

(ED曲「Dye the sky」)

【小説】Love Lost #3


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EP.3【妬けた紅】

 


「24……25……26…………」

 


黄土色をした森。

 


木々をざわめかせながら吹き込む風は、果たして心地良いのだろうか。

 


キレイに並ぶ同じ顔。

 


それらに映る外界の景色は、果たして全員同じように見えているのだろうか。

 


否。

 


瞳に入った髪すらも、気付きやしない。

 


 


「49……50……51……52…………」

 


口元に手を添えながら、スクランブル交差点みたく入り雑じるガラクタを数える。

 

シングロイザー試作型と名付けたアイツらは全員同じ顔ぶれのようで、実は細部が異なる。

 

コイツらは所々配線や歯車が露出しているのだが、その位置はどれも違う。

 

それを目印に私は何号か記憶している為、個体数を調べる程度に整列は不要だ。

 


『ロヴェ、何をしているのですか?』

 


「ん?」


「あぁ、ングか」ナデナデ

 


『……///』

 


巨体を見上げる少女は、私の行動に疑問を抱いたようだ。

 

挨拶代わりに頭を撫でてやると嬉しそうにはにかみ、頬を赤くする。

 

愛らしい。

 


「今、コイツらを数えていた」

 


『……この方達を?』

 


「あぁ」

 


軽く指差す先は、規則的な動きで拭いたり運んだりと動く機械。

 

感情のない同じ顔が蠢く光景に、チラホラと散らばったままの燃えないゴミ。

 

三者的視点から見ても、相当に気色悪いことだろう。

 


「コイツらに意思や感情といったものは無い、ただ私が出した命令をこなす人形」

 

「それ故に、外へ出たまま迷子になることもしょっちゅうだ」

 


『それで、数を数えていたのですか?』

 


「いや、それだけならどうでもいいんだが……」

 

「減る数がここ最近、急激に増えたことへ少々疑問を抱いている」

 


左手は毛並みの良い彼女に添えながら、右手を再び口元へ添える。

 


『確かワタシが目覚めた時は、約80体程いましたね』

 


「あぁ」ウナズキ


「今数えたところ、ここに居るのは50体程だった」

 


『この短期間で、30体も居なくなってしまったのですね……』ウムム

 


「……」

 


真似か無意識かは分からない。

 

だが私と同じポーズで悩む姿に、些細な疑問なんてどうでも良くなってしまう。

 

そんな君だから。

 


「まっ、どうでもいい事だったかな」

 


『?』

 


「あんなガラクタ、いくら減ろうが構わない」

 


そうだ。

 

私としたことが、とんだ無駄を過ごしたな。

 


「人の形を模した道具なんて、きっと居ない方が良い」

 


『……』

 


目の前を横切る試作型に足を引っ掻けると、見事無様に倒れ伏す。

 

過程なんて、必要ない。

 

起き上がる頭部を思い切り踏みつけると、弾ける金属音が血液の代わりに歯車を飛ばした。

 

疑似皮膚が、ゴニグリと気持ち悪い。

 


「………」

 


『ロヴェ』

 


「どうしたんだい、ング?」

 


『ロヴェは、この方達には非常に冷たいです』

 

『それは、何故なのですか?』

 


散らばる鉄臓器の一欠片。

 

しゃがみ手に取った少女は、歪み反射する自分を見つめている。

 

何かを見つめる君は、素敵だ。

 


「道具は人ではなく"物"だ、物権なんてものは存在しないだろ?」ナデナデ

 


『………』

 


「……もしかして、同情という観念に囚われているのかい?」

 


『んっ////』

 


覆い被さるような包容、甘い香りと果実を喰らう獣だ。

 

囁き声で落ちた金属片が、怨めしそうに惨めな光を反射する。

 


『いえ、そうではなく……///』

 


「言ってごらん、ング」

 


『それならワタシも、貴女の"物"ですか?///』

 


「………言った筈だよ」


「君はそこの奴とは違う」

 


『ぁ///』トスッ

 


反対側の耳へ指を入れた途端、私の胸を背もたれに転げ込む。

 

鼓膜を爪で擽る度、刻むように震える彼女がとても可愛いらしい。

 


「そんな声、物は出さないねぇ……」

 


『んっぁ……///』

 


「君も同じさ、私と同じ……"使う側"」フゥ

 


『使ッ…がわ///』

 


左の鼓膜をなぞる指。

 

吹きかける息で熱された右の鼓膜。

 

私の下腹部が、君に燻られて止まない。

 


「そうさ」

 


『気になってしまったのです……ワタシに良く似たこの方達が////』

 


ほんのりと熱くなりかけた瓶底が、薄青く冷める感覚がする。

 

またか。

 

まだ、言うのか。

 


『明確な違いは、一体どこなのか……を…//』

 


「………」

 


君は純粋で酷だ。

 

自らが求める疑問の答え、だらしなく雫を垂らす憂いた面。

 

逆撫でる触感、分かるかい。

 


「……………」スルッ

 


『んッ…///』

 

『…………ロヴェ?』

 


「じゃあさ」

 


前置きなく立ち上がる私を、後ろに倒れた君が見惚れている。

 

これは、ほんの好奇心。

 


「こう言うのは、どうかな?」ニヤ

 


『ッ!』

 


通りかかる少女の肩を抱き寄せると、嫌悪感を覚える冷たさ。

 

白藤がサテン素材を広げたように美しく、慌てて立ち上がった。

 


「この子は、君に似ているのだろう?」

 


『……それは』

 


ほんの好奇心。

 


「では、わざわざ君でなくとも良い訳だ」

 


ちょっとした、加虐心。

 


『……』

 


曇るマッドなマゼンタが、可愛くて可愛くて。

 

それ故に。

 

抜かったよ。

 


「だから、今日はこの子と寝___ッ」

 


『………』

 

 

 


瞬きは、たった一度だけ。

 


「___ッ!」

 


それでも私の隣には火花を飛ばす導線が、現にあるのだから恐ろしい。

 

左2m先に潰れ落ちた知能塊が、神の動揺だけを映し出す。

 


「……おっと」

 


『ロヴェ』

 


「……」

 


嫉妬で起爆した怒り。

 

そんな顔、出来たんだね。

 

流石に、初めてだった。

 


『ソイツらはやはり』

 

『ワタシには、似ていませんでした』

 

『不必要な"物"は、貴女の邪魔』

 


「……ング」

 

 

 

「………//」

 


震えた。

 

愛が、私だけに無理矢理突き刺る。

 

怒りと言い換えた保護欲が、止めどない快感を傷口に塗り込む。

 

念入りに。

 

妬け焼けたピーラーで肉削ぐ心地よさ。

 


『……』

 


「すまない、ング」

 


雑に棄てた起爆剤は、露出した金属と石床がぶつかり重音を奏でる。

 


「不燃物に妬く君が愛おしくて、つい湧いてしまったイタズラ心だったんだ」

 


『___ロヴェ//』

 


「でも、気付いてくれて嬉しいよ」ササヤキ

 


『はい//』

 


軽い口付けだけじゃあ、君の機嫌は直ることはない。

 

それなら今日は、彼女にエスコートしてもらおうか。

 


「さぁ、その怒り……もっと私へ牙を向けてくれるね?」

 


『もちろんです……ロヴェ///』

 


「そう言うことだ、そこのゴミは適当に捨てておけ」

 


サスペンスな光景を適当に指さして、キリキリと動く音に背を向けた。

 

彼女の華奢な腰に手を這わせると、私へ身を擦り寄せ応答する。

 

温かな人肌が、心を諭す。

 

 

 


『温かい』

 


「君の日照りには、敵わないけどね」

 


絡まる腕が狂熱だ、溶け爛れる程に。

 


『血液が沸騰して、熱そう……///』

 


「ククッ、あぁ」

 


心という不安定な存在に刻まれた、形も溝もない深い傷痕。

 


「私の血液が、その白い肌を赤黒く彩る様が楽しみだ」

 


『……うん////』

 


今度は、深く。

 

深く深く残る跡を、この"肌"に刻んで欲しい。

 

嗚呼どうか。

 

幸福の痛みを、与えてくれ。

 

 

 


『………さぁ///』

 

 

 

 

 

 

 

 


『ロヴェの血で、ワタシを火傷させて/////』